SAVE_YOU

星逢もみじ

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六廻目 罪の記憶

第113話 遠い記憶

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「ここは次のテストにでるからな、ちゃんと勉強しておけよー」
「ええ~‼」

 担任の言葉に教室からは不満そうな生徒たちの声が上がる。

「え~、じゃないだろ。高校受験失敗しても先生は知らんぞー?」

 その言葉で更に不満の声が上がり、同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「はい、じゃあ授業はここまで。特に言うこともないし今日はこれで終わりだ。また明日な」

 ルーティンと化した適当な締めの言葉を口にして、担任はさっさと教室を出て行ってしまう。
 いつもの光景。変わり映えしない、日常の一ページ。そう、日常の――。

「……これが、日常……?」

 ふと違和感を覚える。何かがおかしい。この幸福な光景には覚えがある、知っている。だがこの日々はすでに――。

「あれ、今帰り?」

 いつの間にか昇降口にいた俺はいつか聞いた声にほとんど反射的に顔を上げる。すると、そこには幼馴染の鳴橋なるはしがいた。

 彼女は先ほどまで差していたであろう濡れた傘を閉じながら近付いてくる。
 周りは下校する生徒ばかり、彼女もその例に漏れなかったのだろうが、何を思ったか途中で戻ってきたようだ。

「な、鳴橋⁉」

 学校指定の青紫のジャージに身を包んだ鳴橋を見て声を上げる。どうして彼女がここに……。

「あはは! なにそんなに驚いてんの! もしかして何か考え事でもしてた?」
「え? ああ、えっと…………あれ、なんだっけ?」

 今の今まで何か重要な事を考えていたような気がするが、次の瞬間には何を考えていたか綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

「はぁ? なにそれ、そのトシでもうボケちゃったの?」
「失礼だな」
「事実じゃん」
「む……」

 そう言われるとぐうの音も出ない。
 ……俺は一体何を……? ……まぁいいか、大事な事だったらいずれ自然と思い出すはずだ。

「ね、それよりさ! 放課後いつものみんなで鍍皮とがわの家行かない?」
「あー……そうだな、分かった」

 傘を差し、期せずして帰り道を共にしながら頷く。

「ホント⁉ 久々じゃない? 志樹が来てくれるの!」
「そうだったっけ?」
「うん。……色々あったから心配してたんだよ?」

 心配……そうか、俺の両親が亡くなった事を――。覚悟していたことではあったが、やはり辛いものがある。
 ……それでもこうして学校に行けているのは、鳴橋の影響が大きい。

「……もう大丈夫。俺にはライバルがいるからな」
「ライバル? それって鍍皮のこと?」
「いや、〝サネ〟のことだよ」
「サネ……? そんな子ウチの学校にいたっけ?」
「学校にはいないが、家には居る」
「家? あー! もしかして飼ってる犬のこと?」
「そうだ」

 サネ――柊志樹という俺の名前から一文字、〝志〟の部分を取って付けた名前だ。

「へぇ~ライバルねえ~。あれ? でも、前に弟が出来たねって言ったらペットだーって言ってなかった?」
「……あの時から色々あったんだよ。――ほら」

 そう言って、鳴橋に傷痕が付いた右の人差し指を見せる。

「うわっ! どうしたのそれ⁉」
「噛まれた。傷痕は残るだろうけど、まあ名誉の負傷ってやつだな」
「どんな遊び方してたのよ……」
「ボールやおもちゃの取り合いだけど」
「……はぁ、血気盛んというか元気というか、そういうとこは昔の志樹そっくりね」

 どんなイメージだったんだ、正直まったく身に覚えがない。自己評価すると元気なタイプだったとは思うが……。

「まぁいいけど、もっと平和的な遊びはないの?」
「うーん、後はペットボトルを潰して遊んだり、布団の中から音を立てて発掘させる遊びをしたり……とかかな?」
「将来子供ができたら遊ぶの上手そうだけど、あんまり怪我しないようにしなよ……?」
「それはもちろん気を付けてるんだけど。あ、そうだ。平和的な遊びだと、神社に行くと毎回全力ダッシュして垂れ下がってる紐に噛みつきに行くんだよ」
「神社の紐って鈴緒すずおのこと?」
「ああ。……ほらこれ、ずっとぶら下がってるだろ?」

