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「なんだよ、それ」
寝耳に水どころか、次から次へと明かされる衝撃の波に、東伍は溺れてしまいそうな感覚に陥る。
「じゃあ船井……じゃなくて、きみが淑和学院に元々潜入していた理由って、その為?」
「そういうこと。でもまさか、小林陽子が水野っちの恋人だなんて最初は知らないじゃん? さらにさらに、その水野っちが昔、泉の命を救ったヒーローだったなんて。こんな偶然ある? ないよねえ、普通。それに、泉の身体にサクヤやエル以外の人格が現れた理由も気にはなっていてさ」
凛子は顎に手を当てて首を傾げる。
「多分だけど、泉が最初に姿を消した時の人格は、サクヤかエルだったんじゃないかな。それがどういうわけか小林陽子との接触を経て、人格に何かしらの変異が起きた」
わざとらしく口を尖らせ、眉間に皺を寄せる凛子。
「だとすると本物の小林陽子は、今この箱にないどれかの鍵を手に入れたんだと思う。そうして見つけた新薬で、泉の身体に小林陽子という人格を出現させたんじゃないかなあ」
「ちょ、ちょっと待って」
東伍はたまらず話を遮った。
「新薬とか、人格を出現だとか、全く意味がわからないんだけど。多重人格って、そんな人工的に人格を増やしたりできるものなの?」
「あー、ごめんごめん。泉が特殊体質なこと普段は忘れちゃってるから、つい説明省いちゃって」
凛子はソファの背に体重を預けると、小さく息を吐いてから切り出す。
「鷹司の家ってのはさ、水野っちが想像できないくらい、全部がそりゃもうやばいのよ。どろんどろんで、グッチョングッチョンのズタズタ——」
「凛子。ふざけるのはやめなさい」
「……はーい」
恭一の声はさほど威圧的でもなかったが、それでも凛子に対しての敬称を省くほどの咄嗟の物言いに、東伍も一瞬身を引き締める。
再び若干不貞腐れてしまった凛子に代わり、今度は泉が口を開いた。
「先ほど、私は自身が解離性同一性障害であると言いましたが、私の身体に他人格が出現した経緯は通常のそれとは異なります。大抵の場合、多重に人格を形成する原因は、人生経験で得た苦痛を飛ばすための防衛本能です。例えば虐待とか、精神的な苦痛であるとか、その痛みから逃れる為に別人格を形成する。ですが私は、物心も付かない幼少の頃から幾つもの人格をこの身に宿していた。原因は明白。私は鷹司製薬が手掛ける研究の名のもと、人体実験の被験者として使われていたからです」
泉の父、鷹司直幸が現代表を務める鷹司製薬は、祖父鷹司慶三の代から創業して約六十年。精神医療においての新薬研究が実を結び、全国的にもメジャーになった抗うつ薬のお陰で製薬会社としての地位を確固たるものにしていた。
だが、その道のりは決して順風満帆ではなかったと泉は言う。
「組織なんてどこも似たようなものです。競合他社に負けないよう、小さな小さな発見を情報と発信力とで印象付け、イタチごっこで切磋琢磨していく。しかし私の祖父鷹司慶三は、そうしたいわゆる型にハマる人間でなかった。何か一発で、世の中がひっくり返るような新薬を開発したかったのです。その為には倫理を犯すことも平然とやってのけた」
泉は自らの拳を握り締める。
「私の母、川村美聖は、鷹司製薬のラボで働く研究者でした。鷹司製薬がこれまで成し遂げてきた新薬開発や研究論文には、ほとんど母の手が加わっていたと言っても過言ではないほど優秀で、その評判は当然祖父の耳にも届いた。母を気に入った祖父は、母を鷹司の人間として無理やり迎えることに」
当時、美聖には夫がいた。にも関わらず、鷹司慶三は裏から手を回して二人の関係を破滅させ、息子である直幸との婚姻を美聖に迫ったという。
「祖父の横暴な行動に怒りを覚えた母は、その頃鷹司製薬が密かに研究を進めていた重要機密データを盗み出します。まあ、初めは祖父に歯向かうための切り札程度に考えていたのでしょう。祖父の傍若無人ぶりは誰もが知るところでしたから、不祥事の一つや二つ出てくるだろうと。ですが、盗んだ研究データを開いた母は打ち震えます。その内容が、世にも悍ましいものだったから」
美聖が盗んだ研究データには、pasmontと名が付いていた。
