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第38話 f市戒厳令(後編) 類人猿型UMAスカンクエイプ 合成UMAジャージーデビル 登場
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「昨日ここについて目が覚めたら戒厳令とな?久しくそんな単語聞かんかったぞ。なあタキ」
「はい」
f市内の最高峰の高級ホテル。
その一室で10代後半から20代前半と思しき女性と禿頭の巨漢が座ってTVを見ていた。
女の方はあらゆる意味で人目を惹く容姿をしていた。
長い黒髪を二つの巨大な輪にして頭頂部で結っており、その輪の間に冠の様な物を被っているというよりは挟んでいるといった方が正しい表現だろう。
そんな奇抜な髪形をした美女は白いチャイナドレスを纏い両手の人差し指にはその細さと小ささに不釣り合いな巨大な白色の宝石の指輪が嵌まっている。
巨漢の方は頭も体も四角、深海魚の様な目を床に落として微動だにしない。
「タキ、暇じゃ。水盆を持ってこさせ」
「はい」
間もなくフロントのボーイがガラスの器を持って部屋に入ってくる。
「小さい」
「は?」
「もっと大きいのを持ってこんか」
「はい、ただいま」
そのやり取りを何度かしてやっと彼女好みの大きさの器が来た。
その器に水を一杯に注がせ、その上を持っていた扇子でさっとなぞる。
水面には見知らぬ家の敷地を横切るゴリラの様な怪物が映し出される。
「あまり力を人前で使わぬ方が」
女性はタキという巨漢にたしなめられる。
それに構わず呆然と好奇の入り混じった顔をしているボーイに声を掛ける。
「良い。そこのボーイ。フフフッお主良い反応じゃ。どれ少し付き合え」
レジリエンスもまたジャージーデビルがf市各所に配置したアダマンと交戦していた。
レジリエンスは現れた2体を遥か上空へと放り上げ、風魔法プノエーでバラバラにした。
「こいつらがいるとは。しかもコイツの素材はアスファルトか」
足元の可燃ガスの中に落ちていく塵を見てレジリエンスは呟く。
今彼の歩いている場所は駅へと向かう坂道で早朝の無人の道路には今彼が歩いている側の道沿いにある、急な傾斜に立つ木々が風に枝を震わせる音と近くを流れるo川のせせらぎがここからでも聞こえるほどの静寂さだった。その木々の間から転がり落ちる様に新たなアダマン2体が眼前に現れる。
「何体いるんだ?」
1体はそのまま坂を転がるように降り、もう1体が槍を振り上げて襲い掛かるアダマンを左手で受け止めるとレジリエンスは左肩のエレメンタル・アンプリファイアを右手で引き抜くと左腕に装着する。
そしてそのひし形の装置を逆三角形に展開し、『パーゴス』(ギリシア語で氷の意)を唱える。
以前は出力の問題で出来なかったが増幅器であるアンプリファイアによって水を冷却させることも可能となった為実現した魔法だった。左手に発生させた氷の塊を左フックと同時に打ち込まれたアダマンは氷の結晶となって砕け散った。
(よし。炎の反属性である水系と状態維持の特性のある土魔法は威力はともかく使う事は出来るはずだ。逆に次元移動は全ての属性のエナジーを使う関係上使えない。それに熱を拡散させる特性を持つ風魔法もガスがある所では使えんな)
その感触を確かめたレジリエンスは万一起こり得る最悪の事態は回避できそうだと少しだけ自信を持つ。
(風が強くなってきた。グズグズしていられんな)
「なんだあ?自分が死にかけた場所の近くだからってセンチになってんのか?」
先を行くアダマンを追いかけようとしたレジリエンスの耳に聞き覚えのある嫌味な声が頭上から響く。
「ジャージーデビル。お前に構っている暇は無い」
「悪いがお前に邪魔されちゃ折角の花火が見れないんでな」
「お前が今回の・・・う…む!?」レジリエンスはジャージーデビルが更なる奇怪な姿に変わっていくのに絶句する。
