3 / 125
1章 無色透明な習作
3打ち砕かれる幻想
しおりを挟む「なんだ、あれは?」
渡界人の部屋に通された私は古めかしい巨大な鏡に目を奪われた。
その天井に届かんばかりの鏡は現代のアパートよりも中世の古城にこそ相応しい。
ただし、ロマンスではなくホラーの舞台としての、という意味である。
コポコポコポコポ
部屋の主以上に奇怪な印象を与える鏡を見つめている私に何かの液体が注がれる音が聞こえた。
ギョッとして音のした方を見ると私から見て左の壁一面に低い収納棚があってその上に無造作に置かれている空の試験管の一つに黄金の液体が見えないヤカンか急須から注がれるように満たされていくのを私は呆然と見ていた。
その収納棚には他に何かの実験とか調合につかうようなすり鉢とかバーナーの様な物があった。
「さて、これから何があっても声を出してはいけないよ。君がするのは頷く事だけだ。いいね」
有無を言わせない渡の声に私は頷くしかなかった。
暫くしてその巨大な鏡にある女性の姿が映し出された。
(女神様)
思わずそう呟いた当時の私を笑う者はいないだろう。
その鏡に映った女性は10人が10人思い描くであろう女神の姿をしていた。
すなわち真っ白なワンピース状の神聖さを感じさせる衣
腰まである豊かな金髪
荘厳さと知性と美貌、いやこの世の徳を全て集めたような完璧な外見を備えたこの女性を見たら誰もが私と同じ感想を持つに違いない。
だがその話す言葉はすぐに私を失望いや、幻滅させることになる。
「相棒を雇ったのですか」
「仕事によっては、です」
私は頷く。
女神はそれきり私に関心を無くしたようで
「報酬はこれで良いでしょうね」
「もちろんです、女神シールト」
「送られてきた戦士ですが・・・私は慎重な者をと言いましたが疑り深い人間を寄こせとは言いませんでしたよ。おかげで超常の力を与えたり、その許可を大神ゾマーに申請するなどの余計な手間がかかったので、その手間賃を差し引いた額を振り込んでおきました」
「心中お察しします。ですが最適の人材を送ったと自負していますよ。それくらいでないとあなたの世界ガムシャラットで悪神討伐など到底出来ないと考えましたのでね」
「あの性格でうまくやれるでしょうか?そこだけが心配しているのですよ。何しろ安くはない代償を払っているのですからね」
「最初こそギクシャクするでしょうが時間と共に解消されますよ。今回そちらに送り込んだ惟賀正義の精神構造はあの男のいた世界、つまり我々の世界よりもガムシャラットの世界の住人のそれの方がはるかになじみがあるはずです」
女神はその美しい顔を右に反らすと
「その通りのようですね。今我が民草と意気投合して最初の四天王を倒しましたよ。これならきっと使命を果たしてくれるでしょう。なるほど評判は伊達ではないようですね」
「もちろん」
「それでは。又何かあったらまた依頼をします」
そう言って女神の姿は鏡の中から消えた。
この会見の間私はずっと黙っていた。
(金・金・金!女神として恥ずかしくないのか!)
私は怒りのあまり危うく声が出そうになったが理性を総動員して思いとどまった
神や女神とは世間から隔絶された、超然の存在でなければならない。
だが目の前の女神はその美の女神ビーナスもかくやという美貌と知恵の女神アテナに匹敵するであろう知性を感じさせる瞳と声を持ちながら、話す内容は俗悪極まる金や他の神々達との上下関係を思わせる内容なのである。
言い換えれば学園一の高嶺の華と思われていた憧れの美少女が実はパートのおばちゃんが友人共と場もわきまえずにしゃべり散らかすあの下世話な話をしているところを想像して欲しい。
百年の恋など一瞬にして覚めるという物である。
今私はそれと同じ感覚を味わっていた。
しかし私のこの考えをもし誰かに、よもや身内に聞かれでもしたら私の家族親類は確実に私に精神科の受診を勧めるだろう。
それくらい胸の奥底に秘めた神聖な思いだったのである。
私は今日この日自分が一番大切にしていた物を汚されたという思いで暫く呆然と突っ立っていた。
それも無慈悲に思える笑いで中断され、キッとなってその声の主に私は噛みついた。
「君は、お前という奴は本当に人の心の分からない奴だな」
「そりゃあおかしいさ。常識人代表と見える奴がこと異世界関連となると超速理解というかなんでも受け入れてしまうんだからね。そしてその舞台裏を知って打ちのめされているといったところか。さしずめ君は現代のドン・キホーテだな」
「君の言っている事は分からないが、バカにされているというのはわかるぞ」
「どうするね?物事の片方だけを見てやめちまうかい?物事のもう片方、つまり僕が送り込んだ男についても知っておきたいかね?現代と異世界この両方の人物がいて初めて僕の仕事は成立するんだが、あの女神の依頼を僕がどう解釈し、なぜあの男を選んだか知りたくはないか?」
私としてはこれ以上自分の理想を汚されたくないとの思いと理想はもはや地に落ちているのだからこれ以上悪くなりようがないのだというもう一つの考えの2つで揺れ動いていた。
だが異世界転生あるいは転移が現実のものである以上はその仕組みが例え現実的で興ざめするような内容でも知っておきたいという探求心が勝った。
「そいつの、惟賀という人の家族の所へ行くのか?」
「いや、彼の住んでいるアパートに行く。だがそれは明日だ。もう遅いから、大家さんにも迷惑がかかる。その時に色々と説明してあげよう。だが今は何か食べよう。お互い仕事帰りで空腹だろう」
そう言うと渡は黄金の液に満たされた試験管を逆さにする。
すると試験管からこぼれた液体がたちまち固形物として彼のもう一方の手に落ちた。
「き、金の延べ棒」
正直食欲なぞなかったがゲームのグラフィックでしか見たことのない黄金の塊を見て、私の心は踊った。
そして同時に豪勢な食事にありつけるという算段が私の腹の虫を刺激するのだった。
近くの買取屋と渡はなじみらしく、6桁の数字の現金をさも当然の様にやり取りし、渡がそれを封筒にしまうのを横目で見ながら私の期待はいやがうえにも高まった。
1時間後確かに私達は豪遊した。
駅前のファミレスの一番高い物を頼むという形で。
食事の最中、彼は自分の仕事については何も話さなかった。
そして不思議な事に私達の隣の席で私達2人と同じくらい食べていた客の支払いさえしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる