SAVE_YOU

星逢もみじ

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七廻目 誰が為に

第139話 化け物退治

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 ――だが、その完全にきょを突いたかに思われた桜示の蹴りは、アンの側頭部に触れるかどうかというところで止まっていた。彼女の立ち位置が少しズレていることから、その攻撃をのだと分かる。

「うわっと、危ないなぁ」

 余裕すら感じさせるアンの反応。
 そうして一本だけヒラリと舞い落ちた髪の毛と共に、再び時は動きだす。

「あ、アンっ⁉」

 桜示の行動に気付き、振り返ったばかりの理沙から驚愕の声と、抗議の目が向けられる。

「…………やっぱり駄目、か」

 突然の暴挙に出た桜示は、まるで最初からそうなると分かっていたかのように小さく呟き、何事もなかったかのように奥へと歩みを進めて行く。

「ちょっとあんた‼」
「いいよ、理沙ちゃん」
「でも……!」
「ちゃんと避けたから大丈夫。それより、ほら早く行っておいで」
「……分かった。気を付けてね?」
「うん」

 ――理沙を見送ってから、アンは先ほどまで飲んでいたであろう空になったペットボトルをゴミ箱に向かって投げ捨てた。
 ペットボトルは綺麗な弧を描き、吸い込まれるようにゴミ箱の中に入る。

「お、やった」
「ふん、あの娘に嘘を吹き込んでおいて、よく善人面できたものだな」

 鋭い眼光を向ける影愁に対して、アンはまるで意に介さず笑みを浮かべる。

「でも、これで理沙ちゃんの望みは叶う」
「……どうして俺たちの邪魔をする。協力者である無﨑は殺されたんだぞ。それとも最初から烏野と繋がってでもいたか?」
「いえ?」
「それなら何故――」
「この状況が私にとって望ましいから、ただ。ただそれだけですよ」
「……なんだと?」
「世界がそうであれと願うからこそ、不幸は消えてなくならない」
「不幸を望んでいるとでも?」
「ええ」
「……何故だ」
「だって、その方が安心するでしょう?」

 アンの言葉に、影愁と奏心の二人は沈黙する。
 心中には驚愕と疑惑、そして困惑とが混じり、人ならざる者を見るような目でアンを見ていた。

「幸福を感じている間は不幸を求めて窮地を進み、不幸を感じている間は幸福を求め、卑しく同情を誘う。幸と不幸はまったく同一の現象。本質を辿れば幸も不幸も存在しないんです。――いえ、人間の場合もしかしたらこの世で起きるすべてが幸福で満ちているのかも」
「……なんだと?」
「やめておけ影愁」

 憤りを隠そうとしない影愁とアンの会話に奏心が割り込む。一歩引いて二人の話を聞いていたからか、これ以上話をしても無駄に時間を浪費するだけと考えたのだろう。

「奴は所謂いわゆる、世捨て人の類なのだろう。なにを言っても無駄だ」
「チッ、それもそうか」

 影愁も会話を続けたところでいつまでも平行線だと気付いたのか、奏心の提言を素直に受け入れる。

「それより、あの花柳という男は大丈夫なのか? あの吾御崎という娘も相当の実力者だろう」
「何を言うかと思えば。問題があるとすれば、向こうではなく……」
「――うん?」

 二人の視線が同時にアンへと向かい、それを受けて小首を傾げる。

「……こちらということか」
「そういうことだ。しかしなるほど。この女、確かに他とはが違う」

 一見すればただどこにでもいる普通の女性。だが、二人は長年の経験からアンの異質さを見抜いていた。その裏付けも、先ほど桜示の攻撃を軽々と避けてみせた身のこなしで充分証明してる。

「なんだ影愁。よもや腰が引けたとは言うまいな?」
「はっ、随分と口が達者になってきたじゃないか」
「達者なのはお前もだろう。二人で充分とは、よく吠えたものだ」
「長引けばこちらの不利。機を見計らい、一気呵成いっきかせいに仕留めるぞ」

 自嘲するように笑う奏心に対し、影愁は冷静に必要なことだけを述べる。

「……それは私と組むということになるが、いいのか?」
「良いも悪いもない。ここでくたばればお前を殺すこともできなくなる。それだけだ」
「――そうだな。私もまだやることがある。こんなところで無様を晒すわけにはいかない」

 奏心と影愁は互いにアンを見据えて模擬刀の柄を握る。

 相対する敵は自分たちより遥かに若い女。だが、二人には油断も容赦も一切無い。殺さぬよう、延いては深手を負わせぬよう加減しながら戦っていては確実に敗北すると理解していたからだ。

「……学生の時分、お前に教壇を投げつけられたことを、ふと思い出した」

 アンを見据えながら、奏心がぽつりと呟く。

「奇遇だな、俺もお前に窓越しに殴りかかられたのを思い出した。殴られた俺まで叱り飛ばされた理不尽もな。……尤も、親や教師より沙雪に叱られた方が効いたが」
「…………そうだったな」

 二人からすれば気を抜けばノスタルジックな感傷に浸ってしまうほど懐かしい昔話。だが、いくら過去を振り返ったところで肉体まで若返ることはない。寄る年波を誤魔化し続けることができるのは、一体いつまでか。

 殺気漂うこの場においてまるで似つかわしくない二人の会話を耳にしながら、アンは微笑みを浮かべ、開戦の狼煙のろしが上がるのをじっと待っていた。
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