馬の様な顔がヤギのようになったかと思うとその顔が縦に割れてコウモリの頭が出現し、全身各所にトゲが生えて体も一回り大きくなっていた。
「この町の消えゆく様を特等席で見せてやる親心にむせび泣きな!」
そう言うとジャージーデビルは翼の付け根にあるトゲとも角とも見える部分をアンカーの様に射出しレジリエンスの両腕を拘束する。
「泣くより怒りだな」
レジリエンスは拘束を解けないと見るや腕の力だけで飛び上がり、ジャージーデビルの顔を蹴り飛ばす。
「ギャッ」
痛みで拘束を緩んだ隙をついてレジリエンスは民家の屋根に着地するとそのまま家々の屋根を飛びながらスカンクエイプの許へと向かう。
「野郎舐めやがって!」
ここまで大量のアダマンを生み出したことにより体力を消耗していた為その飛行スピードは通常の3分の1ほどしか出ないジャージーデビルは毒づきながら後を追う。
一方マルスは遂に発見したスカンクエイプとそれを襲うアダマンとの間に割って入り、双方の攻撃を受けていた。
スカンクエイプとアダマンはシルエットが似ていて、もしアダマンが槍を持っていなかったら至近距離からでも判別が難しい程だった。
アダマンの突き出す槍を左脇でガッチリと抑え込みガトリングランス・ランスモードの穂先で相手の胸を串刺しにする。同時にスカンクエイプが唸り声を上げて両腕を振り上げて襲いかかる。
「こっちへ!」
「三上さん、頼みます」
マルスはマルスチームの1人、三上へアダマンごとランスを放るとその振り下ろしを両腕で受け止めるが徐々に押し切られていく。射撃戦を基本戦術とするケイのマルスはそのプロトタイプと違い格闘戦を想定されていないのだ。
マルスとスカンクエイプは組み合ったまま民家の塀を破壊しその敷地へと入る。
(奇跡的に助かった)
接触時にスカンクエイプの体が高温を発している事に気が付き、火花でも出ればそれで全て終わってしまう事を思い出し、ケイは全身に冷や汗をかきながらも安堵する。その気の緩みからマルスはスカンクエイプに投げ飛ばされ、ビニールハウスを突き破って倒れ込む。
「トマト?ここは農家か。って怪物が人間様の食べ物を食べるんじゃない!」
自分が潰したトマトを見ながら立ち上がったマルスは彼を追ってきたであろうスカンクエイプが闘争より食欲と言わんばかりにトマトを貪るのを見て引き剥がそうとしたその時近くで悲鳴を聞きそちらを見やる。
この騒ぎで外の様子を見に来たのか初老の男性が3体のアダマンに襲われていた。
(向こうは風上か。ならば)
マルスはビニールハウスを飛び出すと同時にガスが無い事を確認すると右腰からマルスブラスターを引き抜くと最低出力の赤い光弾を3射、次々とアダマンを射貫く。
「何だったんだ一体・・・・・ヒエッ化け物」
男性は訳が分からないといった様子だったがマルスの背後から現れたスカンクエイプを見て気を失った。
スカンクエイプの全身の毛穴から湯気の如く発するガスがビニールハウス内に充満し、ガスの成分を構成するエレメンタル・エナジーによってトマトは萎れていた。
(そうか。わざわざ海まで誘導しなくても密閉空間に閉じ込めれば・・・後は爆発に耐えうる施設があるかだが)
ビニールハウスを見ながらそんな事を思いついたマルスは本部に通信を入れるがそのコールを中断せざるを得なくなった。自分が来た方向からマルスチームが駆け込んで来たのとスカンクエイプがそちらへ向かったからだ。
「皆さん逃げて下さい!!」
マルスは仲間を庇うべく走る。だが足元のガスに気を付けながら走らねばならぬマルスの速度は当然遅くならざるを得ない。そしてスカンクエイプの脚力は人間を当然超えている。
それを一番良く分かっている文明存続委員会のメンバーは足が竦み、ガトリングランスを抱えていた三上は死の恐怖からガトリング光弾を放ってしまった。
全て終わった。
