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星逢もみじ

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六廻目 罪の記憶

第118話 永遠の罪

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 ――小学校に上がるより以前、俺は好奇心に駆られ、泊まりに来た旅館内を親に内緒で探検していた。そうして知らず知らずの間に人気の失せた階下まで迷い込んでしまい、急に恐ろしくなった俺は泣き出しそうになるのを必死で堪えていたのだ。

 そんな時、左右に立ち並ぶ障子の一カ所に明かりが灯っているのを見つけ、心細さを慰めるため、恐る恐るその障子を開いた。

 部屋に居たのは、俺と同じぐらいの子供。今はもう顔も名前も思い出せないが、触れれば壊れてしまいそうなほど儚い存在の彼女に魅せられた俺は、その子に話しかけ、そしてすぐに仲良くなっていった。――初恋だったのだ。

 どんな話していたかは忘れてしまったが、それから毎年旅館に滞在している間、俺は時間さえあればその子のもとへこっそり遊びに行っていた。折り紙を折ったり、学校で渡された一から一〇〇マスの数表を持ち寄って彼女と遊んでいた。

 彼女は俺を心底から大切に想ってくれていた。どうしてそう思ったのか、それを具体的に言葉にするのは難しい。ただ、彼女が俺に接する際の空気が、そうであると確信させてくれていた。それが嬉しく、自然と同じだけの感情を持って俺も接していた。

 ――そうして五年ほど経った頃、子供ながらに彼女の置かれている環境がなことに気付く。いつ会いに行っても、決まって同じ場所にいたからだ。

 逢う度に体調が悪化していたし、外へ自由に出入りしている様子も無い。直感でこの部屋に幽閉されているのだと理解した俺は、すぐに両親へその事実を告げに行った。

 しかし、返ってきた反応は求めたものではなく。そんなことある訳ない、大丈夫だから心配しなくていい、どの本を読んで影響されたのか、とまるで相手にしない、冗談や妄想をあしらうようなもの。

 明らかに本気にされていない。そう思いしつこく食い下がった結果、望む答えは得られた。旅館の人と話をした。もう大丈夫だという言葉を。

 ……だが、それはその場を収めるための、俺を納得させるためだけのていのいい嘘だったのだ。それなのにも関わらず、愚かにもその言葉を信じてしまった。彼女から助けてほしいと直接言われたわけではなかった為、自分で出した答えを自身で信じきれなかったというのもあったのかもしれない。

 そうして旅館に滞在する最後の日、別れを告げに来た俺に対し彼女は優しく言った。
 ――また逢いましょう、と。
 その言葉に頷き、また絶対逢いに行くと告げ、笑顔で去った。いつも通り接すれば、またいつものように逢えるのではないか、そう思ったのだ。

 彼女が亡くなったと知ったのは、女将おかみが娘は去年亡くなったという言葉を口にした翌年のこと。

 涙はでなかった。まだ心のどこかで奇跡を期待していたから。もしかしたら間違いなのではないか、あの旅館に行けば、あの障子を開ければ、いつも通りあの場所にいるのではないか、と。そんな淡い、期待という言葉すら過大な願いがあった。

「……大丈夫……」

 彼女のいる部屋へ向かっている最中、そんな言葉を口にする。
 彼女を想ってのものだったが、口にしてからその言葉にもはや意味が無いことを理解し、同時にそれまで繰り返してきた大丈夫という言葉が、自分自身に対して向けたものであったことに気付いた。

 ――結局現実が変わることは無く、去年まで一緒に遊んでいた彼女が、今はもうどこにもいないのだという現実だけを知ることになった。

 両親は涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にしていたが、悪いのは彼らだけではない。状況を詳しく伝えられなかった自分自身にも非はある。両親の選択は間違っていたものの、それは最善の対応をしようとした結果。いくら最善を尽くそうとしても、そこには限界が存在する。そもそも、それぞれの最善は各々の育ってきた環境や背景によっても異なるものなのだ。

 ――当時は思い至らなかった答えを見つけるのと同時に、頭の中は彼女と過ごした日々で埋め尽くされていた。

 ……あの時、彼女は何を想い、俺と話していたのか。気が付けなかっただけで、もしかしたら会話の端々で助けを求めていたのかもしれない。思い返してみると、助けてほしいと言っているようにも、大丈夫だと言っているようにも思える。はたしてどちらの意味だったのか、それともどちらでもなかったのか、その答えはもう分からない。

 ただ、純然たる事実は、俺は彼女に何をしてあげることが出来ず、見殺しにしてしまったということだけ。助かる命を、助けたかった人を見殺しにした。彼女を殺したのも同義だ。

 あの日、あの時。無理やりにでも連れ出すべきだった。その後何がどうなるかは分からない。……けど、そうすれば何かが変わったはず。いや、確実に変わっていた。

 そしてもう一つ、俺が自分自身を許せない理由があった。
 それは、彼女が死んでしまったと聞いた時、心の中で安心してしまっていたこと。もう彼女が辛い思いをすることは無いのだと思い、間接的にとはいえそんな状況を作った自分の罪を置き捨てて、恥知らずにも安堵していたことだった。

 そうして思う。彼女は、最期に何を見ていたのだろうか、と。
 結局、その後すぐ旅館は取り壊されてしまったようで、彼女に関する一切が闇の中に消えてしまっていた。

「っ……ぐっ……ぅ……っ‼」

 感情を抑えることができず、喉の奥が痛くなるほど涙を堪え、声を押し留めて何度目かも知れない涙を流す。考えれば考えるほど、自己嫌悪と自責の念で狂いそうになる。いや、いっそのこと狂えてしまったならどれだけよかっただろう。

 このまま死んでしまえば、また彼女に逢えるだろうか。謝ることが出来るだろうか。そんなことを考えては否定する。

 そんな安楽に逃避するような甘えた考えは決して許されない。彼女は弱った身体で、おそらくはあの狭い部屋の中、独りぼっちで最期を迎えたのだ。

 そんな最期を与えてしまった人間が、ただ苦しいからという理由だけで死ぬことは到底許されない。許されていいはずがない。死んだ人にできることが何も無いのだとしても、絶望の中で生きることこそが、せめてもの罰になるのではないか。

 ……きっとそうだ。それなら俺はその日がやって来るまで――〝死〟という最後の罰が訪れるその瞬間まで、この絶望の中、生きていこう。いや、生きていかなければならない。
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