【完結】カエルレア探偵事務所《中》 〜アクビスの里〜

千鶴

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発起

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 翌日。翔太が洸太のことを伝えて、彩美の潜入は中止になった。
 
「彩美さん大丈夫かしら」
「どうっすかね。相当ショックを受けている様子でしたよ」
「翔太、九条さんに美帆のこと伝えたんだよね。なんか言ってた?」
「はい。礼状取って、美帆の自宅を家宅捜索するって。でも時間がかかるかもって言ってました」
 
 九条は、警視監である前田恭介まえだきょうすけに勘づかれないよう、水面下で捜査を進めていた。
 
「彩美さん、それから彩美さんのお母さんと洸太さんの無念は、九条さんに任せましょう。私たちは私たちのやるべきことを進めないと。涼子さん、たか絵さんと舞ちゃんには会えましたか?」
「ええ。二人とも無事よ」
 
 涼子ほどではないが、親子部門に配属された人々は、生活部門や勧誘部門よりは幾分、優遇されているようだと涼子は言った。
 
「舞ちゃんがマウトの器になり得る以上、早いとこ里から出さないと」
 
 当初の予定ではザラムの集いの三十六人に紛れ込むつもりだったが、アヌビスの出現により事情が変わった。選定に出向く信者すべての魂が、アヌビスによって入れ替えられてしまう可能性が高いからだ。
 
「ねえ。前に遥が言っていた、あたしたちの脱出ルートってのから、たか絵さんたちもまとめて脱出できないの?」
「できません」 
 
 遥は即答する。
 
「どうして?」
「そんなルートないから」
「……はあ!?」

 涼子の叫び声が耳に響いた遥は、思わず片目を瞑った。
 
「うるさいなあ、もう。手、切っちゃったじゃないですか」
「え、遥いま何してんの?」
「じゃがいも剥いてます。生活部門なんで」
「ああ……って、いや。それより出口がないってどういうこと?」
 
 遥はぎこちない手つきで包丁を動かす。
 
「あの場ではああ言わないと、九条さんが納得しないでしょう? 洸太さんの手前こんな言い方はなんですが、彩美さんの潜入が中止になったことはある意味幸いでした」
「あんたねえ……今のあたしみたいに、たか絵さんと舞ちゃんもその出口で、って九条さんに言われていたらどうするつもりだったのよ」
「まあ、幼い子供には厳しい道のりだ、とかなんとか? 大体、マウトの結界があるのにホイホイ出口なんか作れませんよ」
「……」
 
 涼子の説教が始まる前にと、遥は急いで口を開いた。
 
「それより。そっちに備品庫か保管庫ありますよね。指輪、取り戻したいんですけど」
「ええ。あるわよ保管庫。すぐ近くだから今から行く」
「涼子さん気をつけてくださ——」
「ねえ。何をぶつぶつ言っているの?」

 突然。背後から話しかけられた遥は勢いよく振り返った。
 
「あっ……ぶないわね! ナイフ持ってこっち向かないでよ。っていうか遥さん! じゃがいもの皮厚く剥きすぎ! それじゃあ食べるところほとんどないじゃない!」
 
 平謝りする遥の声を聞いて、涼子が慌てる。
 
「遥大丈夫!? どうしたの?」
 
「あー、問題ないっす。先輩の料理下手が露呈しただけです」 
「なにそれ紛らわしいわね。白井くん、ちゃんと遥に花嫁修行もさせなさいよ」
「そんなこと言われても先輩、料理のセンス最悪なんすよ。何回言っても炊飯器に目分量で米と水入れてお粥にするんすもん」
 
 遥は二人の会話に大きめな咳払いをした。
 
「涼子さん保管庫、着きました?」
「うーん。それがさっきから探してるんだけど、指輪がないのよ。銀バッジなら大量にあるんだけど。それと、遥の言っていた黒いフード付きローブもあるわよ」
「涼子さんが幹部部門に配属されたのは本当にラッキーでした。では一旦指輪は諦めて、銀バッジと男性用のサイズの大きいローブを拝借してきてください。それをたか絵さんに渡して、脱出の流れを再度、説明してもらえますか?」
「了解よ」
 
 すみません、と遥。
 
「ほとんどを涼子さんにお任せする形になってしまって」
「問題ないわ。でも、当初の目的であるまさるさんの所在も未だ分かってない状態で、たか絵さんは脱出をすることを了承してくれるかしら。まあ、そんなこと言ってる場合ではないんだけれど」
「それなんですけど、おそらくまさるさんはもうマウトの手の内かも。なぜならその大さん、菊田大きくたまさるさんって言います。彼はあきらさんのお兄さんなんです」
 
 涼子は驚いた。
 
「嘘……だって、船でおこなった晃さんとたか絵さんのウエディングパーティーにはそんな名前なかったわよ? 確かに親族席は設けなかったけど、晃さんの妹の尚美さんは来てたじゃない。っていうか、お兄さんがいたの?」
「居たんです。たか絵さんも、それ以上はあまり話してくれなかったんですけど。とにかく大さんが菊田の人間である以上、舞ちゃん同様マウトにとって利益をもたらす存在である可能性が高いんです。そもそも、たか絵さんをアクビスに勧誘したことだって既にマウトの指示かもしれない。でしょう? 翔太」
 
 翔太はしばらく考えてから口を開く。
 
「確かに器というのは誰でもいいと言う訳にはいきません、適合不適合がある。だから雲島の一件でマウトは神野の家にこだわったんでしょう。でも最後に会った時、あいつ言ったんです。『もうジンノに拘る必要はない』って。今考えれば、それは新しい適合者を見つけたって意味だったのかもしれません」
「それが菊田家ってこと?」
「たぶん」
 
 涼子は改めて、遥と翔太が直面していることの大きさを認識する。
 
「わかったわ。たか絵さんの説得はあたしに任せて。それよりも出口がないなら、あたしたちはどうやってここを出るの?」
「結界を解きます。翔太いわく、マウトのいる場所はザラム塔三階。立入禁止エリアです。そこにある結界の中枢を破壊すれば、翔太はこの里に入れます。なんなら瞬間移動で私たちのそばまで来られる」
 
 遥は落ち着いた声色でゆっくり言う。
 
「涼子さんすみません、私たちは脱出するのではなく、初めからマウトと戦うつもりだったんです」
 
 黙る涼子に、今度は翔太が口を開いた。
 
「銀バッジとローブは、涼子さん自身の分も確保してください。たか絵さんと舞ちゃんと一緒に、涼子さんはバスに乗るんです。里を一歩でも出れば俺が動けます。九条さんも待機してくれているし、必ず助けますから」
「馬鹿にしないで」

 涼子の決意を含んだ声に、翔太は目を見開く。
 
「あたしはもう、あなたたち二人を家族同然に思っているの。戦うわよ、最後まで一緒に」 

 遥はじゃがいもに視線を落としたまま、ニヤついた。
 
「馬鹿だね翔太、涼子さんのこと全然わかってない。焚き付けてどうすんの」
「そうよ、むしろやる気出ちゃったわ」 
 
 そのやりとりを聞いて、翔太は苦笑しながらもうんうん、と頷いた。
 
「そういえば俺、二人は初めから気が合うって、そう思っていたんでした」
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