【完結】カエルレア探偵事務所《中》 〜アクビスの里〜

千鶴

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最終到達地点

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「強盗、それから探偵の依頼が二件……なんだか嵐みたいな一日だったわね」
 
 ワイングラスを傾け、涼子は小さくため息をつく。
 
 住居も兼ねている翔太の事務所に集まった三人は、夕食がてらテーブルを囲み、今日のことについて話をしていた。
 
「あの九条って警部、“若いお嬢さん”だなんて遥を小馬鹿にしたり、白井くんに突っかかったり。なんだかイヤミな人だったわ。顔はまあまあイケメンだったけど」
「涼子さんは相変わらず抜け目ないですね、そういうとこ……って待って、このエビうまっ」
「あざっす!」
 
 遥の評価に喜びながら、翔太はパスタの乗った皿をテーブルに運び終わると席についた。
 テーブルの料理にがっつく遥を横目に、涼子は再び口を開く。
 
「でもまあ、九条さんの言うこともわからないでもないけどね。実際、あたしたちにできることなんて今のところ思いつかないし。たか絵さんを連れ戻すにも、本人が好きで身を置いているならまたすぐに戻ってしまうだろうし」
 
 それでも調べる必要がある。遥がパスタを口に運びながら翔太に目配せすれば、翔太も察したように視線を合わせて頷いた。

 彩美が持ってきたアクビスの里の資料にあった紫檀色したんいろの蓮の花。それは、以前関わった雲島事件での黒幕、神野要じんのかなめが好んで扱う死の花なのだ。

 結論から言うと、翔太とかなめは人間ではない。翔太は生命せい、そしてかなめは死を扱う神のような存在であると、遥は雲島での一件で認識を改めていた。

 翔太が扱うカエルレアの花、通称『治癒の花』は、口にした女性が産んだ子供の背に痣を付ける代わりに、その子が八つになるまで病気や怪我を負ってもすぐに治るという不思議な花だった。
 
 その花をめぐり、遥たちは雲島で起こる出来事を解決した果てに、かなめが雲島の人々を操っていたことを突き止める。そのかなめが扱う紫檀色の蓮の花がアクビスの里の資料にあったことで、翔太は今回この件に関わることを決めたのだ。
 
 この事実を知っているのは遥のみ。涼子もかなめに会ったことはあるが、第一印象がすこぶる悪かったということもあり、かなめのことはもう頭の片隅にも残ってないだろう。ちなみに、涼子は翔太のことを気のいい年下の好青年だと好いている。
 
「それにしても、あきらさんには呆れたわ。あんなやつれ方しちゃってちょっと気の毒ではあるけれど、そんな変な場所にたか絵さんが足繁く通っていたんなら、いずれこうなることは分かりそうなもんじゃない? そんなになるまで普通放っておかないわよ」
「仕事が忙しいって言ってましたもんね」
「それよ。いくら仕事が忙しいって言っても、二十四時間丸々仕事なわけじゃあるまいし。きっと飲み会とか都合よく言い訳して家を空けたりしていたのよ。そのくせ帰ると脱いだ服はそのままに、綺麗に掃除された湯船に浸かって、用意されたご飯を食べながら酒を飲む。家のちょっとした散らかりに文句を言って、二言目には自分は仕事が忙しい。はあ? あなた、日中ずっと走り回って仕事してんの? こっちは子供のタイミングに合わせて、ゆっくり昼ごはんも食べられないのよ?」 
「こっち、って。まるで自分のことみたいに話しますね。なんかあったんですか?」
 
 遥が訊けば、涼子は肩を落とす。
 
「最近、まとまりかけてた披露宴が御破算になったのよ。原因は旦那さんの育児への関心の無さ。その上、結婚式の段取りも全部奥様任せで。ついには今あたしが言ったのと同じようなことを、散々泣いてぶちまけて終わり。予約はキャンセル、ご夫婦は離婚するそうよ」
「それは災難でしたね。せっかくそこまで準備したのに」
 
 涼子は力無く首を振った。
 
「それもそうなんだけど。何が悲しいってその旦那さん、泣いて自分の気持ちを叫ぶ奥様を呆れた顔で見ていたのよ。まるで自分のことじゃないみたいに。夫婦って、本来互いを思い合える関係であるべきでしょう? たとえすれ違っていても、相手の気持ちに気づけたその時に寄り添って、見つめ直せばいいじゃない。それなのに、あんな顔されたらたまんないわよ」
 
