SAVE_YOU

星逢もみじ

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エピローグ 流水

第175話 未来を描く

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「……今ってこんなに高いんだな」
「そう? こんなものじゃない?」

 立ち並ぶ屋台。その中の一つ、綿菓子屋に並びながらそんな感想を口にする。

「昔はもっと安かった気がするけど」
「まあ、今はどこも大変だからね」

 イカ焼きを美味しそうに食べる蛍と列に並んでいると、チャリンという音と共に足元に五〇〇円玉が転がってきた。誰が落としたのかと拾い上げると、後ろから若い男の声が聞こえてきた。

「すみません、ありがとうございます!」
「いえ、大丈夫です――」

 振り返り顔を見て、時が止まる。
 そこにいたのは見知った男女。古森信治郎と真木文乃の二人だった。

「あのー……?」
「あっ! ど、どうぞ」

 古森の声で我に返り、そそくさと拾った五〇〇円玉を手渡す。隣の蛍も目を丸くして二人を見ている。

 それもそのはず、こんな場所で古森と遭遇しただけでも驚きだったのに、その隣に真木さんがのだ。この世界では事故に遭っていないのだから、当然PLOWで見た姿とは異なっていて当然なのだが――。

「真木文乃……!」

 驚いた俺は思わず、彼女の名前を口にしていた。

「うん?」

 それに反応した真木さんと目が合う。
 すぐにしまったと思うも、時すでに遅し。首を傾げながら彼女は俺を見ていた。

 この様子からして、二人はPLOWでの事を覚えていないのだろう。それなら俺たちは完全に初対面。名前を知っているのはおかしい。

「ああ! もしかしてファンの方ですか?」

 その時、古森は合点がいったかのような声を上げた。

「おい、まだそうと決まったわけじゃ」
「――じ、実はそうなんです」

 真木さんが古森の言葉を否定し終わる前に頷く。
 予期せぬ助け舟だったが、違和感無く誤魔化せるとすればこれしかない。

 それに、ファンというのもあながち間違いではない。PLOWで会った人たちが今何をしているのか気になったとき真木さんの作品を目にして、その完成度に思わず見惚れてしまっていたからだ。

「ああ、本当にそうだったんですか?」

 真木さんは意外そうな顔で俺を見る。そこに不快さを含む音は無い。

「ええ、よく拝見しています」
「そうですか。……でしたら今度の作品も是非見てください。をイメージして描いているんですが、一番の自信作になりそうなので」
「ある建造物?」
「PLOWだよね?」

 俺の疑問に古森が補足する。

「えっ、PLOW⁉」
「……君は、簡単に情報を洩らすな」

 古森の言葉に、呆れたように真木さんは肩を竦める。
 俺と蛍は目を丸くして見合っていた。

「あっ、ごめんつい!」
「まぁ個人的なものだし、君も手伝ってくれているから別にいいが」
「……あの、真木さんはどうしてPLOWの絵を描こうと?」

 真木昭光はPLOW建設の中止を訴えていた。そして、現にこの世界では目的が達成されている。
 それなのに反対派の旗頭であった真木昭光の娘がPLOWの絵を描くというのは、どういった考えなのだろうか?

「私の父がPLOWの建設に反対していたのに――ですか?」

 こちらの考えなどお見通しといった表情で、真木さんは俺の言葉に付け加える。

「……今だから言いますが、あれはPLOWの建設自体が危険だから反対していたというわけではなく、そこの創設者の一人――無﨑という人物に良くない噂があったので、父は止めようと動いていたんです」
「……なるほど」

 〝Utopia計画〟というものがあるというのは流石に知らなかっただろうが、結果的にPLOWが完成すれば多くの人が死ぬことになっていた。それに加え、天寿症の件が明るみになった今となっては、彼女の父は慧眼だったと言わざるを得ないだろう。

「ただ今回の天寿症の件もですが、その煽りを受けて科学技術の結晶が無くなってしまうのは良いことではない。〝PLOW〟という形を変えたとしても、科学者の方たちには歩みを止めてほしくないと思った。だから、今回描いた絵はその為の――少しばかりのエールのつもりなんです」
「それでPLOWの絵を」

 確かに今の話を聞けば、真意こそ違えど世界的に影響力のある人間が科学技術の発展を妨げるような活動をし、成功せてしまったということになる。更に天寿症の件も加わり、世間的に科学者に対する風当たりが強くなってもおかしくない。後に続こうとする人たちが二の足を踏んでしまう可能性は充分にあり得た。

 だがそこで、先導者だった人物の娘――それも実力と知名度の両方を兼ね備えた存在がPLOWの絵を描き、ある意味で支持する立場を示したのなら状況は大きく変わるだろう。

 尤も、今この状況下で無﨑が作ろうとしたPLOWを支持する立場を取ることは大きな勇気がいることだろうが。

「正直なところ、こんなことをしなくても科学は進歩し続けるんでしょうが、それなら優しい心を持った人に繋いでいってもらいたい。そう思ってるんです」
「そうか」
「はい次の人ー」

 店主の声に振り返る。気付くと俺たちの順番が回ってきていた。
 名残惜しいが、どうやら別れの時間らしい。

「……それじゃあ、お元気で」
「――あ、あのっ!」

 二人に笑顔で別れを告げきびすを返そうとしたところ、古森に呼び止められる。

「僕の名前は古森信治郎って言います。……あの……お二人とも、本当にありがとうございました……‼」

 そう言って、深々と頭を下げて礼を口にする。

「そんな大げさな」
「あ……そう、ですよね。はは……」

 ……もしかして、完全に忘れてしまっているわけではないのか?
 古森は苦笑いを浮かべながら、どこかすがるような目で見てくる。

「柊志樹だ」

 その姿に、俺は自分の名前を名乗っていた。

「私は星菜蛍。よろしくね」

 続けて蛍も名乗る。

「ありがとうございますっ! 展覧会、必ず見に来てくださいね!」

 古森の姿にならい、隣で真木さんも小さくお辞儀をしていた。

「おーい、買わないなら列から外れてくれ」
「あ、二つお願いします」

 店主の声に向き直って返事をする。

「――ねえ、志樹?」

 一度別れを告げてしまうと再び振り返って話をしようとも思えず、割り箸に雲が巻き付いていく様子をぼうっと眺めていると、隣の蛍が話しかけてきた。

「ん?」
「また逢えるわよね?」
「……ああ」

 こんな偶然があったのだ、きっとまたどこかで逢うことが出来る。
 それは願望ではなく、どこか予感めいた心だった。
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