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八廻目 薄明
第161話 泡沫の夢
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――しばらくした後、どちらからともなく身体を離し、俺は気になっていたことを口にした。
「それで、これから俺はどうなるんだ? ここでその、成仏するのを待っていればいいのか?」
「……いえ、このままだとあなたは成仏できない。消滅することになるわ」
「え……」
「具体的なタイミングは分からないけど、PLOWに掛けられた呪縛はもうすぐ解かれると思う。けどそれまでにあと一度でも死んでしまうと、魂の行き場が失われて、そのまま消滅してしまうことになる。……それだけあなたの魂はもう限界ギリギリなのよ」
「……でも、このままだとってことは何かやれることがあるのか?」
「ええ。烏野との闘いが終わった後のあなたはまだ死んでいない。意識を失っているだけ。戻りたいと強く願えば意識を取り戻すことができると思うわ」
意識を取り戻す……だがそれはあの場所で――最上階で目覚めるということ。
すでに崩壊はピークを迎えようとしていた。言うまでもなく状況は最悪。身体もほとんど動かない状態なのに、あんな場所で目覚めたところで出来る事は何も無く、ただ死ぬだけだろう。
……それなら――どうせ消滅するのなら、ここでミキと一緒に居たほうがよほど良い最期を迎えられそうだ。
「……いいさ。今さら意識が戻ったところで、瓦礫に潰されて死ぬか、失血死かのどっちかだろ? それなら、ここに居たい」
正直に言ってしまえば、望んでいた未来とはほど遠い末路に疲れ果てていた。
今から何かを変えることができるのなら立ち上がるのかもしれない。……でも、それが叶わないのなら、ここで最期の時を迎えるぐらいは許されるのではないか。これまで俺を見守ってくれたミキもきっと喜んで――。
「…………ミキ?」
いつまでも返って来ない返事に顔を上げてミキを見ると、本当にそれでいいのかと言いたげな眼差しを向けてきていた。
まさかそんな表情をされるとは思っておらず、何も言うことができないまま狼狽えていると、少ししてミキは静かに口を動かす。
「約束の事、ちゃんとを覚えてる?」
「……ああ、覚えてる」
忘れるわけがない。これまでの人生で悔い続けてきた事の一つ。ミキとの別れ際、確かに口にした〝また逢いに行く〟という約束だ。
今さらとなってしまったが、座ったままの体勢で頭を下げる。
「……あの時の約束を守れなくて、本当に――」
「うん? 何を言ってるの? あなたはこうしてちゃんと逢いに来てくれたじゃない」
「…………え?」
その言葉に驚き、最後まで言い切る前に顔を上げるも、ミキはいつもの穏やかな表情のまま。
「生きている間には叶わなかったけど、私たちはこうしてまた逢うことができた。ほら、約束通りでしょ?」
「いや、それは……」
確かにそう取ることもできるかもしれないが、でもそれは本来の約束の内容とは異なっているような気もする……。それに、どちらかといえば俺が逢いに行ったというより、ミキの方から逢いに来てくれたという方が正しいような。
「もう、なに変な顔してるの? 私がそうだって言ってるんだからそれでいいの! それと、何か勘違いしてるようだけど、私が覚えてるか聞いたのはそっちじゃないわ」
……そっちじゃない……?
「――星菜さんとの約束、破るの?」
「っ‼」
「必ず生きて帰る。そう約束したんでしょ?」
――そうだ、確かに蛍と約束をした。必ず生きて帰ると。その約束は蛍にとって重要な事。たとえお互いにもう死んでしまっているからといって、蔑ろにしていいものではない。……いや、死んでしまっているからこそ、また諦めと後悔を抱いたまま最後の時を迎えてほしくはなかった。たとえ針の穴ほどの可能性すらなかったとしても、やれるだけのことはやるべきだ。
……それに生きることが俺の犯した罪に対する唯一の罰でもあるのに、それを放棄してミキの前で安寧に身を委ねようとするだなんて、厚顔無恥にもほどがある。生きるにしても死ぬにしても、俺の最期は苦しみの中になければならない。
「……そうだ。俺は生きて帰らなくちゃいけない」
俺の言葉に、ミキは満足そうに微笑む。
――決意を新たにした瞬間、部屋一面が白く輝きを帯び始めた。
光の粒が湧き上がっては消えていく。その度光の明度は上がり、同時に消滅する速度も上昇していった。
そうして、だんだんと粒は泡へと変わっていく。
「これは⁉」
「大丈夫。意識が戻りかけているだけだから」
ミキが説明してくれている間にも瞬く間に視界が白で満たされていき、泡の中で四季が巡っていた。
――生命の循環。それは時の道標であり、同時に別れの合図でもあった。
「……ミキは、この後どうなるんだ?」
「さあ? もうやることはやったし、無事に成仏……ということになるのかしら? こればっかりは、その時が来てみないと分からないわね」
「そうか……。……ミキ、ありがとう……」
どちらにせよ、これがミキとの最後の別れになる。感謝という一言だけでは到底足りない想い。それでも、できるだけこの気持ちが届くようにと、願いと祈りを込めてそう口にした。
「…………最後に、これだけは覚えておいて」
ミキは俺を見てにっこりと笑みを浮かべ、燃えるような白の世界で、静かに、優しく、声をかけてくる。
「たとえ知らなくても、信じたくなくても、あなたはただそこにいるだけで誰かを救ってる。必ずあなたはどこかで誰かに想われてる。愛されてる。……私はずっとあなたのことを想ってた。――こちらこそありがとう、志樹くん」