マルスチームは絶望と後悔の、空をからその光景を見ていたジャージーデビルは歓喜から叫びを上げる。
だが光弾は突如現れた巨大な壁に阻まれて霧散した。
「エ・・・・・俺達助かったのか?」
怖々目を開けた三上達マルスチームはスカンクエイプが周辺のガス諸共3m四方を覆った灰色の四面体のバリヤーに包まれているのを見て地面にへたり込む。
「キサマアアアアッ俺の最上の喜びの瞬間を、キサマは・・・!!ならば俺の手で幕を引いてやる!!」
眼下でトイコスを発生させたレジリエンスへ怒りを再度爆発させると翼の付け根と全身のトゲから稲妻を放つ。
レジリエンスは空中に長大なトイコスを発生させ稲妻が地面へ落ちる前にそれらを防ぐが急激に土のエレメンタル・エナジーを消耗し、自身の肉体がエナジーとして鎧に吸い取られる感覚に眩暈を覚えるが踏みとどまる。
「フン、もはや青息吐息じゃねえか。その様じゃもうバリヤ―は張れまい。今度こそ地獄へ行け!!」
口から火球を放とうとするジャージーデビルの周囲に突如湿った風が巻き起こり、竜巻となって彼方へと飛んでいく。
「凄い!姿が変わって万能の力を手に入れたんですね、達人さん」
「いや、俺じゃない。だがケイ急げ。奴が戻ってこない内に」
「そうだ。密閉空間に奴を閉じ込められれば、海へ誘導しなくても」
『それを探している時間はもうない。奴の体内温度は上昇を続けている。いつ爆発してもおかしくないぞ』
マルスのヘルメット内部の通信装置から黒川博士の声が聞こえ、ケイも達人もヘルメットの中で顔をしかめる。
「ケイ、俺がなるべく奴を風上へ転がして上空へ打ち上げる。そこを狙え」
「分かりました。こちらも発射準備をします」
ケイはその方法を達人には尋ねずにガンウルフの許へと急ぐ。
(いずれ来る戦いで今の俺ではあの人に勝てない。スペックや経験の問題ではなく、死んでも使命を達成するという、覚悟の差だ。今の俺にはそれが無い。あるつもりでいただけだったんだ)
彼も足りないエナジーを装着者の肉体を分解して補おうとする魔法の鎧の欠点は聞いている。先程のレジリエンスの様子から彼はそれを知ってなおその力を使ったとマルスは直感する。
(マルスが仮想敵としているのはそういう人間なのだ。そして俺はあの人に勝たなければならないんだ)
そのケイの対抗心はディバイン・ジャッジメントの通常以上の速さで発射シークエンスを終わらせ、ガンウルフを上空へ向けて持ち上げる事で嫌が応にも高まった。
農家を抜け再びさ迷いだしたスカンクエイプをレジリエンスが見つけるのはそこまで時間はかからなかった。
『スフェラ』(ギリシア語で球体の意)
両手に逆三角形状のエレメンタル・アンプリファイアを装着したレジリエンスはそう唱え水の球体を作り出し、そこにスカンクエイプを閉じ込めると一気に球体を風上に向けて転がし始める。
(鎧に蓄積されている水のエナジーはほぼギリギリだ。それもスカンクエイプの体温で水分が蒸発していく以上はいつまで持つか判らん。それよりも)
達人は自分の不甲斐なさを呪う。
(俺は弱くなった。さっきの眩暈の時俺が思い浮かべたのはエリクシリオだった。そんな事を考えている暇は無いにも関わらずだ。マルスとは、委員会の連中とはいずれ考え方の違いで戦う事になる。急速にマルスの力をモノにしているケイはもう俺と同等といっても過言じゃない。スペック面で差が無いのなら後は精神力が物を言う。その時自身の正義を信じて戦うあいつに今の俺は負ける。それでは駄目なんだ)
内部の熱とエナジーの不足から徐々に薄くなる球体を見ながらレジリエンスは移動速度を速める。
(まだだ!もっと市外に行かなければ)
眩暈を覚えながらも球体を維持しつつ海へと向かう大通りへレジリエンスは躍り出た。
球体はその上方が破れかけていた。
(ここまでか)
レジリエンスは球体を上空へと蹴り上げる。
「見えた!」