寝耳に水どころか、次から次へと明かされる衝撃の波に、東伍は溺れてしまいそうな感覚に陥る。
「じゃあ船井……じゃなくて、きみが淑和学院に元々潜入していた理由って、その為?」
「そういうこと。でもまさか、小林陽子が水野っちの恋人だなんて最初は知らないじゃん? さらにさらに、その水野っちが昔、泉の命を救ったヒーローだったなんて。こんな偶然ある? ないよねえ、普通。それに、泉の身体にサクヤやエル以外の人格が現れた理由も気にはなっていてさ」
凛子は顎に手を当てて首を傾げる。
「多分だけど、泉が最初に姿を消した時の人格は、サクヤかエルだったんじゃないかな。それがどういうわけか小林陽子との接触を経て、人格に何かしらの変異が起きた」
わざとらしく口を尖らせ、眉間に皺を寄せる凛子。
「だとすると本物の小林陽子は、今この箱にないどれかの鍵を手に入れたんだと思う。そうして見つけた新薬で、泉の身体に小林陽子という人格を出現させたんじゃないかなあ」
「ちょ、ちょっと待って」
東伍はたまらず話を遮った。
「新薬とか、人格を出現だとか、全く意味がわからないんだけど。多重人格って、そんな人工的に人格を増やしたりできるものなの?」
「あー、ごめんごめん。泉が特殊体質なこと普段は忘れちゃってるから、つい説明省いちゃって」
凛子はソファの背に体重を預けると、小さく息を吐いてから切り出す。
「鷹司の家ってのはさ、水野っちが想像できないくらい、全部がそりゃもうやばいのよ。どろんどろんで、グッチョングッチョンのズタズタ——」
「凛子。ふざけるのはやめなさい」
「……はーい」
恭一の声はさほど威圧的でもなかったが、それでも凛子に対しての敬称を省くほどの咄嗟の物言いに、東伍も一瞬身を引き締める。
再び若干不貞腐れてしまった凛子に代わり、今度は泉が口を開いた。
「先ほど、私は自身が解離性同一性障害であると言いましたが、私の身体に他人格が出現した経緯は通常のそれとは異なります。大抵の場合、多重に人格を形成する原因は、人生経験で得た苦痛を飛ばすための防衛本能です。例えば虐待とか、精神的な苦痛であるとか、その痛みから逃れる為に別人格を形成する。ですが私は、物心も付かない幼少の頃から幾つもの人格をこの身に宿していた。原因は明白。私は鷹司製薬が手掛ける研究の名のもと、人体実験の被験者として使われていたからです」
泉の父、鷹司直幸が現代表を務める鷹司製薬は、祖父鷹司慶三の代から創業して約六十年。精神医療においての新薬研究が実を結び、全国的にもメジャーになった抗うつ薬のお陰で製薬会社としての地位を確固たるものにしていた。
だが、その道のりは決して順風満帆ではなかったと泉は言う。
「組織なんてどこも似たようなものです。競合他社に負けないよう、小さな小さな発見を情報と発信力とで印象付け、イタチごっこで切磋琢磨していく。しかし私の祖父鷹司慶三は、そうしたいわゆる型にハマる人間でなかった。何か一発で、世の中がひっくり返るような新薬を開発したかったのです。その為には倫理を犯すことも平然とやってのけた」
泉は自らの拳を握り締める。
「私の母、川村美聖は、鷹司製薬のラボで働く研究者でした。鷹司製薬がこれまで成し遂げてきた新薬開発や研究論文には、ほとんど母の手が加わっていたと言っても過言ではないほど優秀で、その評判は当然祖父の耳にも届いた。母を気に入った祖父は、母を鷹司の人間として無理やり迎えることに」
当時、美聖には夫がいた。にも関わらず、鷹司慶三は裏から手を回して二人の関係を破滅させ、息子である直幸との婚姻を美聖に迫ったという。
「祖父の横暴な行動に怒りを覚えた母は、その頃鷹司製薬が密かに研究を進めていた重要機密データを盗み出します。まあ、初めは祖父に歯向かうための切り札程度に考えていたのでしょう。祖父の傍若無人ぶりは誰もが知るところでしたから、不祥事の一つや二つ出てくるだろうと。ですが、盗んだ研究データを開いた母は打ち震えます。その内容が、世にも悍ましいものだったから」
美聖が盗んだ研究データには、pasmontと名が付いていた。
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