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六廻目 罪の記憶
第128話 追憶
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「……しまった……」
八月一六日。PLOWで過ごす最後の日。
最終日である今日も蛍と一緒に過ごす事となったのだが、目覚まし時計をセットし忘れて寝坊してしまった。
昨日の疲れが残っているのか、目が覚めても身体は重く、頭もどこかスッキリしない。尤も、頭のモヤモヤは肉体面の問題だけではない。やはりUtopia計画の件が頭から離れていないからか、すべてが終わったはずなのに喉の奥に何かがつっかえているような、何とも言えない違和感。気持ち悪さ。――そして、謎の焦燥感が胸中に渦巻いていた。
これが、ただ寝坊してしまった罪悪感からくるものであればいいが、そうでないことは自分がよく知っている。
「……行くか」
もう約束の時間は過ぎていたが、念のため蛍に遅れるという旨の連絡を入れてから身支度を整える。
――今日は珍しく霧が出ていて、窓の外の景色は曇っていた。
「こんなところに花が咲いてたのか」
PLOWへ向かう途中、舗装された道から少し外れた場所に様々な種類の綺麗な花が咲いていた。名前こそ分からないものの、一度は見たことがあるようなものばかり。
その中にある一輪の花へと歩みを進める。何を考えての行動でもなく、ただなんとなく足が動いていた。
そうして近付いた後、その場にしゃがみ込み、じっとその花を見つめる。
「……この花、どこかで……」
記憶の糸を手繰ろうとしても何も掴めない。分かるのは、過去に見たことがあるような気がする――ということだけ。気のせいだろうかと思い、立ち去ろうとした時、そういえばと古森との会話を思い出す。
――人間の記憶を呼び覚ますのに一番効果的なのは、嗅覚。
その言葉を思い出し、花に顔を近づける。そして匂いを嗅いだ。
ほのかに甘い、そんな匂いだった。
「――ッ⁉」
――瞬間、頭の奥底で泥のように沈殿していた記憶が浮上していくのを確かに感じた。
思い出すのは目の前に咲くこの花――〝ニゲラの花〟に纏わる記憶。夢のように曖昧ではない鮮明な光景。子供の頃に両親と行った老舗旅館。そして、その地下にある人気の失せた古びた和室。――そして、そこにいた歳の近い女の子。
「…………そうか…………そうだったのか……」
――そう、あの時旅館で出会った彼女は、これまで何度も話をしてきたミキだった。
答えに辿り着いて、今さらになって合点がいく。PLOWで初めて会った時ミキが発した、〝また逢えたわね〟というあの言葉。あの時はその言葉の意味が分からなかったが、今となっては理解できる。俺とミキは子供の頃すでに会っていたのだ。
そして、別れの日にまた必ず逢いに行くと再会を誓った。
……ミキは俺を待っていた。俺のことを覚えていてくれたのだ。それなのに、どうしてこんな大事なことを今の今まで忘れてしまっていたのか。
「……まさか……」
いつか天寿症の後遺症について医者に言われた言葉を思い出す。
――脳に少しの異常。あれが俺の記憶に影響を与えていたのであれば……。いや、今はそんなことを考えるよりも、もっと重要なことがある。それはミキがどうして生きているのか、ということ。
あの時、俺は確かにミキが亡くなったと聞いていた。もし仮に生きていたのだとしても、あの時の姿のままなのはおかしい。あれから二〇年余りの時が経っているのだ、あの日出会ったミキが想像したより若かったのだとしても、流石にあの容姿はおかしい。まるで時が止まってしまっているかのように、記憶の中のミキと変化がない。
霧山さんが発見した老化を止める方法も、あの頃はまだ生まれていないはず。
「一体、何が……」
記憶を整理しながら何故と考えるも、何度考えても同じ分からないという答えだけがループする。
そうして何度目かの答えを導き出した後、PLOWへ意識を向ける。ミキに会えるかは分からない。けどなんとなくだが、ミキのことを思い出した今なら会うことができるのではないかと、そんな期待があった。
そして次ミキと再会したその時こそ、以前彼女が言っていたように、この不可解な現象のすべてについて知ることができるのだろう。
どんな答えが待っているのか。それが理解の及ぶ範疇で止まってくれれば僥倖だが、無意識の内に早鐘を打つ心臓が、その可能性が低いということを知らせてくれていた。
――人は理解の及ばない事柄に恐怖する。だから理解の及ぶ範疇に収めようと、自らの知る型に嵌めようとする。
その思考回路は俺も例に漏れないだろう。……それなら、もし型に嵌めようとしても上手くいかなかった時、俺はどうすればいいのか。まったく前例のない経験をした時、理解の埒外の事実を受け止める覚悟が、はたして俺にあるだろうか……?
