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1章 無色透明な習作
12勇者の伝記1
しおりを挟む果たして翌日スマホのネットニュースを見ていた私は渡界人の依頼人と同名の人物の死亡記事を見つけた。
ドライアイスの充満した浴室内での二酸化炭素中毒によるものだった。
その夜渡を訪ねてみると彼はあの巨大な鏡に映った長い顎髭の老人と話していた。
「では無事に生まれたという訳ですね」
「そうじゃ。マイダル・イージには不安要素が沢山ある。したがって脅威は複合の物かもしれんし、そうでないかもしれん。だが儂の力の及ぶ限りでは彼は以前の人生より充実し幸せな生活を送っておるぞ。もちろん使命も忘れずにな。その時点ではまだ脅威が現実の物にはなっていない様じゃな」
「それだけ聞ければ満足です、時空神オ・クロック。後はもう彼らを信じるしかないですよ」
そう言うと鏡の映像は消え去り、あのコポコポという黄金の液体が注がれる音が部屋に木霊した。
その後彼と私は竜田の遺品整理に出かけた。
その翌日彼を訪ねてみるとリビングの机に奇妙な本が乗っていて、立ったまま渡はジッとそれを見つめていた。
「それは何だい?」
「伝記だよ。惟賀正義のね」
渡は目を上げずに言った。
「惟賀正義って異世界に行ったんじゃないのか?もう戻って来たのか?」
「死んだよ。だから伝記が出ているのさ。伝記作家は他ならぬ彼自身らしい。最後の力で元居た世界に自分の生きた証を残しておきたいという事らしい。それで女神シールトがこれを僕に持ってきた」
「これどうするんだ?」
「僕は決めかねているんだ。それで君の意見も聞こうと思ってね。それほど長い物じゃないから呼んでみたまえ。その上で最終的な結論を出そうじゃないか」
以下はその内容を記すことにする。
私惟賀正義はガムシャラットなる異世界に行ったそもそもの発端は仕事帰りの定食屋のカウンターで隣り合ったある男と知り合ったことから始まる。
彼はなんと異世界総合コンサルタントなる怪しげな仕事をしている、と言い私にはその資格があるからその気あるなら似合いの異世界があるから行ってみないかと誘ってきた。
実の所これより少し前に彼が口にしたサイトに夜勤の疲れと日頃の鬱積から半ば自棄と半ば面白半分に登録していたのだが、まさかこのように自分の生活を侵食してくる『実害』があるとは考えもしなかった為驚きと同時に怒りからそのまま店を出た。
だがそれからしばらくして私の勤める介護事業所が徐々にブラック企業化してくるのに堪りかねた私は遂に自分の中にある正義感から上司と衝突し、クビになった。
ここで能力や人間的魅力のある人間ならば起業やら周囲の心ある人々から庇ってもらえるだろうが、そのいずれにも欠けていた私は虚しく社会の荒波に一人放り出されたのだった。
そして私はあの渡界人と名乗るコンサルタントの2度目の訪問を受けるのだが、私がそんな事は妄想か新手の詐欺でしかないと改めて指摘すると『そう、それが普通の反応です。しかしあなたは自身の正義と周囲の理屈のギャップに押しつぶされそうになっている。これ以上努力のしようのない位にね。どうしますか?彼らに何らかの形で復讐し、犯罪者のたわごととしてその思想を処理されるか、少なくともあなたの気質に合う連中と例え志果たせず倒れるとしても満足のいく人生を迎えるか?』
私は人間とはただ生活の為に生きるのではなく、その上の次元たる人生の目的について真剣に考えて生きるべきだと思っている。
よってその事が考えられなくなったり、その妨げになるような事態が起きた時は潔くこの世とおさらばするべきだと考えていた。
私が介護業界に入ったのは病気や事故でそう言った事を阻害されそう言った生き方をしたくても出来なくて苦しんでいる人々を助けたいと思ったからだった。
その実態は確かにそういう人もいなくはないが、9割9分はただ死んでないから生きている、といった具合の自堕落極まる人間ばかりだし、本来支援者となるべく職員たちもリハビリやケアはするがその先の精神の問題となるとまるで考えていないのだった。
驚くことに彼は知らぬうちに私の周囲を調査し、私が常日頃考えていたその『理想』を知っていた。
「君は悪魔だ。だが悪魔なら今すぐ異世界転移させてみろ」
「その前にあなたが居なくなった後ここの荷物をどう処分するかを先に決めておきたいのですがね」
この現実的過ぎる提案に毒気を抜かれると同時に目の前の男が本当にこれを商売として生計を立てているのではないかという気がしてきて、その後の事はとんとん拍子に決まった。
何故なら私には親類縁者との付き合いはこの思想のおかげで絶縁状態だし、会社だってクビだ。
気がかりといえばこのアパートの処遇だけだった。
その後の事は私の財産で賄い、足りなければ彼が払うといったことで話は纏まったが異世界に本当に行けるのかという疑いというか不安は決行当日まで付きまとった。
その為私は異世界転移のテンプレともいえる『トラック転生』を持ちかけてみた。
「出来ますがね。痛いですよ」
それでも食い下がった私に、転移する当日、彼は事前に説明していた特殊液なるものを私に掛けた。何でも死なないようにするために効力が薄く、したがって効果時間も短いため超然に使用する必要があるとのことだった。
果たして私は自分の体が磁石の様に通りを走っていたトラックを引き寄せているのに気づいたと同時に宙を飛び空に吸い込まれていった。
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