 涼子は言葉に詰まるとグラスを傾ける。ついさっき栓を開けたワインは、ほとんど涼子が一人で飲んでしまった。
 
「涼子さん、ちょっと飲み過ぎなんじゃないっすか」
「たか絵さんだって……大切なのは……思いやり、なのよ?」
 
 涼子は頬杖をつきながら目を瞑ってしまった。
 
「あらら。寝ちゃった」
「ほら翔太、このままじゃ危ないからソファに運んで」
「はいはい」
 
 翔太は涼子を抱えると、そっとソファに寝かしてタオルケットを掛ける。
 
「涼子さん、たか絵さんのこときっと心配なんすね」
「うん。あの二人は気の合う友人だから」
 
 寝息をたてる涼子を確認すると、翔太はゆっくり口を開いた。
 
「すみません。また俺案件ですね、これ」
「だろうね」
 
 遥は涼子の皿に残ったパスタに手をつけながら言った。
 
「ねえ翔太、前にも聞いたと思うんだけど確認。あんたたちは結界を張ると、互いが感知できなくなるんだったよね」
 
 翔太は頷く。
 
「三年前の雲島くもしまの時は、痣を持つ人間の存在を知ったことでかなめが何かを企んでいることに気付きました。でも俺が長い年月人間として生きて来た一方で、かなめは雲島に全土に結界を張っていて。おかげで俺は島に入ることが出来なくなっていました。でも、それはいわば諸刃の剣。結界がある以上、かなめも雲島からは出ることができなかった。それがあの記者会見の日、かなめが島を出たことで結界は破れ、俺は先輩を助けに壁張蔵かべはりぐらまで飛ぶことができたんです」

 遥は自分を守ってくれた翔太の背中を思い出してほんの少しだけ頬を染めるが、すぐに首を振って話を続けた。

「今回のアクビスの里にも、翔太が感知できない結界が張られている可能性が高い、ってことか」
「たぶん。広い範囲に結界を張るには時間もかかりますが、アクビスの里は地図で見ても雲島の半分以下。里自体に他者が出入りすることが簡単ではないので、結界は最小限でいい。そんなに苦労はしなかったはずです。俺もずっとあいつの存在には気を配ってはいたんですけど、転生されるとなかなか探りにくくて」
「転生?」
 
 遥は涼子のパスタを完食してなお、テーブルの上の食事に手をつけていた。
 
かなめは俺が持つ『生命を生み出す力』をなんらかの方法を使って手に入れています。これがまたややこしい話なんすけど……俺たちは元々、古代エジプトの神、でして」
「あ、それ調べた。文献によればオシリス、イシス、セト、ネフティス神でしょ? 私資料結構読み込んだつもりだけど、翔太たちの名前はなかったような」
「最初に生まれたのは俺たちの方でした。でも父親のゲブは、俺たちの母親であるヌトの他にも、ジェロス様という妻を持ったんです。そのジェロス様が産んだ子供が、今先輩が言った四人の神。俺たちは立場をとって変わられ、故郷から追放されました。そして雲島くもしまに辿り着いた」
「ゲブとヌト、その名前も載ってた。でも歴史に名を残したのがオシリスたち四神の母ではなく、翔太の母親であるヌトの方なのはどうして?」
「それは俺にもよくわからなくて。マウト——いや、かなめが何かをしたのは間違い無いと思います。最後に壁張蔵かべはりぐらで会った時、かなめの身体の中にはオシリスの魂が混在していた。オシリスは再生の神です。俺と同じく生命を生み出せる呪力を持ちます。おそらくオシリスの呪力で、かなめの身体からまた別のうつわに転生を」
「うーん……なにが? お、尻?」
 
 起きがけの眠た声に、遥と翔太はハッとして涼子を見る。
 
「お尻が、どうしたの? 今のはなんの話……ああ!」
「な、なんですか急に」
 
 涼子の大声に顔を引き攣らせる遥。
 
「遥、あたしのパスタ食べてる! 白井くんのアラビアータ絶品なのに!」
「私が食べなきゃ、冷めてカピカピでしたよ」
「温めたら食べられたわ」
「まあまあ、まだあるんで持ってきますよ。今温め直しますから」
「あら、そうなの? いいわ。自分でやる」
 
 翔太が言えば、涼子は機嫌を直してキッチンに向かって行く。
 二人は視線を合わせ、話は一旦そこで終わった。
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