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十三年前

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「あーっははは! おっかしい。何度見ても笑えるわね、この動画。超胡散臭いけどまあまあいいわ、それっぽくて。今頃ネットは大炎上中なんじゃない?」
 
 美帆は側の男たちに顎で指示をする。既に両手を拘束されていた遥と涼子は、椅子に座らされると足首もロープで縛られた。
 
「ちょっと! この動画を撮ったら解放してくれるって言ったじゃない」
「はあ? そんなわけないでしょ。解放したら私のしてきたことがバレちゃうじゃない。頭が軽そうで助かったわ。さすが、お金持ちは楽天的よね」

 美帆の言葉に、涼子は頬を引き攣らせる。

「私たちをどうするつもりですか」
「今の動画を観れば、松永エステートの娘がアクビスにどっぷりだって一目瞭然。そしてそれを真実にする為、あなたたちには一生ここで生活してもらわなければならない。でも、そんなの無理でしょう? 逃げたいでしょう? 私だって暇じゃないの。ずっと監視はしていられない。だから、弟と同じ末路を辿ってもらう」
「殺すつもりか」
 
 目つきの変わった顔を見て、美帆は不機嫌に遥に近づく。
 
「うーわっ、なにその顔。金持ちに尻尾振ってるだけの金魚の糞が」
 
 見下す美帆に顎を持ち上げられても、遥は表情を変えなかった。
 
「あんたみたいな底辺にそんな顔されてもなんとも思わないんだけど。私はね、静香やありさみたいに勘違いしている女が許せないだけなの。本物気取りで練り歩く偽物を排除してやっただけなのよ。それのなにがいけないの? そもそも、私はなにをやったって許される。だってパパが警察のトップだもん。あれ、二番目? まあ、なんだっていいか」
「そのパパにお願いして、本当は自分が起こしたひき逃げ事故も弟のせいにしたんですね」
「…………へ?」
 
 美帆の顔が固まる。
 
「洸太さんが事故を起こしたのは、十三年前の十月十日二十二時。でもその事故の被害者である竹林弥生さんが亡くなったのは、前日十月九日の二十二時ごろなんですよ。辻褄が合いません」
「なにそれ。十三年前? なんの昔話?」
「洸太さんは恋人の彩美さんに『酒を飲んでしまってよく覚えていない』そう話したと言っていました。でも起きたら肩や顔に擦り傷はあるし、自分の原付バイクも破損している。だから自分が起こした事故だと思った。でもそれは、全てあなたの仕業なんじゃないですか? あなたは巧みに洸太さんを言葉で洗脳し、擦り傷や服の破損まで完璧に工作してみせた。だから今日の今までずっとバレていなかったのでは?」
 
 巧み……遥がその言葉を発したあたりから、美帆は真顔から急に口角を上げた。
 
「あの日はせっかく飲み会に誘われていたのに、大雨でなかなかタクシーが捕まらなくて。仕方がないからカッパ着て、洸太のバイクを借りたのよ。でも雨で前は見えないし、バイクもちっちゃくて扱いづらくて。ちょっと携帯を探るのに片手を離したらあっという間に歩道に乗り上げちゃって。カッパは破れるし服はぐちゃぐちゃ。もう、最悪だった」
 
 美帆は子供みたいに手を振り下ろし、軽く地団駄を踏む。
 
「何かに当たった気はしたけど、大雨でなにも見えない。仕方がないから飲み会は諦めたわ。そのままバイクを引いて家に帰って、お風呂に入って寝たの。でもなんだか気になって、次の日事故の場所に行ってみたらね。歩道脇のガードレールを超えた下の茂みに手が見えたのよ。けれど、注視しなければ分からない。見つかるまでは、まだ少し時間が掛かると思った」
 
 すると突然美帆は笑い出した。前ぶりなく響く美帆の高い声に、涼子は怪訝な顔で引いている。
 
「その時! 気づいちゃったの! これ、まだ私のせいになってないじゃん、って。だからその夜、洸太に強めの睡眠薬入りのお酒を飲ませて、意識が飛ぶ前に氷を買いに行くよう、バイクのそばまで連れて行った。あの子は嫌だ嫌だってごねてる間に意識を失って、顔を叩いても起きないくらいになったから……顔と肩に、紙やすりでね? ゆーっくり、傷をつけたの」
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