SAVE_YOU

星逢もみじ

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エピローグ 流水

第178話 霧山家

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「ちょっとお手洗いに行ってくる」
「ん、じゃあここで待ってるよ」

 蛍が戻ってくるのを待ちながら物思いにふける。
 それにしても、今日はよく知り合いに会う。それもPLOWで会った面々にだ。

 あの日々は辛く苦しい時間ではあったが、それだけではない。良い出会いも確実にあったのだと、自然と満たされていく心がそう思わせてくれていた。

 そうしてあの日々を思い出した時、真っ先に思い出す顔があった。PLOWに着いたばかりで面食らっていた俺に対して、何か困っていることがないかと話しかけてきてくれた心優しい少女――霧山春佳だ。

「……春佳……」

 口にして、寂しさに心が鷲掴みにされたような気分になる。

 この世界ではPLOWの建設が中止されているが、天寿症は変わらず世界中に広まっていた。水月さんも天寿症で亡くなっているのであれば、当然春佳――いや、千冬も天寿症に罹っていることだろう。であれば、この世界においても千冬は死んでいるということになる。また人工的に春佳を――というのも、PLOW無き今となっては現実的な話ではないのだろう。

 ……やはり、無﨑が言った通りこの世界に春佳は存在しないのだ。

「…………はぁ…………」

 深い溜め息を吐く。出来ればもう一度逢いたい。会って話したかった。
 ……だが、それはもはや叶わぬ夢。

「――あの、大丈夫ですか?」

 そんなことを考えながら涙ぐんでいると、女性の声が聞こえた。
 ちょうど春佳のことを考えていたからだろう。彼女に声を掛けられたのではと思い、振り返る。

「……春佳……?」

 そこにいたのは春佳によく似た女性。……だが、年齢や背格好は似ても似つかない。彼女が歳を取ったらこうなるのかもしれないと思わせるような人だった。

「へ? 春佳って?」
「ああ、すみません。……ちょっと知り合いに似てたもので」
「そうなんですか。……あの、泣いてたみたいですけど、どうかしたんですか? もしかして彼女と喧嘩したとか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「あっ、じゃあその春佳って人を待ってたとか?」
「待っては――……いますが、もう会えないと思います……」

 言葉にして胸がチクリと痛む。……だが、どこか春佳の面影を感じるこの女性を見ていると、まるで本当に春佳自身と話しているような気分になり、知らず知らずのうちに心が落ち着いてきていた。

「そうなんですか……? でも春佳かぁ、あたしの名前にちょっと近いですね!」
「近い?」
「はい。あたしは千冬って名前なので!」
「……千冬……?」
「はい、霧山千冬って言います!」
「なっ――⁉」

 霧山⁉ それに千冬⁉ じゃあこの女性ひとは……⁉ いや、でもそんなまさか。

「あと夏と秋がいたら四季制覇しちゃいますよね!」

 ……失礼だとは思うが、この馬鹿っぽさ……まさか本当に……?
 全然近くないじゃないかという単純なツッコミを忘れるほどの強い衝撃に、俺の頭は真っ白になっていた。

「……えっと、霧山ってその……科学者の?」
「ええ、そうです! パパとお姉ちゃんは、かの有名な霧山嶺蝉と霧山紬! お姉ちゃんは天寿症の治療薬を開発したので知ってますよね?」

 ということは、やはり目の前の女性は霧山千冬……⁉
 しかし、それなら天寿症に罹らずに済んだのだろうか?

「え、ええ。天寿症は俺も罹っていたから知ってます」
「えっ、そうなんですか⁉ 実はあたしもなんですよ。……実は今もその後遺症でちょっと不便なんですけど、まぁでも生きてるので問題無しです!」

 天寿症には罹っていたのか。
 まさか、無﨑が前の世界での記憶を引き継いでTerminusテルミヌスを作ったように、霧山さんも治療薬を作った記憶がどこかで残って……? いや、そこまで過去に魂が飛んだとは思えない。……だとすると霧山嶺蝉と同じように夢から影響を受けたか、それともそれこそが、この世界と前の世界との相違点ということなのか?

 どちらにせよ――。

「死んで……なかったのか……」
「え? 死んで?」
「あ、えっと……」
「……まぁ、死んじゃったら楽だろうなって考えてた時期もあったんですけどね。でも、生きる方に魔が差したというか、生きてる間は生きたくても生きられなかった人の為にも生きなくちゃなって思うようになって。まぁでも、ただ生きるってことがこれまた難しいんですけど。……あー、とまぁそんなこんながあった後、投与した開発中の薬があたしにだけ上手く作用して、天寿症の進行が凄いゆっくりになったんですよ。要するに凄い運がよかっただけですね」
「そうだったのか……」