マルスは持ち上げたガンウルフを動かし、上空の球体へ照準を合わせるが風とその重さで狙いは定まらない。ガンウルフの照準モニター越しでも水球が薄れていくのが見える。
「仰角を上げろ。もっと力を入れるんだよ、村木!俺達はこの為にいるんだぞ!」
三上はスタッフを叱咤しガンウルフの左右でディバイン・ジャッジメントの発射の狙いと射角を支える補助を行う。
「行きます!ディバイン・ジャッジメント発射!!」
チーム一丸の想いを乗せた白色光が球体を包む。
球体は瞬時に消滅し、間を置かずその中にいたスカンクエイプを細胞一つ残さず文字通り消滅させる。
「フーっ、皆さんありがとうございました」
「いいってことよ。誰一人欠けても今回の作戦は完遂できなかったんだから」
マルスが跨ったままのガンウルフを地面に降ろしながら三上はケイを労う。
「任務完了。流石だ」
「お疲れ様でした、達人さん。結構ギリギリでしたよね?あれ」
最大の危険が去ったf市の農家の脇でレジリエンスとマルスは対面した。
「そうだな。しかしお前が学校に通うなんてな。どういう風の吹き回しだ?」
「最初は乗り気じゃなかったんですけどね。けど今は気に入っていますよ。僕なりに戦う理由も見つけたのでね」
「そうか。ならいい。それと今更だが紗良達を守ってくれてありがとう」
「いえ、紗良さん達はクラスメイトですからね。色々と良くしてくれているので」
「世渡りはお前の方が上手だ。あの施設で所長の息子だという事で色々な嫌がらせを乗り切ってきたんだからな」
「あの頃はお互いに必死でしたからね」
互いに修羅場をくぐり抜けて来たという共感がある。
「一つ個人的なお願いをしに来た」
「何でしょう、改まって」
「俺がおかしなことを始めたと思ったら全力で止めてくれ。その逆もまたしかりだ」
「いいですよ。でもそんな日が来ない事を祈りたいですね」
「所長辺りから聞いているだろう。レジリエンスがなぜ生み出されたか。全部を受け容れた訳じゃないが俺は出来得る限りその使命を果たすつもりだ。それは恐らく文明存続委員会と対立する考え方だからな」
達人の言葉にケイは首をすくめて見せただけだった。
「他に何か忠告はありませんか?先輩戦士として」
「それは無用だろう、連中と戦って生き残っているんだから。ただ変な格好の女を探してくれ。そいつは重要な手掛かりを握っているかもしれないんだ」
「そいつはUMAなんですか?僕もこの場所は詳しくないがそんな話は聞かないな。手掛かりってのは何です?」
「可能性の話だから何とも言えないんだが、ところで今朝の空を見たか?」
「いや。何かありましたっけ?」
「見ていないなら注意しておいてくれ。さっきの言った女は今現世で起きている異常気象の解決に繋がるかも知れないんだ」
「分かりました。他の職員にも伝えておきます」
「頼む」
そう言って2人は別れた。
「今のは何なんですか」
先程の光景を盆に映った水鏡で見ていたボーイ、柏木英輔は不思議な二人に問う。
「まあこれが世界の命運をかけた戦いの一つよ。最後はちょっと妾も手伝ってしまったがの」
「あまりジャージーデビルから恨まれる真似はなさらない方が。ただでさえ恨みに思っている輩は多いのですから」
そう諫言する巨漢に
「あのまま放っておいても妾とお前は生き残ろうな。だがこの宿の主人やこやつは即死ぞ。それは寝覚めが悪いというもの」
「ははは、は。助けてくれたってことですか・・・・」
「そういうことだ。お嬢の気まぐれに感謝するのだな」
冷や汗をかいて床に座り込む少年
「タキ、ここが妾は気に入った。暫く滞在するからエイスケとやら、お主を専属として付き合わせてやろうぞ」
けらけらと笑う白井良子と名乗る女性。この女性こそが蛇型上級UMAグローツラングだった。
彼女らが外に出ることができたのはこれより2日後。
f市全土がスカンクエイプのガスの中和剤で『除染』された後だった。
「はい」
f市内の最高峰の高級ホテル。
