SAVE_YOU

星逢もみじ

文字の大きさ
70 / 180
三廻目 雀の千声、鶴の一声

第70話 不快な感覚

しおりを挟む
「……なんだ木流……俺の無様な姿でも見て笑いにきたか。……なら用は済んだろう。とっとと失せろ」

 口から血反吐を吐き、息も絶え絶えといった様子で、なおも影愁は悪態をつく。
 先ほどまでいた桜示が応急処置をしたのだろうが、すでにかなりの血が流れた後なのだろう。影愁を中心に血だまりが出来ていた。

「ただ礼を言いに来ただけだ」
「……礼?」
「最後、沙雪と二人きりにしてくれただろう?」
「馬鹿が。あれはお前のためではない。……ただ、俺は二度も」
「二度も?」
「……お前たちに付き合いきれなくなっただけだ。……まさか本当にそんな馬鹿を言うためだけに、千金より貴重な時間を無駄にしたのか? っ……すぐに逃げねば、お前も無駄死にだぞ」
「そうかもしれないな」

 言って、奏心は影愁の隣に腰掛ける。

「……まさか、貴様死ぬつもりか……⁉」
「そうだと言ったら?」
「ふ、ふざけるなッ‼ ぐっ……がはっ!」

 血を吐きながら微かに目を開け、ギロリと奏心を睨む。

「おお、心臓を撃たれたというのに元気じゃないか」
「お前まで死んだら……天寿症を作った奴は――沙雪の仇は誰が討つというのだ……!」
「そうだな……沙雪は負けず嫌いだった。天寿症を作った犯人を捜しだし、殺すことこそがあいつにしてやれる唯一のこと。そう思っていたからな」
「だったら――」
「だが、このままお前を捨て置けば、いずれ向こうでこっぴどく叱られると思ったんでな」
「……向こう?」
「そうだ。お前を置いて逃げたと知られれば、あっちで胸を張って沙雪に会えんだろう。だから、これは私の我儘わがままだ」
「沙雪なら、ここで無駄死にすることにこそ怒りを覚えるだろうよ……っ!」
「……かもしれないな」
「…………沙雪の仇は諦めると言うのか」
「……いや、不思議な感覚ではあるのだが、。そんな確信に似た予感がするんだよ」
「…………チッ、この期に及んで世迷言を……。……本当に……こい……つ……」

 精彩を失った瞳で虚空を見つめたまま、つい数秒前までそこに燃えていた命の灯火は消えた。
 役目を終えたと言わんばかりに、影愁の肉体からは魂が抜け落ちてしまったようにも見える。

「……また会おう、影愁」

 奏心は開いたままの影愁の瞼を指で閉じる。
 ――直後、ひと際大きい爆発音と共に、二人を見下ろしていた天井が崩れ落ちた。


          ☾


「くそっ……!」

 途中まではなんとか見失わずに付いていけたものの、崩れてきた瓦礫が道を塞いで、俺たちは後続の背中を完全に見失ってしまっていた。
 周りを見回すも、人の気配は見当たらない。

「……大丈夫か蛍っ!」
「ええ、大丈夫」

 口ではそう言っているものの、蛍の足取りはかなり危なっかしく、すでに何度も転びかけている。
 背後の蛍を気にしながら、上下左右の崩落物にも意識を向けなくてはならず、たった数分しか経っていないのに、すでに神経が消耗していた。

「っ……!」
「どうした?」
「な、なんでもない」

 ――だからか、蛍が苦悶くもんの声を漏らすまで、すでにどこかで怪我をしていたという事実に気が付くことが出来なかった。
 駆け寄ってみると、太ももを何かで切ったのかスカートの隙間から血が流れ出ている。

「……これは」

 傷は深くないが、浅くもない。どちらにせよ、この足で走り続ける事は困難だろう。どこで怪我をしたのか分からないが、今まで前を走る俺に気取られずにいたのが信じられなく、同時に気付けなかった自分自身を恥じた。

「っ、すまん」

 返答を待たずに蛍のスカートを破いて、とりあえずの止血を済ませる。

「あ、ありがとう」
「大丈夫だ」

 事態は一刻の猶予も無い。こんな場面、超人やヒーローならお姫様抱っこやおんぶでもして駆けていくのだろうが、花柳との死闘で疲れ切ったからだではとてもじゃないが現実的な方法ではない。

「……置いて行って」

 その言葉に顔だけ蛍に向ける。

「足手まといになりたくないの。志樹だけなら生き残れる。だから――」
「馬鹿なことを言うな。二人で生き残るんだ」
「でも……!」
「それでもだ。……護衛だってこと忘れたのか?」
「っ、バカ……」

