20 / 41
チーム
しおりを挟む
潜入初日、夜。
涼子は遥と同様、用意された部屋へと戻っていた。カメラや盗聴器の類はない。
「涼子さん、大丈夫っすか!?」
「ええ。なんとか持ち堪えたけど、頭が痛いわ。遥に言われた通り『人を殺したことがある』そう言った途端、美帆は目の色変えて……恐ろしかった」
会話を続けながら、涼子はピアスを外すと鏡台に置く。
遥の刑務所——もとい、小ぶりな部屋とは違い、涼子に用意された部屋は個室トイレや風呂洗面台、小さなキッチンまで着いたまるでホテルの一室のような場所だった。
「あの手の人間は共感性を持てる相手には優しくします。コントロールしやすいと認識するんです。でもそれも諸刃の剣。少しでも自分とすれ違ったら、好意は一気に敵意へと変わります」
遥は辺りに人が居ないかを警戒しながら、ギシギシと軋む硬いベッドに横になって、小声で話す。
涼子と美帆との会話を、遥は翔太から既に聞いていたのだ。
通信機器は、本人の声は聞き取れても会話相手の声までは拾えない。翔太は今回ばかりは呪力を活用し、その超越した聴力で涼子と美帆の会話を感知していた。
「洸太さんのこと、彩美さんになんて言えばいいのかしら」
「そうですね。美帆があそこまで振り切ってるとは思いませんでした。まさか自分の弟まで」
「俺、あんな人間の声聞いたことないっすよ。マジで下品」
「ていうか、ザラムは何者? 要から転生したマウト?」
「いや、声を聞く限りそれはないし、なんなら別問題発生っす。美帆が言っていたアヌビス。あれが関わっているとしたら、マウトはおそらくこの日本を入れ替える気なんだと思います」
「日本を、入れ替える?」
遥が言えば、翔太は順を追って話し出す。
「ずっと考えていたんです。マウトは永遠に転生し続けることで、一体何がしたいのかなって。初めは単純に死にたくない、それが願いだと思った。だけどそれにしてはやることが具体的で目的があるように思えた。じゃあそれはなんなのか。そこで出てきた、アヌビスです」
涼子は化粧を落とすとソファに身を沈めた。
「あたしも調べたわよ。アヌビスってミイラ作りの神なのよね。死者の魂を冥界に送るっていう」
「その通りです。マウトが転生するのに必要なカエルレアの石は、死者の魂を冥界に送るために必要なものなんです。でもアヌビスの呪力があれば、石を使わずしてその儀式が行える。そしてもう一つ、アヌビスは死者の魂を人間に宿せるんです」
「それが日本を入れ替えるってことにどう繋がるの?」
里のすぐ近くに車を停め、そこから通信機の電波を拾う翔太。彼もまた、辺りに人気がないことを確認すると運転席のリクライニングを倒した。
「日本の神がどういう理屈だかは分かりませんが、人類の仕組みは皆同じ。生まれた生命に魂と寿命を宿し、成長過程で行う様々な経験を冥界に持ち帰る。それがこの世の営み、ルールです。俺は生命を生み出し魂を宿す、そこまでが仕事。だから俺は、マウトを最優先に生み出す必要がありました。寿命を宿さなければならないからです。生まれてから八日の間に寿命を宿さなかった命は、冥界に帰ります」
涼子はぎゅっと、瞬きをする。
「なんだか難しい話になってきたわ」
「要するに、マウトは俺の代わりを見つけたんです。オシリスは生命を生み出すだけの、意思のない神。そしてオシリスが生み出した生命に、アヌビスが死者の魂を宿す。ここにマウトが加われば、歪でもちゃんとした生命体が完成します。マウトはこのアクビスの里に人を集め、三十六人を選出。そのうち二十八人の人間を器とし、魂をアヌビスに入れ替えさせ里から解放。残りの八人を、自分の転生のための生贄にしてるんです」
「なるほどね。解放したマウト製の人間が外で子孫を残せば、そのうち日本はマウトの生み出した人間で溢れかえる。それが、日本の入れ替え」
遥は自分で言っていて、どこか現実味のないこの話をまだ他人事のように感じていた。
「アヌビスが扱える死者の魂は、古代エジプトのもの。俺たち神への信仰も厚い。マウトはその魂を増やして支配者になるつもりです。アヌビスはオシリスとネフティスの間にできた子供。オシリスを取り込んだマウトに協力しても、なんら不思議じゃない」
その時ふと、涼子が疑問を口にする。
「白井くんは、どう思うの?」
「え?」
「あたしたち人間にとって、マウトの行動は常軌を逸するものだと思う。結局、日本中をこのアクビスの里みたいにして支配しようとしてるってことだから。でも白井くんは? そうなっても、特に実害はないんじゃないの? どうしてあたしたち人間の味方になってくれるの?」
