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九
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いつも図書館までサリーシアに付き従ってきていた近衛騎士と侍女は城に残るらしく、城門にて丁寧な礼をして此方をずっと見送っていた。
サリーシアは、侍女が用意していたガウンを羽織り、一旦離したはずの今宵限定の騎士の腕に再度己の腕を巻きつけている。
「あまり、くっつかないでください」
「私の騎士は傷心の婦女を慰めてはくれないのかしら?」
「この格好はあくまで今宵サリーシア様の側にいるためで、正式な騎士ではなく」
「私の身を案じて、扮してまで側にいてくれたのでしょう?立派な騎士だと思うけれど?」
数名の本物の騎士に混ざり、今はただの平民で王立図書館の職員に過ぎない自分が此処にいる理由をうろうろ探して、ひねり出した。
「異母弟の…人となりをこの目で見極めたかっただけです」
「そうなの?」
何時も相手を見透かすような目をしているのに、今夜に限って頼りなさげに瞳を揺らす。
「そうよね。貴方を騙すような形で先王に引き会わせてしまったし…嫌われても仕方ないわ」
「あれは…」
サリーシアの呟きで、先日の実父との再会を思い出す。
仕事の休みを把握され、一緒に外出したいというサリーシアに、半ば強引に連れて行かれたのは、王領といわれる区域だった。
外出だと浮かれていた心が萎んだことは胸の内に留めた。
立派な屋敷の前まで馬車で運ばれ、退位してもまだ威厳を放つ壮齢男性と対面させられた。
白髪の目立たぬ銀髪と、きつく釣り上がった目の色は、自身と持つ色と同じで、確かに血の繋がりを感じた。
馬車で揺られている間に、サリーシアに目の色と顔の印象を変えられる魔道具の眼鏡を取られていて、ずっと隠して生きていた対面する男と同じ色の瞳で相手を見つめると、急に男性がおいおいと泣き始めた。
「ディスガルド様」
「サリーシア、よく我が子見つけてくれた。
バルディス、会いたかった」
急な親子の対面の場に、バルディス…城を追われてからはルデと名を変えた自分はサリーシアを睨んだ。
こんな面会は望んでいたわけではない。
勝手に感動の再会の場を作られても困る。
まさかこの為に、サリーシアは図書館通いをしていたのか。
表情を固くしたルデは、それでも一国の王だった男の圧を受け何も言葉にできなかった。
「ディスガルド様。別にあなたに引き合わせるために探したわけでもありません。
私の運命の彼が、たまたまそうだっただけで」
「え、ぁ、ああ…そうか」
サリーシアは元王の感謝をバサリと否定する。
「それに、無礼ながら」
と前置きしたサリーシアは、いきなり元王を罵倒し始めた。
「なにを勝手に感動して泣いてるんですか。
元はといえば、ディスガルド様が王妃の言葉を真受けにしたからではないですか。
外遊からの帰国後に側妃とバルディス様の死を聞かされて気が動転した?それが不仲の王妃からの言葉を素直に信じたのですか?葬式も何もかも全て終わったと?しかも火葬で埋葬した?土葬国家の我が国で?
裏取りもせずよくもまぁ王が務まりましたものですね?」
「サ、サリーシア様」
あまりの言葉に思わず止めに入る。
「貴方も何か言ってやりたいことはありませんの?今なら何でも許してくださいますよ?
なんなら恨みを込めて一撃食らわせます?あ、その剣を。ああ、ありがとう。さぁ、どうぞ。そんな遠慮なさらずに。…そうですか。ならば私めが代わりに。
ディスガルド様。首元をお晒しください」
自分の近衛騎士からの剣を受け取ったサリーシアは、ルデにその剣を勧められ、拒否すれば、ならばと自ら剣の鞘を抜いて元国王に刃を向けた。
元王の護衛の騎士が、帯剣の柄に手をやるのを見て、慌ててサリーシアの身体を後ろから抱いて止めた。
「つい最近まで生存の可能性すら信じていなくて、『会いたかった』ですか。よくもまぁそんな白々しく涙をながせますね。
第一王子殿下と側妃様が、どれっほど、ご苦労をなさったと思っているのですか」
腕の中でもまだ、元王への怒りが収まらないサリーシアは、身体を震わせながらまだ罵る。
「確かに、儂が愚かであった。王妃の息のかかった者たちに丁寧に埋葬したと、安らかであったと聞かされて。
まさか市井で生きながらえたとは。
…そうだな、わかった、首で気が済むのなら」
「許可が下りました。一緒に首を取りましょう!」
ルデを見上げる真面目なサリーシアの顔を見て、気が抜けた。
確かに、苦労もしたが、母と自分を拾ってくれた養父のお陰で人並みの生活を送れたのだ。
整っている母に似た面立ちも、他の色に染めやすかった髪色も、目立つ王家の瞳の色も、魔道具を作っていた養父の作品のおかげで誰に気づかれることもなかった。
「サリーシア様」
「ご自分の手を汚すのが嫌でしたら、私が」
はぁと大きく息を吐く。
どうしてこの方は。
「…刃を引いてください。サリーシア様、良い子ですから」
彼女の耳元で囁けば、がんっと大きな音を立てて、サリーシアが持っていた剣が落ちた。
危な。
とっさにサリーシアの身体を引き寄せて抱き込めば、勇ましさが鎮火した彼女は真っ赤な顔で瞳を潤ませて、「それは、卑怯です」と洩らした。
どうして彼女はそこまで、自分を好いているのだろう。
何も持っていないルデにはわからない。
けれど、腕の中にあるサリーシアの頭を無意識に撫で、実父を含む騎士らの微妙な目線に気づかない程度には、ルデも彼女が気になっている事には違いなかった。
サリーシアは、侍女が用意していたガウンを羽織り、一旦離したはずの今宵限定の騎士の腕に再度己の腕を巻きつけている。
「あまり、くっつかないでください」
「私の騎士は傷心の婦女を慰めてはくれないのかしら?」
「この格好はあくまで今宵サリーシア様の側にいるためで、正式な騎士ではなく」
「私の身を案じて、扮してまで側にいてくれたのでしょう?立派な騎士だと思うけれど?」
数名の本物の騎士に混ざり、今はただの平民で王立図書館の職員に過ぎない自分が此処にいる理由をうろうろ探して、ひねり出した。
「異母弟の…人となりをこの目で見極めたかっただけです」
「そうなの?」
何時も相手を見透かすような目をしているのに、今夜に限って頼りなさげに瞳を揺らす。
「そうよね。貴方を騙すような形で先王に引き会わせてしまったし…嫌われても仕方ないわ」
「あれは…」
サリーシアの呟きで、先日の実父との再会を思い出す。
仕事の休みを把握され、一緒に外出したいというサリーシアに、半ば強引に連れて行かれたのは、王領といわれる区域だった。
外出だと浮かれていた心が萎んだことは胸の内に留めた。
立派な屋敷の前まで馬車で運ばれ、退位してもまだ威厳を放つ壮齢男性と対面させられた。
白髪の目立たぬ銀髪と、きつく釣り上がった目の色は、自身と持つ色と同じで、確かに血の繋がりを感じた。
馬車で揺られている間に、サリーシアに目の色と顔の印象を変えられる魔道具の眼鏡を取られていて、ずっと隠して生きていた対面する男と同じ色の瞳で相手を見つめると、急に男性がおいおいと泣き始めた。
「ディスガルド様」
「サリーシア、よく我が子見つけてくれた。
バルディス、会いたかった」
急な親子の対面の場に、バルディス…城を追われてからはルデと名を変えた自分はサリーシアを睨んだ。
こんな面会は望んでいたわけではない。
勝手に感動の再会の場を作られても困る。
まさかこの為に、サリーシアは図書館通いをしていたのか。
表情を固くしたルデは、それでも一国の王だった男の圧を受け何も言葉にできなかった。
「ディスガルド様。別にあなたに引き合わせるために探したわけでもありません。
私の運命の彼が、たまたまそうだっただけで」
「え、ぁ、ああ…そうか」
サリーシアは元王の感謝をバサリと否定する。
「それに、無礼ながら」
と前置きしたサリーシアは、いきなり元王を罵倒し始めた。
「なにを勝手に感動して泣いてるんですか。
元はといえば、ディスガルド様が王妃の言葉を真受けにしたからではないですか。
外遊からの帰国後に側妃とバルディス様の死を聞かされて気が動転した?それが不仲の王妃からの言葉を素直に信じたのですか?葬式も何もかも全て終わったと?しかも火葬で埋葬した?土葬国家の我が国で?
裏取りもせずよくもまぁ王が務まりましたものですね?」
「サ、サリーシア様」
あまりの言葉に思わず止めに入る。
「貴方も何か言ってやりたいことはありませんの?今なら何でも許してくださいますよ?
なんなら恨みを込めて一撃食らわせます?あ、その剣を。ああ、ありがとう。さぁ、どうぞ。そんな遠慮なさらずに。…そうですか。ならば私めが代わりに。
ディスガルド様。首元をお晒しください」
自分の近衛騎士からの剣を受け取ったサリーシアは、ルデにその剣を勧められ、拒否すれば、ならばと自ら剣の鞘を抜いて元国王に刃を向けた。
元王の護衛の騎士が、帯剣の柄に手をやるのを見て、慌ててサリーシアの身体を後ろから抱いて止めた。
「つい最近まで生存の可能性すら信じていなくて、『会いたかった』ですか。よくもまぁそんな白々しく涙をながせますね。
第一王子殿下と側妃様が、どれっほど、ご苦労をなさったと思っているのですか」
腕の中でもまだ、元王への怒りが収まらないサリーシアは、身体を震わせながらまだ罵る。
「確かに、儂が愚かであった。王妃の息のかかった者たちに丁寧に埋葬したと、安らかであったと聞かされて。
まさか市井で生きながらえたとは。
…そうだな、わかった、首で気が済むのなら」
「許可が下りました。一緒に首を取りましょう!」
ルデを見上げる真面目なサリーシアの顔を見て、気が抜けた。
確かに、苦労もしたが、母と自分を拾ってくれた養父のお陰で人並みの生活を送れたのだ。
整っている母に似た面立ちも、他の色に染めやすかった髪色も、目立つ王家の瞳の色も、魔道具を作っていた養父の作品のおかげで誰に気づかれることもなかった。
「サリーシア様」
「ご自分の手を汚すのが嫌でしたら、私が」
はぁと大きく息を吐く。
どうしてこの方は。
「…刃を引いてください。サリーシア様、良い子ですから」
彼女の耳元で囁けば、がんっと大きな音を立てて、サリーシアが持っていた剣が落ちた。
危な。
とっさにサリーシアの身体を引き寄せて抱き込めば、勇ましさが鎮火した彼女は真っ赤な顔で瞳を潤ませて、「それは、卑怯です」と洩らした。
どうして彼女はそこまで、自分を好いているのだろう。
何も持っていないルデにはわからない。
けれど、腕の中にあるサリーシアの頭を無意識に撫で、実父を含む騎士らの微妙な目線に気づかない程度には、ルデも彼女が気になっている事には違いなかった。
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