 蛍の言うことを聞けば、俺一人だけなら生き残れるかもしれない。だが、彼女を見捨てて一人生き残るのならこのまま一緒に死んだほうがマシだと、そう本気で思っていた。

「抱っことおんぶ、どっちがいい?」
「え? ちょっと、なにを――」

 どちらにせよやれるだけのことはやってみようと蛍を抱きかかえようとした時、何度目かの爆音が辺りに鳴り響く。

 反射的に頭上を見上げると、天井の一部が今まさに落下してこようとしていた。
 予想落下地点は――今まさに俺たちがいる場所。

「――っ‼」
「きゃっ!」

 間に合うか間に合わないかは問題じゃなかった。力加減を忘れたまま蛍を突き飛ばす。
 蛍の目には瓦礫が落ちてくる瞬間が映っていることだろう。俺自身の目には――残念ながら同じ景色を見ることはできそうになかった。

 次の瞬間、僅かな抵抗も許さない圧倒的な力を全身で感じ、同時にズズンという地響きと共に煙が舞い上がる。
 少しして煙が晴れると、そこには上半身を起こしてこちらを見る蛍の姿があった。

 無事だったことに安堵するも、蛍の表情が次第に強張こわばっていき、絶望の色へと変わっていく。

 強く突き飛ばしすぎて怪我でもさせてしまっただろうかと思い、傍に駆け寄ろうと身体を起こそうとするも、どうもうまくいかない。辛うじて動くのは腕と首ぐらいだった。

「し――っ」

 俺の名前を呼ぼうとしたのか、ただ息を呑んだだけなのか。蛍は息を詰まらせたかのような声を発する。

 ――その時点で自分の置かれている状態に対する大よその察しはついたが、じわじわと追いついてくる気持ちの悪い痛みが、その予想が嘘ではないと告げてきていた。

「っ……」

 直接確認することは恐ろしくて出来なかったが、それでもボヤけていく意識の中でなんとなく悟る。下半身が動かないのは――おそらく降ってきた瓦礫によって潰されてしまったからだと。

 そう現状を客観的に理解した上でここまで冷静でいられたのは、〝死〟ということに対して拒否感が薄かったからか。あるいは、無駄死にせず済んだと安心していたのもあるかもしれない。少なくともこうして蛍は救う事が出来たのだ。
 後の要因は……もう自分が助からないと分かってしまっているのもあるか。

「アンタたちまだここに――っ、そんな……!」

 その時、場違いに騒々しい声が薄っすらと聞こえる。出来ればもう二度と聞きたくないと思っていた男の声だったが、今は救われた心地になっていた。

「お願い! この瓦礫を退けて!」

 すぐ後に蛍の懇願する声が聞こえる。

「そ……っ……!」

 そんなことはどうでもいい、そう口にしようとするも、肺が潰れてしまっているのかうまく言葉がでてこない。

「……ごめんなさい。あーし一人じゃどうすることもできないわ。仮に動かせたとしても、これはもう……」
「そんな……‼」
「……ほ……た……を……」

 最後の力を振り絞って、声にならない息を吐き出す。この状況で蛍を救えるとしたら、それは花柳ただ一人だけだ。

「分かった。必ず蛍ちゃんを外に連れ出すと誓うわ。……だからアンタも、もう休みなさい」

 その言葉に安堵して全身の力が抜けていく。
 ……まさかこの男に感謝する日が来るとは思ってもみなかった。

「っ……いや! 待って! お願いっ! 志樹っ……‼」

 必死に手を伸ばす蛍を、花柳が無理やり肩に抱えて走り去っていく。
 弁慶のような後ろ姿で八艘飛はっそうとびを思わせる身のこなし。あの常人ならざる男ならきっと大丈夫だろう。
 ……それなら、もう何も思い残すことは無い。

 瞼を閉じて、暗闇に身を任せる。
 ――そうして、何度目かの轟音を最後に、俺の意識は完全に消失した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

下宿屋 東風荘 7

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆ 四つの巻物と本の解読で段々と力を身につけだした雪翔。 狐の国で保護されながら、五つ目の巻物を持つ九堂の居所をつかみ、自身を鍵とする場所に辿り着けるのか! 四社の狐に天狐が大集結。 第七弾始動! ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆ 表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ホウセンカ

えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー! 誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。 そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。 目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。 「明確な理由がないと、不安?」 桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは―― ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※イラストは自作です。転載禁止。

処理中です...