その一室で10代後半から20代前半と思しき女性と禿頭の巨漢が座ってTVを見ていた。
女の方はあらゆる意味で人目を惹く容姿をしていた。
長い黒髪を二つの巨大な輪にして頭頂部で結っており、その輪の間に冠の様な物を被っているというよりは挟んでいるといった方が正しい表現だろう。
そんな奇抜な髪形をした美女は白いチャイナドレスを纏い両手の人差し指にはその細さと小ささに不釣り合いな巨大な白色の宝石の指輪が嵌まっている。
巨漢の方は頭も体も四角、深海魚の様な目を床に落として微動だにしない。
「タキ、暇じゃ。水盆を持ってこさせ」
「はい」
間もなくフロントのボーイがガラスの器を持って部屋に入ってくる。
「小さい」
「は?」
「もっと大きいのを持ってこんか」
「はい、ただいま」
そのやり取りを何度かしてやっと彼女好みの大きさの器が来た。
その器に水を一杯に注がせ、その上を持っていた扇子でさっとなぞる。
水面には見知らぬ家の敷地を横切るゴリラの様な怪物が映し出される。
「あまり力を人前で使わぬ方が」
女性はタキという巨漢にたしなめられる。
それに構わず呆然と好奇の入り混じった顔をしているボーイに声を掛ける。
「良い。そこのボーイ。フフフッお主良い反応じゃ。どれ少し付き合え」
レジリエンスもまたジャージーデビルがf市各所に配置したアダマンと交戦していた。
レジリエンスは現れた2体を遥か上空へと放り上げ、風魔法プノエーでバラバラにした。
「こいつらがいるとは。しかもコイツの素材はアスファルトか」
足元の可燃ガスの中に落ちていく塵を見てレジリエンスは呟く。
今彼の歩いている場所は駅へと向かう坂道で早朝の無人の道路には今彼が歩いている側の道沿いにある、急な傾斜に立つ木々が風に枝を震わせる音と近くを流れるo川のせせらぎがここからでも聞こえるほどの静寂さだった。その木々の間から転がり落ちる様に新たなアダマン2体が眼前に現れる。
「何体いるんだ?」
1体はそのまま坂を転がるように降り、もう1体が槍を振り上げて襲い掛かるアダマンを左手で受け止めるとレジリエンスは左肩のエレメンタル・アンプリファイアを右手で引き抜くと左腕に装着する。
そしてそのひし形の装置を逆三角形に展開し、『パーゴス』(ギリシア語で氷の意)を唱える。
以前は出力の問題で出来なかったが増幅器であるアンプリファイアによって水を冷却させることも可能となった為実現した魔法だった。左手に発生させた氷の塊を左フックと同時に打ち込まれたアダマンは氷の結晶となって砕け散った。
(よし。炎の反属性である水系と状態維持の特性のある土魔法は威力はともかく使う事は出来るはずだ。逆に次元移動は全ての属性のエナジーを使う関係上使えない。それに熱を拡散させる特性を持つ風魔法もガスがある所では使えんな)
その感触を確かめたレジリエンスは万一起こり得る最悪の事態は回避できそうだと少しだけ自信を持つ。
(風が強くなってきた。グズグズしていられんな)
「なんだあ?自分が死にかけた場所の近くだからってセンチになってんのか?」
先を行くアダマンを追いかけようとしたレジリエンスの耳に聞き覚えのある嫌味な声が頭上から響く。
「ジャージーデビル。お前に構っている暇は無い」
「悪いがお前に邪魔されちゃ折角の花火が見れないんでな」
「お前が今回の・・・う…む!?」レジリエンスはジャージーデビルが更なる奇怪な姿に変わっていくのに絶句する。
馬の様な顔がヤギのようになったかと思うとその顔が縦に割れてコウモリの頭が出現し、全身各所にトゲが生えて体も一回り大きくなっていた。
「この町の消えゆく様を特等席で見せてやる親心にむせび泣きな!」
そう言うとジャージーデビルは翼の付け根にあるトゲとも角とも見える部分をアンカーの様に射出しレジリエンスの両腕を拘束する。
「泣くより怒りだな」