涼子のその純粋な疑問に、翔太は微笑む。
「最初は浅はかな気持ちでした。人間になれば……沢山の人に囲まれれば、孤独じゃなくなるんじゃないかって」
遥はベッドに、涼子はソファにそれぞれ横たわり、天井を見ながら翔太の話を聞く。
「だけど結局、人間として生きてみてもそれは変わらなかった。生きていれば孤独で悲しくて、理不尽なことに我慢して。ひょんなことで恨みを買い、石を投げ付けられたこともあった。俺、それが凄くおかしくって。だって神も人間も、たいした違いがなかったんすもん」
そのことに気がついてから、翔太は考え方を変えた。
「自分が一番不幸、自分が一番苦しいんじゃない。俺が生み出した生命だからといって俺の思い通りにはいかないし、逆に予想だにしないところから幸せが訪れたりする。今ある幸せを、今この時に、今ある記憶で懸命に生き抜く。俺はそうやって生きると決めたんです」
——沈黙。
「ごめんなさい。白井くんにこんな質問、愚問だったわ。おやすみ」
涼子はイヤホンを鏡台に置くと、ベッドに向かう。
「翔太のくせに。まともなこと言い過ぎ。じゃあね」
涼子に続いて遥が言えば、翔太はその若干のディスりにツッコミを入れて笑った。
「俺は支配するのもされるのも、ごめんですから」
涼子は遥と同様、用意された部屋へと戻っていた。カメラや盗聴器の類はない。
「涼子さん、大丈夫っすか!?」
「ええ。なんとか持ち堪えたけど、頭が痛いわ。遥に言われた通り『人を殺したことがある』そう言った途端、美帆は目の色変えて……恐ろしかった」
会話を続けながら、涼子はピアスを外すと鏡台に置く。
遥の刑務所——もとい、小ぶりな部屋とは違い、涼子に用意された部屋は個室トイレや風呂洗面台、小さなキッチンまで着いたまるでホテルの一室のような場所だった。
「あの手の人間は共感性を持てる相手には優しくします。コントロールしやすいと認識するんです。でもそれも諸刃の剣。少しでも自分とすれ違ったら、好意は一気に敵意へと変わります」
遥は辺りに人が居ないかを警戒しながら、ギシギシと軋む硬いベッドに横になって、小声で話す。
涼子と美帆との会話を、遥は翔太から既に聞いていたのだ。
通信機器は、本人の声は聞き取れても会話相手の声までは拾えない。翔太は今回ばかりは呪力を活用し、その超越した聴力で涼子と美帆の会話を感知していた。
「洸太さんのこと、彩美さんになんて言えばいいのかしら」
「そうですね。美帆があそこまで振り切ってるとは思いませんでした。まさか自分の弟まで」
「俺、あんな人間の声聞いたことないっすよ。マジで下品」
「ていうか、ザラムは何者? 要から転生したマウト?」
「いや、声を聞く限りそれはないし、なんなら別問題発生っす。美帆が言っていたアヌビス。あれが関わっているとしたら、マウトはおそらくこの日本を入れ替える気なんだと思います」
「日本を、入れ替える?」
遥が言えば、翔太は順を追って話し出す。
「ずっと考えていたんです。マウトは永遠に転生し続けることで、一体何がしたいのかなって。初めは単純に死にたくない、それが願いだと思った。だけどそれにしてはやることが具体的で目的があるように思えた。じゃあそれはなんなのか。そこで出てきた、アヌビスです」
涼子は化粧を落とすとソファに身を沈めた。
「あたしも調べたわよ。アヌビスってミイラ作りの神なのよね。死者の魂を冥界に送るっていう」
「その通りです。マウトが転生するのに必要なカエルレアの石は、死者の魂を冥界に送るために必要なものなんです。でもアヌビスの呪力があれば、石を使わずしてその儀式が行える。そしてもう一つ、アヌビスは死者の魂を人間に宿せるんです」
「それが日本を入れ替えるってことにどう繋がるの?」
里のすぐ近くに車を停め、そこから通信機の電波を拾う翔太。彼もまた、辺りに人気がないことを確認すると運転席のリクライニングを倒した。
「日本の神がどういう理屈だかは分かりませんが、人類の仕組みは皆同じ。生まれた生命に魂と寿命を宿し、成長過程で行う様々な経験を冥界に持ち帰る。それがこの世の営み、ルールです。俺は生命を生み出し魂を宿す、そこまでが仕事。だから俺は、マウトを最優先に生み出す必要がありました。寿命を宿さなければならないからです。生まれてから八日の間に寿命を宿さなかった命は、冥界に帰ります」
涼子はぎゅっと、瞬きをする。
「なんだか難しい話になってきたわ」
