異世界転生請負人・渡界人~知られざる異世界転生の裏側公開します

紀之

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1章 無色透明な習作

2渡界人という男

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「君、今日はもう営業時間外だから明日また来てくれ。今日は厄介な依頼を片付けた記念にパーッと豪遊したいのでね」

私は階上からあの試験管男に突然声を掛けられた。

「依頼?僕は人殺しの依頼なんかしないよ。至って普通のフリーターだ」

そういう私の声は震えていた。

あの時はよく相手を見ていなかったのだが自分と同じ20代からどうかすると40代半ばくらいにまで見える、この渡界人という男は私より頭2つほど背が高い、針みたいな男だった。

加えて歴史の教科書に載っている偉人の写真の様な現代人離れした雰囲気を持っていた。

これら2つの特徴がこの男の、この世の物とは思えない異様な感じを私に与えるのだ。

「そうかい、じゃあ奢ろう。あの状況で僕に注目する奴なんかいないと思っていたのが間違いだった。その鋭い注意力に敬意を表してね」

「行くのは高級レストランではなく警察だろ?この動画を見せれば警察だって黙っていないはずだ」

私はドヤ顔で先ほど交差点の歩道で撮ったあの液体掛けの動画を彼に見せる。

「フム、至って普通の、日常の風景だね」

「そんなバカな!?」

動画を見た私は自分の目と手を疑った。

そこには今私の目の前にいる男があの被害者の後ろに突っ立っているだけの映像が時間にして1分13秒流れているだけだった。

「もし、君の言う事が正しいとして被害者はどこにいるのだね?事件というのは加害者と被害者の両方が揃って初めて成立すると思うのだが」

「だが彼の親族が黙っていないだろう。もしくは友人恋人とかあるいは会社の同僚や上司なんかも」

「その辺は抜かりないよ」

その言葉を聞いた時私の中である考えが明確に形を帯びてきた。

正確に言うならその考えに至っていたがその事実を認めたくない、といったところか。

「まさか、あの男は異世界転生モノによくあるトラックに轢かれて転生あるいは転移するっていうシチュエーションを体験したのか?」

友人知人はおろか家族親類とも疎遠な孤独な社畜

そんな男がある日突然神から絶大なる力チートを貰って全てのしがらみのない異世界で無双する。

そんな現代社会に疲れ果てた学生や社会人が一度は夢見るシチュエーション

だがそれは宿命とか運命とかのこの世ならざる不可思議で甘美なものでなくてはならない。

目の前の男のやったような事前の根回しとか調査だのといった現実的な手法はそういう幻想を打ち砕くのに十分だった。

魔法を使う事や魔王と戦うのに事前の面接が必要だと言われたら誰がそれを受けるだろうか?

そういう煩わしい事柄から逃れる為の異世界転生あるいは異世界転移であるべきなのだ。

「君もそっち側の人間かい?君はかなりの常識人だと思っていたが早計だったかな。まあいい、君の言う通り今頃彼は向こうの世界へ送られるための手続きを終えているだろう。よし、君の疑念を確証に変えてあげよう。どの道すぐには信じないだろうから、あの男の顛末について知りたければついてくるといい」

呆れたようにそう言って彼は自分の部屋に私を案内するのだった。


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