SAVE_YOU

星逢もみじ

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四廻目 零れた境界線

第85話 ただそれだけのこと

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 そこに書かれている事に理解が追いつかず、絶句する。
 子供として? ということは、霧山千冬は……春佳……?

 頭が理解を拒む。少し考えれば、いや、考えなくとも文面通り受け取ればどういうことなのか分かる。だが、どうしてもその一歩を踏み出せずにいた。理解しようとすればしようとする度、脳裏に雑音が走る。

「――春ちゃんは、霧山紬の妹である〝霧山千冬〟の細胞を基に、人工的に造られた人間なんですよ」

 そんな俺の姿を見かねてか、リリィが声を掛けてくる。
 その言葉は半分頭に入ったものの、もう半分は自然と耳から抜け出ていた。
 ……春佳が、霧山千冬の細胞を基に造られた……。

「そ、そんなこと……」

 おそらく先にこの事実を知っていた蛍は、一足先に我に返ったのか、そう俺の隣で零す。

「いいえ、これは紛れもない真実です」

 そんな微かな希望に縋った言葉を、リリィは即座に切り捨てる。

「でも……そんな……! 彼女は私たちとまったく同じで」
「そうですね、何ひとつ変わりません。唯一違う点といえば、SOWISによる定期的なメンテナンスが必要なところでしょうか」
「そんな……」

 ……春佳が……人工的に造られた人間……。…………そうだとして、一体何が変わるんだ?

 衝撃的な内容で頭が真っ白になっていたが、春佳が春佳であることに変わりはない。リリィも肉体が無いだけで、俺からすれば人と何ら変わらない。千冬という少女とは会ったことも話したこともないのだ。それなら何の問題がある? 人間のはらから産まれたか、試験管から産まれたかの違いだけじゃないのか?

 ――だとするなら、俺が考えるべき事は何も無い。ただ今まで通り春佳と接するだけだ。

「……もしかして、これがリリィや霧山さんが教えておきたかった、春佳の秘密ですか?」
「そうです。この事実を知っても、それでも春ちゃんとこれまで通り接することが出来ますか? もしできないなら――」
「それなら大した事じゃなかったな」
「……えっ……?」

 その言葉にリリィは驚いた表情で俺を見る。

「人工的に造られたからといって、春佳の何が変わるわけでもない。変わるとしたら春佳を見る俺たちの目だ。だろ?」
「それは…………うん、確かに言われてみればそうね。春ちゃんは春ちゃんなわけだし」

 リリィは口をポカンと開けて俺たちを見ている。
 少しして、困惑を押し退けて笑みが浮かび上がってきた。

「……春ちゃんは本当に良い人たちを見つけたみたいですね……」

 涙ぐみながらリリィは呟く。

「驚きはしたけどな」
「……でも、なんで私たちにこんな事を?」

 俺の言葉に続いて蛍がリリィに聞く。

「それは……」
「真実を知っても付き合いをやめないでくれるかどうか試したってことだろ?」
「……はい。申し訳ありません」

 リリィは伏し目がちに答える。

「もし私たちが無理だーなんて言ってたらどうしたの?」
「……その時は、その時です。付き合いを深めた後に去られるより、早いうちにと思いまして。春ちゃんもそのことは納得していました。ここに書かれている通り、春ちゃんはSOWISを通して定期的にメンテナンスをする必要があるんです。隠していたことを突然知らされれば、相手は騙された、嘘をつかれたと感じるかもしれません。……春ちゃんには何も気後れすることなく交友関係を築いてほしかった。どうやら余計なお世話だったようですが」

 そんなことだろうとは思った。……しかし、霧山さんなら春佳のためにと考えるのも納得いくが、リリィがそこまで春佳に対して気を回すのは……もしかしてリリィのが関係しているのだろうか。霧山さんの日記に書かれていた、リリィは霧山さんの亡くなった母親そっくりだというあの一文が。
 もしそうだとするなら……。

 ――ギリシャ神話の〝ピグマリオン〟を思い出す。
 あの話はピグマリオン王が自ら彫ったガラテアという名の彫像に恋をして、本物の人間になってほしいと心身を摩耗させてまで願い続けた結果、美神アプロディーテーが生命を吹き込んだという話だ。

 ……そんな神話が現実に起きるとは思えないが、もしリリィが何らかの理由で霧山さんの母親の影響を受けているのだとすれば……。

「――柊さん」
「ん?」
「確かに私は紬様のお母さまを基に構成されています。ですが、私はあくまでAI。彼女たちの母親ではないんですよ」
「……そうか」

 まるで俺の心を読んだかのような――それでいて予め用意していたかのようなその言葉は、一体何を思いながら発したのか。表情から読み取ることはできなかったが、昨日リリィに聞かれた〝親の役割〟というAIらしからぬ問いを思い出していた。

「……とにかく、春佳にはこの後俺が話をしに行くよ。俺たちが気にしてなくても本人は気にしてるだろうから」
「それなら私も――」
「いや、今回は俺に任せてくれないか?」

 蛍の言葉に被せて告げる。

「な、なんで⁉」
「最初から二人で押しかけたら話し辛いだろ?」
「それはそうかもしれないけど……だったら私が――」
「前回は俺が信じた」

 こう言えば蛍は退くだろうと知って、ピシャリと言い放つ。

「……はぁ、分かった。でも後で私も話に行くから」
「ああ。それじゃ早速――ってそうじゃない! 二人ともちょっとこっちに来てくれ!」

 無﨑のパソコンに蛍の名前が書かれていたことを思い出して、急いで二人を呼ぶ。

「――え……なに、これ?」

 自分の名前が書かれた文章を見たからだろう、血の気が引いた顔で蛍が呟く。リリィは初めて目にしたのか、眉をひそめていた。

「リリィ、これが何だか分かるか?」
「すみません。私にもさっぱり……」
「そうか」

 そうだろうなと思っていただけにリリィの返答に驚きは無い。
 ……しかし、このままだと疑問の解消どころか更なる疑問が増えただけだ。

 なんにせよ、春佳との話が済んだらこの件も含めて霧山さんともう一度話してみよう。そして、絶対にUtopia計画を考え直させる。そうしなければ未来は無い。

「――そうだ、はどこに繋がってるんだ?」

 言いながら指を指す。
 その先には、更に下へと続いている階段が薄っすらと見えていた。

「この下には実験場があるんです。天寿症の患者の研究に使われたりしていたようですが、もちろん今は使われていないので物置きとして使われているようですね」
「……あまり行きたくはないな。地下は何階まであるんだ? この研究所だけでも結構な広さがあるけど」
「ここと、この下の実験場だけですよ。結構ごちゃごちゃしていると思いますが降りてみますか?」

 今は使われていない物置きか……研究所ここにそれらしきものがない以上、使われなくなって久しい実験場を見たところで何も見つからないだろう。それにパソコンで見た天寿症患者のと地下実験場とを無意識の内にイコールで繋げてしまい、からだが階下へ降りることを拒否していた。

「……いや、止めておこう」

 とりあえず、今は春佳を早く安心させてあげたい。俺たちは何も気にしていないし、何も気にする必要は無いのだと安心させるために。
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