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第一章
地下室の病棟
しおりを挟む看護師国家試験
厳しい臨床実習を乗り越えた看護学生達が最後に通る関門である。
合格率は70%前後と高く見えるかも知れないが、この合格率の高さは看護師という職業の需要に対する供給の調節のためである。
とはいえ、必修問題と言う数問間違えれば即不合格という問題もあるからして、医療について理解していなくても看護師になれるというのは大間違いである。
超高齢社会の今日、医療現場は慢性的な人手不足に頭を抱えている。
どこの街を歩いていても必ず老人に出会うし、病院に足を踏み入れれば老人同士が互いの体調について談義をしている姿を目にする。
病院に行って、予約が9時だったのに2時間も待たされたなんて話は珍しくない。
この事から病院は体調不良の患者を待たせる程度に人手が足りていないと分かる。
筆者が看護学生だった時分は、「看護師になるんです」なんて近所のおばさんに話せば「食いっぱぐれないからいいじゃない」と言われたものだ。
その通り、看護師の就職活動は一般企業の就職活動とは比べ物にならないくらい引く手数多である。
一般企業を目指す大学生が100社面接を受けてほとんど内定を貰えないとしても、看護学生が病院に面接に行けばほぼ内定を貰える。
そんな甘っちょろい就職活動を経た看護学生は楽勝と言わんばかりに春休みを謳歌する。
そして、4月に現場に立つと決して甘くはない現実を目の当たりにする。
命を扱う現場には学生の甘い考えは全く通用しない。
最新の医療機器と日々状態の変化する患者に行われる自分の知識の外の処置、そして勉強不足から先輩看護師の叱咤が待ち受けているのだ。
新人看護師はそうして荒波に揉まれ、患者の命を助けることのできる立派な看護師になっていく。
国家試験に合格して人生最後の春休みを謳歌した白井蒼もまた、現場に甘い幻想を抱いている一人だ。
国内有数の医学部看護学科をそこそこの成績で卒業し、看護学生の間でそこで働くことが一種のステータスであり、ヒエラルキーになっていた東山大学病院に就職内定を貰っていた。
まっ更なおろしたてのスーツに身を包み、病院の前の桜並木を新卒の入社式には少しそぐわないブランド物のパンプスで闊歩する。
彼女の頭の中には、大学病院のナース服
は可愛いらしいだとか、循環器外科配属の希望は通っただろうかとか、同期はどんな子だろうとか、初任給は幾らだろうとか、看護師らしくもないと思われそうな事が浮かんでいて少し浮かれていた。
入社式は定例どおり、今年の新入職員が講堂に集められ、理事長がまず壇上で歓迎の挨拶と病院の沿革、病院の特色と強み、理念について話す。続いて院長、医局長、事務部長、リハ部長、臨床検査部などの各部署所長が挨拶し、看護部長、病棟師長、そして各病棟・各科で働く看護師としてより高度な知識と技術を習得した専門・認定看護師が話す。
蒼はそれをぼんやりと聞いていた。
或いは早く終わって辞令出して病棟に上げてくれと思っていたかも知れない。
一時間足らずの入社式のトリを務め、新入職員の決意なるものを代表として述べたのは蒼と同じ大学を卒業した同期に当たる新人看護師、稲山沙織だった。
彼女は看護学科を首席で卒業し、大学の卒業式でも代表挨拶を務めた。
学内で蒼と沙織は別段仲良くもなかったが、プライドの高い蒼が沙織を意識していたのは言うまでもない。
入社式が終わり、辞令が交付された。
「蒼ちゃん、配属どこ?」
沙織の方から話しかけてきた。
「…B3病棟って書いてある。」
辞令の紙に書かれていたは〝看護師 白井蒼、B3病棟に配属とする。〟とだけだった。
(Bって地下?まさか、そんな所に病棟があるわけないじゃない。…でも、3階は生理検査室と外来だし…)
蒼は〝B3病棟〟の意味を考えたが分からなかった。
沙織の辞令書の方は、〝看護師 稲山沙織 5西(循環器外科)に配属とする〟と書いてあった。
沙織の方には診療科も書いてあったが、蒼にはB3と書いてあるだけで診療科の記載はなかった。
だから、蒼はこう思った。
(きっと、誤植よ。)
「B3病棟って何だろう?蒼ちゃん、病棟には5分後に集合だからもう行くね。」
そう言って沙織は行ってしまった。
5西、循環器外科。
蒼が希望していた病棟だ。
B3病棟の意味と自分ではなく沙織が希望していた科に配属になった事への不満を考えていると、
「看護師の白井さん」
遠くの方で蒼を呼ぶ声がした。
後ろの方に白衣が見えた
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