 言いながら、以前撮った動画を鳴橋に見せる。

「え~! かわいい~!」
「罰当たりかとも思うんだけどな。めちゃくちゃ唸ってるし」
「そんなことないよ。きっと祈ってるんじゃないかな?」
「それならいいけど」

 唸り声を上げながら一心不乱に紐にぶら下がり鈴を鳴らし続けるサネの姿に、何度も見た光景にも関わらずつい笑みが零れる。

「でも元気になってよかった。それじゃまた鍍皮くんの家でね!」
「ああ」

 そう言って、鳴橋は小走りに去って行く。
 ――鍍皮。同じテニス部の友人で、以前までほとんど毎日遊んでいた親友と言っても過言ではない存在
 そう、あの日までは。


          ☾


「――頼む!」

 無事に高校に進学した俺は久々に鍍皮と会っていた。お互いに忙しい新生活で会うことも少なくなっていた中での誘いだっただけに、昔を懐かしみ二つ返事をして待ち合わせ場所に向かったのだが――。

「二万だけ貸してくれたらいいからさ」
「だけって……」

 開口一番、鍍皮から聞いたのは金を貸してくれという言葉。二万円という額は高校に入りたての身ではあまりに高額。アルバイトはしているものの、親の遺産で生活している身としては簡単に貸せる額ではない。

「急にそんなこと言われても……理由は……?」
「あーいや、愛する彼女に誕生日プレゼントを買いたくてさ」
「……バイトしてたろ? その金は?」
「いやそれが今月色々使いすぎちゃって、携帯代払ったらもうスッカラカンよ」

 悪びれる様子もなく自慢げに言ってくれる。高校生が二万円もするプレゼントを贈ることにも疑問を感じるが、そこまで愛しているのなら事前に貯めておくのが普通ではないのだろうか?

「家族には貸してもらえないのか?」
「は? いやそれは最終手段でしょ。っていうかそんなのどうでもいいから早く貸してくれよ」
「……あまり金の貸し借りはしたくないんだ。貸して貰えるならまずそっちに――」
「いや親はマズいから! チッ、あーもうそんなケチケチしなくていいだろ。ほら早くしてくれよ」
「っ!」

 これが俺の知る鍍皮……? 昔はこんなことを言う奴じゃなかった。確かにチャラい男だったが、今はそれに拍車が掛かっている。あまりいい噂を聞かない連中ともツルんでいるようだし、貸したところで返してもらえる保証もない。……いや、流石に金を返さないということはないか。

「な? 絶対返すから頼む! 来月の給料日には返すからさ」
「……分かった。じゃあ一万なら」
「は? いや、二万だろ」
「駄目だ。それに一万あれば足りるだろ」
「チッ、はぁ……じゃいいよそれで。ほら、予定あんだから早くしてくれよ」
「お前――って、予定?」
「そうだよ、この後用事あんだから早くくれよ」

 ……つまり、久々に会って話したいことはこれだけ?

「…………絶対返せよ?」
「あー分かってる分かってる」

 高校生の時分にしては高額だったが、鍍皮がバイトをしていること、これまで積み重ねてきた関係を信頼して、結局金を貸すことに決めた。必ず返ってくる、そう自分に信じ込ませて。

 結局その日から妬皮とは連絡が取れなくなった。行動範囲が被っていることもあって偶然道端で鉢合わせる事もあったが、忙しくて連絡が出来なかったと言われ、返す気はあると百円玉を一枚だけ手渡してきた時には呆れて思わず笑ってしまった。
 だが、それでもまだ返す気はあるのだと、今は忙しくて返すことが出来ないのだと思いこませ、信じて待った。

 縁を切る事にしたのは、共通の友人から出た何気ない話。数名のグループで食事に行き、その場に鍍皮もいたというありふれた話だ。
 元々鍍皮は顔が広く、どこにでも現れるタイプだったからそのこと自体に驚きはなかったし、思う事こそあれどそれ自体をとがめるつもりはなかった。

 しかし、その場で全員の食事代を奢ったという話を聞いた時、俺の中で何かが崩れた音がした。

 考えないようにしていたが、やはり鍍皮にとって俺はその程度の存在でしかなかったのだ。これまでの日々が一万円にも劣る友情だったのだと知った時、これまで重ねてきた時間はなんて浅く、価値の無いものだったかのかを理解し、そうして俺は鍍皮に繋がりのある友人たちとの連絡先を数人だけ残してすべて削除した。

 鍍皮は顔が広い、誰かから誘われた際あいつがいたら俺はその場の空気を壊してでもそこから立ち去るだろう。他の友人に迷惑をかけることはできないし、理由をわざわざ話して気を使わせることもしたくなかった。

 そうして一人になって、俺は初めてになれた気がした。他者との関わりを絶ち、他者が望む心を作るのも止めて、自分の心を見つめ直すことによって、〝自分〟という存在はここに初めて確立した。

 過去を懐かしみ、思い出を辿ることはある。けど、それはただの足跡でしかない。一時だけではあったが、過去に心が交わった瞬間もあった、そんな奇跡があるだけで充分だ。ここから先は思い出だけがあれば――。
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