その言葉を最後にミキは泡と共に姿を消す。同時に、俺の意識も急速に遠のいていく。
――最後に見たミキの顔は、今まで見た中で一番可愛らしい笑顔だった。
「それで、これから俺はどうなるんだ? ここでその、成仏するのを待っていればいいのか?」
「……いえ、このままだとあなたは成仏できない。消滅することになるわ」
「え……」
「具体的なタイミングは分からないけど、PLOWに掛けられた呪縛はもうすぐ解かれると思う。けどそれまでにあと一度でも死んでしまうと、魂の行き場が失われて、そのまま消滅してしまうことになる。……それだけあなたの魂はもう限界ギリギリなのよ」
「……でも、このままだとってことは何かやれることがあるのか?」
「ええ。烏野との闘いが終わった後のあなたはまだ死んでいない。意識を失っているだけ。戻りたいと強く願えば意識を取り戻すことができると思うわ」
意識を取り戻す……だがそれはあの場所で――最上階で目覚めるということ。
すでに崩壊はピークを迎えようとしていた。言うまでもなく状況は最悪。身体もほとんど動かない状態なのに、あんな場所で目覚めたところで出来る事は何も無く、ただ死ぬだけだろう。
……それなら――どうせ消滅するのなら、ここでミキと一緒に居たほうがよほど良い最期を迎えられそうだ。
「……いいさ。今さら意識が戻ったところで、瓦礫に潰されて死ぬか、失血死かのどっちかだろ? それなら、ここに居たい」
正直に言ってしまえば、望んでいた未来とはほど遠い末路に疲れ果てていた。
今から何かを変えることができるのなら立ち上がるのかもしれない。……でも、それが叶わないのなら、ここで最期の時を迎えるぐらいは許されるのではないか。これまで俺を見守ってくれたミキもきっと喜んで――。
「…………ミキ?」
いつまでも返って来ない返事に顔を上げてミキを見ると、本当にそれでいいのかと言いたげな眼差しを向けてきていた。
まさかそんな表情をされるとは思っておらず、何も言うことができないまま狼狽えていると、少ししてミキは静かに口を動かす。
「約束の事、ちゃんとを覚えてる?」
「……ああ、覚えてる」
忘れるわけがない。これまでの人生で悔い続けてきた事の一つ。ミキとの別れ際、確かに口にした〝また逢いに行く〟という約束だ。
今さらとなってしまったが、座ったままの体勢で頭を下げる。
「……あの時の約束を守れなくて、本当に――」
「うん? 何を言ってるの? あなたはこうしてちゃんと逢いに来てくれたじゃない」
「…………え?」
その言葉に驚き、最後まで言い切る前に顔を上げるも、ミキはいつもの穏やかな表情のまま。
「生きている間には叶わなかったけど、私たちはこうしてまた逢うことができた。ほら、約束通りでしょ?」
「いや、それは……」
確かにそう取ることもできるかもしれないが、でもそれは本来の約束の内容とは異なっているような気もする……。それに、どちらかといえば俺が逢いに行ったというより、ミキの方から逢いに来てくれたという方が正しいような。
「もう、なに変な顔してるの? 私がそうだって言ってるんだからそれでいいの! それと、何か勘違いしてるようだけど、私が覚えてるか聞いたのはそっちじゃないわ」
……そっちじゃない……?
「――星菜さんとの約束、破るの?」
「っ‼」
「必ず生きて帰る。そう約束したんでしょ?」
――そうだ、確かに蛍と約束をした。必ず生きて帰ると。その約束は蛍にとって重要な事。たとえお互いにもう死んでしまっているからといって、蔑ろにしていいものではない。……いや、死んでしまっているからこそ、また諦めと後悔を抱いたまま最後の時を迎えてほしくはなかった。たとえ針の穴ほどの可能性すらなかったとしても、やれるだけのことはやるべきだ。
……それに生きることが俺の犯した罪に対する唯一の罰でもあるのに、それを放棄してミキの前で安寧に身を委ねようとするだなんて、厚顔無恥にもほどがある。生きるにしても死ぬにしても、俺の最期は苦しみの中になければならない。
「……そうだ。俺は生きて帰らなくちゃいけない」
俺の言葉に、ミキは満足そうに微笑む。
――決意を新たにした瞬間、部屋一面が白く輝きを帯び始めた。
光の粒が湧き上がっては消えていく。その度光の明度は上がり、同時に消滅する速度も上昇していった。
そうして、だんだんと粒は泡へと変わっていく。
「これは⁉」
「大丈夫。意識が戻りかけているだけだから」
ミキが説明してくれている間にも瞬く間に視界が白で満たされていき、泡の中で四季が巡っていた。
――生命の循環。それは時の道標であり、同時に別れの合図でもあった。
「……ミキは、この後どうなるんだ?」
「さあ? もうやることはやったし、無事に成仏……ということになるのかしら? こればっかりは、その時が来てみないと分からないわね」
「そうか……。……ミキ、ありがとう……」
どちらにせよ、これがミキとの最後の別れになる。感謝という一言だけでは到底足りない想い。それでも、できるだけこの気持ちが届くようにと、願いと祈りを込めてそう口にした。
「…………最後に、これだけは覚えておいて」
ミキは俺を見てにっこりと笑みを浮かべ、燃えるような白の世界で、静かに、優しく、声をかけてくる。
「たとえ知らなくても、信じたくなくても、あなたはただそこにいるだけで誰かを救ってる。必ずあなたはどこかで誰かに想われてる。愛されてる。……私はずっとあなたのことを想ってた。――こちらこそありがとう、志樹くん」
その言葉を最後にミキは泡と共に姿を消す。同時に、俺の意識も急速に遠のいていく。
――最後に見たミキの顔は、今まで見た中で一番可愛らしい笑顔だった。
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