「要するに、マウトは俺の代わりを見つけたんです。オシリスは生命を生み出すだけの、意思のない神。そしてオシリスが生み出した生命に、アヌビスが死者の魂を宿す。ここにマウトが加われば、歪でもちゃんとした生命体が完成します。マウトはこのアクビスの里に人を集め、三十六人を選出。そのうち二十八人の人間を器とし、魂をアヌビスに入れ替えさせ里から解放。残りの八人を、自分の転生のための生贄にしてるんです」
「なるほどね。解放したマウト製の人間が外で子孫を残せば、そのうち日本はマウトの生み出した人間で溢れかえる。それが、日本の入れ替え」
遥は自分で言っていて、どこか現実味のないこの話をまだ他人事のように感じていた。
「アヌビスが扱える死者の魂は、古代エジプトのもの。俺たち神への信仰も厚い。マウトはその魂を増やして支配者になるつもりです。アヌビスはオシリスとネフティスの間にできた子供。オシリスを取り込んだマウトに協力しても、なんら不思議じゃない」
その時ふと、涼子が疑問を口にする。
「白井くんは、どう思うの?」
「え?」
「あたしたち人間にとって、マウトの行動は常軌を逸するものだと思う。結局、日本中をこのアクビスの里みたいにして支配しようとしてるってことだから。でも白井くんは? そうなっても、特に実害はないんじゃないの? どうしてあたしたち人間の味方になってくれるの?」
涼子のその純粋な疑問に、翔太は微笑む。
「最初は浅はかな気持ちでした。人間になれば……沢山の人に囲まれれば、孤独じゃなくなるんじゃないかって」
遥はベッドに、涼子はソファにそれぞれ横たわり、天井を見ながら翔太の話を聞く。
「だけど結局、人間として生きてみてもそれは変わらなかった。生きていれば孤独で悲しくて、理不尽なことに我慢して。ひょんなことで恨みを買い、石を投げ付けられたこともあった。俺、それが凄くおかしくって。だって神も人間も、たいした違いがなかったんすもん」
そのことに気がついてから、翔太は考え方を変えた。
「自分が一番不幸、自分が一番苦しいんじゃない。俺が生み出した生命だからといって俺の思い通りにはいかないし、逆に予想だにしないところから幸せが訪れたりする。今ある幸せを、今この時に、今ある記憶で懸命に生き抜く。俺はそうやって生きると決めたんです」
——沈黙。
「ごめんなさい。白井くんにこんな質問、愚問だったわ。おやすみ」
涼子はイヤホンを鏡台に置くと、ベッドに向かう。
「翔太のくせに。まともなこと言い過ぎ。じゃあね」
涼子に続いて遥が言えば、翔太はその若干のディスりにツッコミを入れて笑った。
「俺は支配するのもされるのも、ごめんですから」
0
あなたにおすすめの小説
王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~
しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。
それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること!
8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。
どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ!
「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」
かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。
しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。
「今度こそ、私が世界を救って見せる!」
失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!
剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。
イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。
小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
精霊姫の追放
あんど もあ
ファンタジー
栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。
「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる