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七廻目 誰が為に
第155話 遠のく意識
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「……よし」
外で光り輝く場違いなほど呑気な花火を横目に、気絶した烏野の手足を縛り、今度こそ一切の抵抗が出来ないよう拘束する。
「……くっ……!」
血を流しすぎたせいだろう。毎秒ごとに飛びそうになる意識を繋ぎ止めながら、烏野をBouvardiaのカプセルに無理やり押し込む。
そうして蓋を閉めようとした時、意識を取り戻したのか、烏野が口を開いた。
「……なにしてんだお前」
――何をしているのか。このまま、この場所に烏野を放置していたら烏野は間違いなく死ぬだろう。
これだけのことを仕出かした人間だ。死んだところで自業自得と見做されても仕方がない。……だが、その行動の原点は蛍に起因するもの。煮え湯を飲まされ続けてきた恨み憎しみはあれど、見殺しに出来るほどの感情までは持てなかった。
だから助ける。生かしたところで誰かの、何かの償いにはならないかもしれない。だが、それでもあの時見た烏野の記憶の中では、確かに罪の意識があった。
だから、たとえあと幾許かの命であったとしても生かす意味はある。それが俺の出した答えだった。
「今からそこに放り込んでやるんだよ」
視線の先にはSOWISが入っている透明な筒。何度目かの爆発の後、SOWISを包む硝子は割れ、辺りには培養液とみられる液体が巻き散っていた。だが、まだ中身には液体が詰まっている。
春佳から聞いた通りなら、この筒はエレベーターの中心を通って地下まで繋がっているはず。このカプセルごと落としても死ぬことはないだろう。
「俺を助けるってのか?」
「助かるか分からないけどな」
「どうして殺さない」
「さあな」
「……お前は死ぬってのに、俺は助けると」
――死ぬ。その響きに不思議と違和感は無かった。烏野の言う通り俺は死ぬのだろう。
烏野と同じようにBouvardiaの中に入って、仮に崩壊から逃れる事が出来たとしても、この出血では生存は絶望的――いや、まず間違いなく死ぬ。
「それでいいのか」
「お前と一緒に死ぬなんて、それこそ死んでも御免だからな。……なんとか生き残る道を探すさ」
「その傷でか」
「蛍と約束したからな」
「……約束?」
生きて帰ると約束した――と言おうとして、恥ずかしさを覚え寸前で呑み込む。そして、代わりの言葉を口にする。
「…………蕎麦奢ってもらうんだよ」
俺の言葉に烏野は目を丸くして、憑き物が落ちたかのような笑みをふっと浮かべ、観念したかのように瞼を閉じた。
「……まさか、ここまで狂ってたとはな」
「お前には言われたくない」
そうしてカプセルの蓋を閉めて、体重を乗せて培養液の中に押し込む。狙い通りカプセルはゆっくり沈んでいくが、とうとう限界がきたのか、そのままズルズルと俺の身体は沈んでいき、SOWISが入っている筒に背を預ける形で座り込む。
命どころか意識を失っていないことに感謝するが、視界は霞み、身体に力も入らない。すでに限界を超えてしまったのだと、どこか遠くで悟っていた。
――絶対に死なない。生きて帰る。
蛍に誓った言葉が脳裏を過る。これまで何度も殺されてきた男が、何の根拠を持ってあんな大言壮語を口にしたのか。……いや、根拠など初めから無かったか。
「…………はぁ…………っ、はぁ…………」
痛みが薄まり、呼吸も落ち着いてきた。
この繰り返す時間が一体なんだったのか、結局最後まで解らなかった。当然気にはなったし、最後にミキとも話をしたかった。……だが、それももう叶わない。
これが正真正銘、最後の死の瞬間。
誰も犠牲になっていないことを祈り、蛍との約束を守れなかったことを心中で謝る。
…………死が近くなっていく…………そうか、俺はこれまで〝生〟ではなく、〝死〟と共にあったのか。
「――約束、破るの?」
「……えっ⁉」
瞼を閉じた瞬間、突然聞こえたミキの声に驚いて顔を上げる。
いつの間に、どこから来たのか分からないが、その声の主は今はっきりと俺の目の前に立っていた。
辺りの惨状など気にする素振りも無く――いや、まるで一人だけ別世界にいるかのように、輪郭がくっきりと浮かび上がっている。
「み、ミキ……⁉ どうしてここに⁉」
「これで、ようやく真実を見せてあげられる」
俺の問いには答えず、一方的にそんなことを口にする。
はっきり見聞き出来る彼女の姿と声。これは夢なのか、それとも俺の脳が作り出した幻覚なのか。それはもうどちらでもよかった。あの日、助けることが出来なかった事を謝りたくて、どうにか声を出そうとするも、何をどう言えばいいのか頭が上手く働いてくれない。