レジリエンスは拘束を解けないと見るや腕の力だけで飛び上がり、ジャージーデビルの顔を蹴り飛ばす。
「ギャッ」
痛みで拘束を緩んだ隙をついてレジリエンスは民家の屋根に着地するとそのまま家々の屋根を飛びながらスカンクエイプの許へと向かう。
「野郎舐めやがって!」
ここまで大量のアダマンを生み出したことにより体力を消耗していた為その飛行スピードは通常の3分の1ほどしか出ないジャージーデビルは毒づきながら後を追う。
一方マルスは遂に発見したスカンクエイプとそれを襲うアダマンとの間に割って入り、双方の攻撃を受けていた。
スカンクエイプとアダマンはシルエットが似ていて、もしアダマンが槍を持っていなかったら至近距離からでも判別が難しい程だった。
アダマンの突き出す槍を左脇でガッチリと抑え込みガトリングランス・ランスモードの穂先で相手の胸を串刺しにする。同時にスカンクエイプが唸り声を上げて両腕を振り上げて襲いかかる。
「こっちへ!」
「三上さん、頼みます」
マルスはマルスチームの1人、三上へアダマンごとランスを放るとその振り下ろしを両腕で受け止めるが徐々に押し切られていく。射撃戦を基本戦術とするケイのマルスはそのプロトタイプと違い格闘戦を想定されていないのだ。
マルスとスカンクエイプは組み合ったまま民家の塀を破壊しその敷地へと入る。
(奇跡的に助かった)
接触時にスカンクエイプの体が高温を発している事に気が付き、火花でも出ればそれで全て終わってしまう事を思い出し、ケイは全身に冷や汗をかきながらも安堵する。その気の緩みからマルスはスカンクエイプに投げ飛ばされ、ビニールハウスを突き破って倒れ込む。
「トマト?ここは農家か。って怪物が人間様の食べ物を食べるんじゃない!」
自分が潰したトマトを見ながら立ち上がったマルスは彼を追ってきたであろうスカンクエイプが闘争より食欲と言わんばかりにトマトを貪るのを見て引き剥がそうとしたその時近くで悲鳴を聞きそちらを見やる。
この騒ぎで外の様子を見に来たのか初老の男性が3体のアダマンに襲われていた。
(向こうは風上か。ならば)
マルスはビニールハウスを飛び出すと同時にガスが無い事を確認すると右腰からマルスブラスターを引き抜くと最低出力の赤い光弾を3射、次々とアダマンを射貫く。
「何だったんだ一体・・・・・ヒエッ化け物」
男性は訳が分からないといった様子だったがマルスの背後から現れたスカンクエイプを見て気を失った。
スカンクエイプの全身の毛穴から湯気の如く発するガスがビニールハウス内に充満し、ガスの成分を構成するエレメンタル・エナジーによってトマトは萎れていた。
(そうか。わざわざ海まで誘導しなくても密閉空間に閉じ込めれば・・・後は爆発に耐えうる施設があるかだが)
ビニールハウスを見ながらそんな事を思いついたマルスは本部に通信を入れるがそのコールを中断せざるを得なくなった。自分が来た方向からマルスチームが駆け込んで来たのとスカンクエイプがそちらへ向かったからだ。
「皆さん逃げて下さい!!」
マルスは仲間を庇うべく走る。だが足元のガスに気を付けながら走らねばならぬマルスの速度は当然遅くならざるを得ない。そしてスカンクエイプの脚力は人間を当然超えている。
それを一番良く分かっている文明存続委員会のメンバーは足が竦み、ガトリングランスを抱えていた三上は死の恐怖からガトリング光弾を放ってしまった。
全て終わった。
マルスチームは絶望と後悔の、空をからその光景を見ていたジャージーデビルは歓喜から叫びを上げる。
だが光弾は突如現れた巨大な壁に阻まれて霧散した。
「エ・・・・・俺達助かったのか?」
怖々目を開けた三上達マルスチームはスカンクエイプが周辺のガス諸共3m四方を覆った灰色の四面体のバリヤーに包まれているのを見て地面にへたり込む。
「キサマアアアアッ俺の最上の喜びの瞬間を、キサマは・・・!!ならば俺の手で幕を引いてやる!!」
眼下でトイコスを発生させたレジリエンスへ怒りを再度爆発させると翼の付け根と全身のトゲから稲妻を放つ。
レジリエンスは空中に長大なトイコスを発生させ稲妻が地面へ落ちる前にそれらを防ぐが急激に土のエレメンタル・エナジーを消耗し、自身の肉体がエナジーとして鎧に吸い取られる感覚に眩暈を覚えるが踏みとどまる。
「フン、もはや青息吐息じゃねえか。その様じゃもうバリヤ―は張れまい。今度こそ地獄へ行け!!」
口から火球を放とうとするジャージーデビルの周囲に突如湿った風が巻き起こり、竜巻となって彼方へと飛んでいく。
「凄い!姿が変わって万能の力を手に入れたんですね、達人さん」
「いや、俺じゃない。だがケイ急げ。奴が戻ってこない内に」
「そうだ。密閉空間に奴を閉じ込められれば、海へ誘導しなくても」
『それを探している時間はもうない。奴の体内温度は上昇を続けている。いつ爆発してもおかしくないぞ』
マルスのヘルメット内部の通信装置から黒川博士の声が聞こえ、ケイも達人もヘルメットの中で顔をしかめる。
「ケイ、俺がなるべく奴を風上へ転がして上空へ打ち上げる。そこを狙え」
「分かりました。こちらも発射準備をします」
ケイはその方法を達人には尋ねずにガンウルフの許へと急ぐ。
(いずれ来る戦いで今の俺ではあの人に勝てない。スペックや経験の問題ではなく、死んでも使命を達成するという、覚悟の差だ。今の俺にはそれが無い。あるつもりでいただけだったんだ)
彼も足りないエナジーを装着者の肉体を分解して補おうとする魔法の鎧の欠点は聞いている。先程のレジリエンスの様子から彼はそれを知ってなおその力を使ったとマルスは直感する。
(マルスが仮想敵としているのはそういう人間なのだ。そして俺はあの人に勝たなければならないんだ)
そのケイの対抗心はディバイン・ジャッジメントの通常以上の速さで発射シークエンスを終わらせ、ガンウルフを上空へ向けて持ち上げる事で嫌が応にも高まった。
農家を抜け再びさ迷いだしたスカンクエイプをレジリエンスが見つけるのはそこまで時間はかからなかった。
『スフェラ』(ギリシア語で球体の意)
両手に逆三角形状のエレメンタル・アンプリファイアを装着したレジリエンスはそう唱え水の球体を作り出し、そこにスカンクエイプを閉じ込めると一気に球体を風上に向けて転がし始める。
(鎧に蓄積されている水のエナジーはほぼギリギリだ。それもスカンクエイプの体温で水分が蒸発していく以上はいつまで持つか判らん。それよりも)
達人は自分の不甲斐なさを呪う。
(俺は弱くなった。さっきの眩暈の時俺が思い浮かべたのはエリクシリオだった。そんな事を考えている暇は無いにも関わらずだ。マルスとは、委員会の連中とはいずれ考え方の違いで戦う事になる。急速にマルスの力をモノにしているケイはもう俺と同等といっても過言じゃない。スペック面で差が無いのなら後は精神力が物を言う。その時自身の正義を信じて戦うあいつに今の俺は負ける。それでは駄目なんだ)
内部の熱とエナジーの不足から徐々に薄くなる球体を見ながらレジリエンスは移動速度を速める。
(まだだ!もっと市外に行かなければ)
眩暈を覚えながらも球体を維持しつつ海へと向かう大通りへレジリエンスは躍り出た。
球体はその上方が破れかけていた。
(ここまでか)
レジリエンスは球体を上空へと蹴り上げる。
「見えた!」
マルスは持ち上げたガンウルフを動かし、上空の球体へ照準を合わせるが風とその重さで狙いは定まらない。ガンウルフの照準モニター越しでも水球が薄れていくのが見える。
「仰角を上げろ。もっと力を入れるんだよ、村木!俺達はこの為にいるんだぞ!」
三上はスタッフを叱咤しガンウルフの左右でディバイン・ジャッジメントの発射の狙いと射角を支える補助を行う。
「行きます!ディバイン・ジャッジメント発射!!」
チーム一丸の想いを乗せた白色光が球体を包む。