……そんなものは無い。改めて考えるまでもないことだ。これまでの人生、様々な事が起きてきた。だが、それらすべての事柄は常識に当てはめることのできるものだけだった。少なくとも前例のない出来事ではない。
「……いや、違うか」
そうして即座に自分の考えを否定する。
常識外の出来事ならこれまで何度も経験してきているではないか。何度死んでも時間が戻り、やり直すことが出来る不思議な現象。この上ないほど常識外の異常事態だ。
目を開く度に広がる現実があまりに自然で馴染んでしまうから、そんな異常を許容してきたが、改めて考えると訳が分からない。そして、そんな訳の分からない事実を曲がりなりにも受け入れてここまで来たのだ。……きっと大丈夫。大丈夫なはずだ。
「……それに、どっちにしても」
待ち受ける答えがなんであれ、知らずにいるということはどうにもできそうになかった。
八月一六日。PLOWで過ごす最後の日。
最終日である今日も蛍と一緒に過ごす事となったのだが、目覚まし時計をセットし忘れて寝坊してしまった。
昨日の疲れが残っているのか、目が覚めても身体は重く、頭もどこかスッキリしない。尤も、頭のモヤモヤは肉体面の問題だけではない。やはりUtopia計画の件が頭から離れていないからか、すべてが終わったはずなのに喉の奥に何かがつっかえているような、何とも言えない違和感。気持ち悪さ。――そして、謎の焦燥感が胸中に渦巻いていた。
これが、ただ寝坊してしまった罪悪感からくるものであればいいが、そうでないことは自分がよく知っている。
「……行くか」
もう約束の時間は過ぎていたが、念のため蛍に遅れるという旨の連絡を入れてから身支度を整える。
――今日は珍しく霧が出ていて、窓の外の景色は曇っていた。
「こんなところに花が咲いてたのか」
PLOWへ向かう途中、舗装された道から少し外れた場所に様々な種類の綺麗な花が咲いていた。名前こそ分からないものの、一度は見たことがあるようなものばかり。
その中にある一輪の花へと歩みを進める。何を考えての行動でもなく、ただなんとなく足が動いていた。
そうして近付いた後、その場にしゃがみ込み、じっとその花を見つめる。
「……この花、どこかで……」
記憶の糸を手繰ろうとしても何も掴めない。分かるのは、過去に見たことがあるような気がする――ということだけ。気のせいだろうかと思い、立ち去ろうとした時、そういえばと古森との会話を思い出す。
――人間の記憶を呼び覚ますのに一番効果的なのは、嗅覚。
その言葉を思い出し、花に顔を近づける。そして匂いを嗅いだ。
ほのかに甘い、そんな匂いだった。
「――ッ⁉」
――瞬間、頭の奥底で泥のように沈殿していた記憶が浮上していくのを確かに感じた。
思い出すのは目の前に咲くこの花――〝ニゲラの花〟に纏わる記憶。夢のように曖昧ではない鮮明な光景。子供の頃に両親と行った老舗旅館。そして、その地下にある人気の失せた古びた和室。――そして、そこにいた歳の近い女の子。
「…………そうか…………そうだったのか……」
――そう、あの時旅館で出会った彼女は、これまで何度も話をしてきたミキだった。
答えに辿り着いて、今さらになって合点がいく。PLOWで初めて会った時ミキが発した、〝また逢えたわね〟というあの言葉。あの時はその言葉の意味が分からなかったが、今となっては理解できる。俺とミキは子供の頃すでに会っていたのだ。
そして、別れの日にまた必ず逢いに行くと再会を誓った。
……ミキは俺を待っていた。俺のことを覚えていてくれたのだ。それなのに、どうしてこんな大事なことを今の今まで忘れてしまっていたのか。
「……まさか……」
いつか天寿症の後遺症について医者に言われた言葉を思い出す。
――脳に少しの異常。あれが俺の記憶に影響を与えていたのであれば……。いや、今はそんなことを考えるよりも、もっと重要なことがある。それはミキがどうして生きているのか、ということ。
あの時、俺は確かにミキが亡くなったと聞いていた。もし仮に生きていたのだとしても、あの時の姿のままなのはおかしい。あれから二〇年余りの時が経っているのだ、あの日出会ったミキが想像したより若かったのだとしても、流石にあの容姿はおかしい。まるで時が止まってしまっているかのように、記憶の中のミキと変化がない。
霧山さんが発見した老化を止める方法も、あの頃はまだ生まれていないはず。
「一体、何が……」
記憶を整理しながら何故と考えるも、何度考えても同じ分からないという答えだけがループする。
そうして何度目かの答えを導き出した後、PLOWへ意識を向ける。ミキに会えるかは分からない。けどなんとなくだが、ミキのことを思い出した今なら会うことができるのではないかと、そんな期待があった。
そして次ミキと再会したその時こそ、以前彼女が言っていたように、この不可解な現象のすべてについて知ることができるのだろう。
どんな答えが待っているのか。それが理解の及ぶ範疇で止まってくれれば僥倖だが、無意識の内に早鐘を打つ心臓が、その可能性が低いということを知らせてくれていた。
――人は理解の及ばない事柄に恐怖する。だから理解の及ぶ範疇に収めようと、自らの知る型に嵌めようとする。
その思考回路は俺も例に漏れないだろう。……それなら、もし型に嵌めようとしても上手くいかなかった時、俺はどうすればいいのか。まったく前例のない経験をした時、理解の埒外の事実を受け止める覚悟が、はたして俺にあるだろうか……?
……そんなものは無い。改めて考えるまでもないことだ。これまでの人生、様々な事が起きてきた。だが、それらすべての事柄は常識に当てはめることのできるものだけだった。少なくとも前例のない出来事ではない。
「……いや、違うか」
そうして即座に自分の考えを否定する。
常識外の出来事ならこれまで何度も経験してきているではないか。何度死んでも時間が戻り、やり直すことが出来る不思議な現象。この上ないほど常識外の異常事態だ。
目を開く度に広がる現実があまりに自然で馴染んでしまうから、そんな異常を許容してきたが、改めて考えると訳が分からない。そして、そんな訳の分からない事実を曲がりなりにも受け入れてここまで来たのだ。……きっと大丈夫。大丈夫なはずだ。
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