――そうして、伝えたい想いに反して意識はゆっくりと遠のいていった。
外で光り輝く場違いなほど呑気な花火を横目に、気絶した烏野の手足を縛り、今度こそ一切の抵抗が出来ないよう拘束する。
「……くっ……!」
血を流しすぎたせいだろう。毎秒ごとに飛びそうになる意識を繋ぎ止めながら、烏野をBouvardiaのカプセルに無理やり押し込む。
そうして蓋を閉めようとした時、意識を取り戻したのか、烏野が口を開いた。
「……なにしてんだお前」
――何をしているのか。このまま、この場所に烏野を放置していたら烏野は間違いなく死ぬだろう。
これだけのことを仕出かした人間だ。死んだところで自業自得と見做されても仕方がない。……だが、その行動の原点は蛍に起因するもの。煮え湯を飲まされ続けてきた恨み憎しみはあれど、見殺しに出来るほどの感情までは持てなかった。
だから助ける。生かしたところで誰かの、何かの償いにはならないかもしれない。だが、それでもあの時見た烏野の記憶の中では、確かに罪の意識があった。
だから、たとえあと幾許かの命であったとしても生かす意味はある。それが俺の出した答えだった。
「今からそこに放り込んでやるんだよ」
視線の先にはSOWISが入っている透明な筒。何度目かの爆発の後、SOWISを包む硝子は割れ、辺りには培養液とみられる液体が巻き散っていた。だが、まだ中身には液体が詰まっている。
春佳から聞いた通りなら、この筒はエレベーターの中心を通って地下まで繋がっているはず。このカプセルごと落としても死ぬことはないだろう。
「俺を助けるってのか?」
「助かるか分からないけどな」
「どうして殺さない」
「さあな」
「……お前は死ぬってのに、俺は助けると」
――死ぬ。その響きに不思議と違和感は無かった。烏野の言う通り俺は死ぬのだろう。
烏野と同じようにBouvardiaの中に入って、仮に崩壊から逃れる事が出来たとしても、この出血では生存は絶望的――いや、まず間違いなく死ぬ。
「それでいいのか」
「お前と一緒に死ぬなんて、それこそ死んでも御免だからな。……なんとか生き残る道を探すさ」
「その傷でか」
「蛍と約束したからな」
「……約束?」
生きて帰ると約束した――と言おうとして、恥ずかしさを覚え寸前で呑み込む。そして、代わりの言葉を口にする。
「…………蕎麦奢ってもらうんだよ」
俺の言葉に烏野は目を丸くして、憑き物が落ちたかのような笑みをふっと浮かべ、観念したかのように瞼を閉じた。
「……まさか、ここまで狂ってたとはな」
「お前には言われたくない」
そうしてカプセルの蓋を閉めて、体重を乗せて培養液の中に押し込む。狙い通りカプセルはゆっくり沈んでいくが、とうとう限界がきたのか、そのままズルズルと俺の身体は沈んでいき、SOWISが入っている筒に背を預ける形で座り込む。
命どころか意識を失っていないことに感謝するが、視界は霞み、身体に力も入らない。すでに限界を超えてしまったのだと、どこか遠くで悟っていた。
――絶対に死なない。生きて帰る。
蛍に誓った言葉が脳裏を過る。これまで何度も殺されてきた男が、何の根拠を持ってあんな大言壮語を口にしたのか。……いや、根拠など初めから無かったか。
「…………はぁ…………っ、はぁ…………」
痛みが薄まり、呼吸も落ち着いてきた。
この繰り返す時間が一体なんだったのか、結局最後まで解らなかった。当然気にはなったし、最後にミキとも話をしたかった。……だが、それももう叶わない。
これが正真正銘、最後の死の瞬間。
誰も犠牲になっていないことを祈り、蛍との約束を守れなかったことを心中で謝る。
…………死が近くなっていく…………そうか、俺はこれまで〝生〟ではなく、〝死〟と共にあったのか。
「――約束、破るの?」
「……えっ⁉」
瞼を閉じた瞬間、突然聞こえたミキの声に驚いて顔を上げる。
いつの間に、どこから来たのか分からないが、その声の主は今はっきりと俺の目の前に立っていた。
辺りの惨状など気にする素振りも無く――いや、まるで一人だけ別世界にいるかのように、輪郭がくっきりと浮かび上がっている。
「み、ミキ……⁉ どうしてここに⁉」
「これで、ようやく真実を見せてあげられる」
俺の問いには答えず、一方的にそんなことを口にする。
はっきり見聞き出来る彼女の姿と声。これは夢なのか、それとも俺の脳が作り出した幻覚なのか。それはもうどちらでもよかった。あの日、助けることが出来なかった事を謝りたくて、どうにか声を出そうとするも、何をどう言えばいいのか頭が上手く働いてくれない。
――そうして、伝えたい想いに反して意識はゆっくりと遠のいていった。
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