 驚きと安堵で、全身の力が抜けていくのを感じる。
 目の前の女性は間違いなく霧山千冬だ。PLOWでの日々が影響しているのかは分からない。だが、この世界で千冬は自殺という選択を選ばなかった。だから、この世界にやはり春佳はいない。

 だが、目の前の女性は春佳でもあるのだ。絶望に沈んでしまったわけでないのなら、これ以上の事はないだろう。

「あなたの名前はなんて言うんですか?」
「俺は、柊志樹だ」
「柊……志樹……? ふぅん……? 良い名前ですね!」
「ところで、一つ質問してもいいかな?」

 相手が千冬だと知った俺は、安心するのと同時に悪戯心を抑えられずにいた。

「お⁉ いきなりタメ口! ……まぁでも不思議とそっちの方がしっくりくるから、あたしもそうしよっと! ……おほん、それで質問とは?」
「高度一〇、〇〇〇メートルの高さにある建物の気圧を地上の気圧と同じ数値にするにはどうしたらいいと思う?」

 俺はPLOWでした質問とまったく同じ質問を千冬にする。

「ぐっ、何故か頭が痛い……!」
「答えられないか?」
「ちょ、ちょっと待って!」

 そう言うと、千冬はポケットから携帯電話に似た端末を取り出して指を動かす。

「おいおい、調べるのは反則だぞ?」
「調べるわけじゃないわ。私とお姉ちゃんで開発したAIに聞いてみるの」
「いや、それを調べるって言っ――AI……? もしかしてルメ――いや、リリィか⁉」
「ええっ⁉ な、なんでその名前知ってるのっ⁉ まだどこにも発表してないのに⁉」

 やっぱりそうだったのか! ……ではない。しまった、つい勢いでとんでもないことを口走ってしまった。

「ああっと……ちょっと画面が見えたからさ」

 千冬の操作する端末を指差しながらそう口にする。

「な、なーんだ。そりゃそうだよね、こんな大事な情報が外に漏れてたとか考えたくないし……って勝手に人の画面見ないでよ!」
「悪い悪い」
「まぁ見ちゃったならいいか。ほら、これがメインAIのリリィ。それと、細かい作業をしてくれるお助けAIのルメだよ」

 差し出してくる画面には、PLOWで何度も話をしたリリィとルメが映っていた。

「……いいのか? こんなもの見せて」
「うーん、まぁいいんじゃない? ちょうど外部の人の感想も欲しかったところだし」
「消されたりしないよな?」
「何バカなこと言ってんの。大丈夫だからほら、挨拶して」
「あ、ああ」

 千冬に促されて、俺は緊張しながら声をかけた。

「初めまして、柊志樹です」
「初めまして柊さん。私は人工知能のリリィです。何か御用でしょうか?」

 画面の前でニッコリと笑うリリィ。その背後では雑務に追われているのか、ルメたちが慌ただしく動き回っている。

 初めまして、という言葉に寂しさは感じるものの、こうしてまたリリィと話せることは嬉しい。

「来年の春に、SPRINGスプリングっていう名称で発表する予定のAIソフトなんだけど、どうかな?」

 千冬の言葉に自然と笑みが浮かぶ。
 SPRING――春か。

「良い名前だな」
「でしょ? 今は無﨑さんの件で風当たりが強いんだけど――って、まぁそれはいいか。ほら、試しにさっきの質問聞いてみてよ」
「ん? ああ」

 どうして俺が出した質問を俺が聞かなければならないのかと疑問に感じつつも、本当に答えてくれるのか気になり聞いてみることにする。

「えーっと、高度一〇、〇〇〇メートルの高さにある建物の気圧を地上の気圧と同じ数値にするにはどうしたらいいと思う?」
「それは――」

 即座に答えようとしてリリィの動きが止まり、僅かに笑みを浮かべた後、逆に聞き返してきた。

「もしかして、それは柊さんから冬ちゃんへの質問ですか?」
「そうだけど、どうしてそれを?」

 俺と千冬の会話を聞いていたのだろうか? ……いや、千冬がSPRINGスプリングを起動したのは質問の後だ、リリィが聞いていたとは思えない。
 まさかリリィにも何らかの記憶が……?

「ふふっ、やっぱりそうですか」
「リリィ、早く答えちゃって!」

 自信満々の千冬をチラリと見て、リリィは答える。

「うーん、その答えは冬ちゃん自身が導き出さなければいけないと思いますよ」
「ええっ⁉」
「それじゃあ、私はと作業の続きがあるのでこれで。――柊さんも、またお逢いしましょうね」
「ああ、また」

 返事をするのと同時にモニターが暗くなる。どうやらリリィの方から電源を切ったようだ。

「えっ! ちょ、ちょっとリリィ⁉」

 リリィに見捨てられた千冬はわなわなとからだを震わせる。

「か、帰ったら懲らしめてやるぅ……!」

 その姿を見ながら、俺は携帯電話を取り出し千冬に提案する。

「もしよかったら――」
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