球体は瞬時に消滅し、間を置かずその中にいたスカンクエイプを細胞一つ残さず文字通り消滅させる。
「フーっ、皆さんありがとうございました」
「いいってことよ。誰一人欠けても今回の作戦は完遂できなかったんだから」
マルスが跨ったままのガンウルフを地面に降ろしながら三上はケイを労う。
「任務完了。流石だ」
「お疲れ様でした、達人さん。結構ギリギリでしたよね?あれ」
最大の危険が去ったf市の農家の脇でレジリエンスとマルスは対面した。
「そうだな。しかしお前が学校に通うなんてな。どういう風の吹き回しだ?」
「最初は乗り気じゃなかったんですけどね。けど今は気に入っていますよ。僕なりに戦う理由も見つけたのでね」
「そうか。ならいい。それと今更だが紗良達を守ってくれてありがとう」
「いえ、紗良さん達はクラスメイトですからね。色々と良くしてくれているので」
「世渡りはお前の方が上手だ。あの施設で所長の息子だという事で色々な嫌がらせを乗り切ってきたんだからな」
「あの頃はお互いに必死でしたからね」
互いに修羅場をくぐり抜けて来たという共感がある。
「一つ個人的なお願いをしに来た」
「何でしょう、改まって」
「俺がおかしなことを始めたと思ったら全力で止めてくれ。その逆もまたしかりだ」
「いいですよ。でもそんな日が来ない事を祈りたいですね」
「所長辺りから聞いているだろう。レジリエンスがなぜ生み出されたか。全部を受け容れた訳じゃないが俺は出来得る限りその使命を果たすつもりだ。それは恐らく文明存続委員会と対立する考え方だからな」
達人の言葉にケイは首をすくめて見せただけだった。
「他に何か忠告はありませんか?先輩戦士として」
「それは無用だろう、連中と戦って生き残っているんだから。ただ変な格好の女を探してくれ。そいつは重要な手掛かりを握っているかもしれないんだ」
「そいつはUMAなんですか?僕もこの場所は詳しくないがそんな話は聞かないな。手掛かりってのは何です?」
「可能性の話だから何とも言えないんだが、ところで今朝の空を見たか?」
「いや。何かありましたっけ?」
「見ていないなら注意しておいてくれ。さっきの言った女は今現世で起きている異常気象の解決に繋がるかも知れないんだ」
「分かりました。他の職員にも伝えておきます」
「頼む」
そう言って2人は別れた。
「今のは何なんですか」
先程の光景を盆に映った水鏡で見ていたボーイ、柏木英輔は不思議な二人に問う。
「まあこれが世界の命運をかけた戦いの一つよ。最後はちょっと妾も手伝ってしまったがの」
「あまりジャージーデビルから恨まれる真似はなさらない方が。ただでさえ恨みに思っている輩は多いのですから」
そう諫言する巨漢に
「あのまま放っておいても妾とお前は生き残ろうな。だがこの宿の主人やこやつは即死ぞ。それは寝覚めが悪いというもの」
「ははは、は。助けてくれたってことですか・・・・」
「そういうことだ。お嬢の気まぐれに感謝するのだな」
冷や汗をかいて床に座り込む少年
「タキ、ここが妾は気に入った。暫く滞在するからエイスケとやら、お主を専属として付き合わせてやろうぞ」
けらけらと笑う白井良子と名乗る女性。この女性こそが蛇型上級UMAグローツラングだった。
彼女らが外に出ることができたのはこれより2日後。
f市全土がスカンクエイプのガスの中和剤で『除染』された後だった。
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「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。
【概要】
主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。
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