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2章 渡界人の日報
2-1駆け落ちは異世界で終章 暴かれた真実
しおりを挟む深夜2時
丑三つ時という時間に私達は三吉・結菜家の実家近くの公園に来ていた。
「知りたいことを聞き出すのに苦労したよ。今時あんなに主人に忠実な使用人というのも珍しい。それに比べると我が同業者の口の軽い事。あれじゃ業界の信用にかかわるよ」
彼が私に嘆息交じりに話していると
「渡さん、よろしくお願いします」
公園の入口から三吉ヨシカズ氏とその兄がやって来た。
私達が会釈すると同時に悲鳴とバタバタという音が聞こえてきた。
「しまった、実和が」
駆けだそうとするヨシカズ氏の腕を渡は強い力で押さえつける。
「いけません、彼女の身を案じるなら。私を信じると言って下さったじゃありませんか」
「それはそうですが・・・」
やがて静寂が戻り人影が現れた。
「実和!いや操?なぜ君が」
現れたのは私達へ依頼しに来たあの女性だった。
「待ってくれ。彼女は実和さんじゃないのか?」
「ヨシカズ、姉さんならじきに来るわよ。ただし哀れな囚人としてね」
「何を言っているんだ操?」
「その心配には及びませんよ。何故なら」
渡が視線を向けた先にその場の全員が目を向けると実和嬢いや操嬢とよく似た女性が父親と思しき人物と共にこちらに歩いてくるのが見えた。
「なっ、どうして」
「私が頼んだからです。実良さん、急なお願いを聞いてくださり本当にありがとうございました」
「いや、娘の命に係わるとあっては協力しない訳にはいきません」
「これは一体どういうことなのですか」
「説明する前にまず漢字の読み方には音読みと訓読みの2つがあります」
「それが何か?」
「大いにあるのですよ。例えばこれはどう読みますか?」
渡は取り出したペンを空中に動かして文字を書く。
星の瞬きの様な淡い光が漢字を2つ形成していく。
実和と美和
「ミワ、ではないですか」
「そう。そして下の文字は訓読みでヨシカズとも読むのです。さらに」
渡はその隣に新たな字を2つ書いていく。
三吉と実良
「まさか、渡さん」
「実和さん、あなたから渡された契約書にかかれた異世界に送られる名前はあなたの恋人と御父上の名前でしたよ。妹さんにすり替えられた、ね」
全員が操嬢を見る。
「もうお分かりかと思いますが後に書いた2文字もみよしもしくはみつよしとも読むのです」
全員が固唾をのんで見守る中渡は説明を続ける。
「事の発端はこうでした。恐らく美和氏の兄からと確信していますが駆け落ちの情報を得た操嬢は家の監視をごまかす為と称して姉とその恋人と家の手の者を撒きます。そして時間が無いからとか適当な理由を付けて彼女一人で私達の許を訪ねた。これは同業者の方に確認を取ったので分かりました」
「しかしなぜ」
「独自に調査しましたところ操嬢は美和氏に過去、告白し振られている。恐らくあなたには過去の事だと言っていたが自尊心を傷つけられたことにひどく憤っていた。そこに今回の駆け落ち騒動です。この時期並行して結菜家の三吉家の家業の買収問題が起こっていました。そこで自分を貶めた姉の恋人と両家乗っ取りの障害になるであろう自分の父親を異世界に『追放』し、更に姉をも除こうと企んだ。自分に惚れている美和さんの兄義知氏を入り婿にとして迎え入れる為にね。三吉家を嫌っている母親には入り婿に大きな顔はさせないとか言ったとか。結菜家のメイドが話してくれましたよ。最大の誤算は私達が綿密に身元調査をするとは思っていなかったことでしょうね」
恐るべき復讐計画に私は身震いした。
「それにしてはずさん過ぎませんか?」
「実良さん、確かにそうです。しかしそれはこの現実世界であればの話です。漢字の無い異世界では音の表記のみですからね。あらかじめそう呼ぶのだと強弁してしまえばそれで通ってしまいます。紙にはあなたは女性ミワとして登録されていますが美和さんは女性と間違われる事で苦労されたのでは?」
「全くその通りです。でもせっかく親が付けてくれた名前ですからね」
「畜生、こうなったら全員まとめてぶっ殺してやる!」
その時の操(もう嬢などと敬称を付けるのをやめる)の顔は昼間見た女神スラ―もかくやという凶悪な面構えだった。
その時渡が彼女と三吉義知氏に向かって例の剣型ペンダントを投げた。
一瞬の内に魔法陣が現れる。
「待ちくたびれたぞ」
「お待たせしました女神スラ―。あなたの所望する『悪役令嬢とその忠実な騎士』にこれ程合致する人選もないかと思います。女の方はお聞きのとおり奸智に長けた奴ですからどうかすると処刑の運命を免れるかもしれませんが」
「それはそれでいい。惰眠を貪る我が世界の住民にはこれくらいでなければ正義の何たるかを示す事は出来まいからな」
そう言うと女神スラ―と義知氏は記すに堪えない罵詈雑言を吐き続ける結菜操と共に魔法陣の中に消えていった。
「渡さん本当になんといっていいのか」
「美和さん、物事正攻法で行く方がうまくいくこともあるという事ですよ。僕から申し上げる事はそれだけです。さあ、あなたを待っている方たちの所へ行ってあげなさい。ではおやすみなさい」
そう言うと私達はアパートへと戻っていった。
暫くして例の買収騒ぎはあの2人の結婚による両者対等の業務提携という形で落ち着いた。
「よくあの女の裏の顔が分かったな」
「自分が行くことになる異世界についてどこか他人事だったからね。どんな所かも聞かなかった。例の苗字の件も含めてこれは別人になりすますか、もしくは別人を送り込むつもりではないかと疑った訳だ。そしてこの結末という訳だ」
「異世界に送られたあの2人はどうしているだろうね」
「さあね。それよりも僕は人間の自然な感情として前途あるあの若い2人に幸福あれと願うばかりだ。実は結婚式にぜひ来てくれといわれているんだが、依頼があっていけないんだ。だもんで祝電の文面と何か気の利いたお祝いの品を探すのを手伝ってくれるとありがたい」
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