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館編
辟易
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客室に案内された海里は、テーブルにぽつんと置かれたバインダーを手に取る。見開きの右側に挟まった紙を見て、小さくため息をついた。
「またこれか」
契約書。この文字を何度目にしたことだろう。この紙1枚にサインすることがいかに人生を振り回すか、海里は身に染みて理解していた。
—契約書—
野中海里 様
貴殿がこの館で過ごす対価に受け取れる報酬は、左記のとおりである。
現金2750万円
また、契約においての注意事項は次のとおり。
・契約期間中、館より外出することを禁ずる。
・館での生活、また知り得た全ての情報の他言を禁ずる。
・館の外観や景観を故意に損なうことを禁ずる。
・各契約者、芹、井無田、その他使用人への過度な詮索や干渉を禁ずる。
・館での生活費、必要物品の経費は、オーナーである芹が全て持つものとする。
・当館で起きたすべてのことは芹にその責任と権利を一任することとする。
違反した場合は前述に書かれた生活費、その他諸経費の支払い責任を契約者が負うものとする。(報酬も返還)
※尚、契約頂いた日数分の時間、契約者の人生は世界から消滅。取り戻すことは絶対に叶わないことをご了承下さい。
ぺらっと上にめくると、2枚目は館の施設案内図だった。
洋画につけられる字幕のような書体で書かれたその契約書には、サイン欄も押印欄も見当たらない。
確認するだけで良いのか——その海里の疑問は、バインダーを閉じて表面の模様を見たことで更なる疑問に変わった。
赤茶色の革の表紙。六芒星の中心に描かれた目玉。その横に、左手が模ってある。
海里は奇妙な目玉に吸い寄せられるよう、模られた左手に自分の左手を重ねた。
「う、うわっ」
突然の閃光。青緑の光が左手を突き抜け、同時にジワッと熱を帯びた。見ると、左手の甲に墨でつけられたような十字の模様が浮かび上がっている。
「なんだよこれ」
不可思議な現象に眉を顰めていると、部屋に備え付けられた内線電話が鳴った。
「もしもし」
「野中様。本契約、誠にありがとうございます」
電話口の芹がニヤついていることは声色で読み取れた。海里は途端に苛立ちが湧いてきて、カチカチと爪を噛む。
「これ、事前に言っとくべきじゃないですか? こんな騙し討ちみたいなやり方」
「おや、事前に納得頂いていたと思っていましたが。そうそう、手の甲の印は契約終了時には跡形もなく消え去りますので、ご心配なく」
言葉を失う海里に、芹はそのまま続ける。
「もうひとつお伝えし忘れたことが。この館にある時計は大食堂のそれたったひとつのみです。基本的には日の出日の入りで1日を把握して頂きます。時報は朝の8時、昼の12時、夕方17時、そして21時の計4回。契約終了日前日にはこちらからお声かけ致しますので、野中様はなーんにも気にせずこの館を堪能してくださいね」
「芹さん、あなたは——」
“人間じゃない”
海里はそう言いかけたが、契約書の内容が脳裏を掠めた。
「なにか?」
「……いや、なんでもないです」
電話を切ると、海里は綺麗にメイキングされたベッドに突っ伏した。微かな薄荷の匂い。チラッと顔を上げて一瞥しただけで分かる、海里には一生縁のなかったであろう贅沢な内装の部屋。
(もう、何にも考えたくない)
ゆっくり目を閉じると、満ち足りた腹の幸福感で一気に眠気が襲う。海里はそのまま、すぐに意識を手放した。
「またこれか」
契約書。この文字を何度目にしたことだろう。この紙1枚にサインすることがいかに人生を振り回すか、海里は身に染みて理解していた。
—契約書—
野中海里 様
貴殿がこの館で過ごす対価に受け取れる報酬は、左記のとおりである。
現金2750万円
また、契約においての注意事項は次のとおり。
・契約期間中、館より外出することを禁ずる。
・館での生活、また知り得た全ての情報の他言を禁ずる。
・館の外観や景観を故意に損なうことを禁ずる。
・各契約者、芹、井無田、その他使用人への過度な詮索や干渉を禁ずる。
・館での生活費、必要物品の経費は、オーナーである芹が全て持つものとする。
・当館で起きたすべてのことは芹にその責任と権利を一任することとする。
違反した場合は前述に書かれた生活費、その他諸経費の支払い責任を契約者が負うものとする。(報酬も返還)
※尚、契約頂いた日数分の時間、契約者の人生は世界から消滅。取り戻すことは絶対に叶わないことをご了承下さい。
ぺらっと上にめくると、2枚目は館の施設案内図だった。
洋画につけられる字幕のような書体で書かれたその契約書には、サイン欄も押印欄も見当たらない。
確認するだけで良いのか——その海里の疑問は、バインダーを閉じて表面の模様を見たことで更なる疑問に変わった。
赤茶色の革の表紙。六芒星の中心に描かれた目玉。その横に、左手が模ってある。
海里は奇妙な目玉に吸い寄せられるよう、模られた左手に自分の左手を重ねた。
「う、うわっ」
突然の閃光。青緑の光が左手を突き抜け、同時にジワッと熱を帯びた。見ると、左手の甲に墨でつけられたような十字の模様が浮かび上がっている。
「なんだよこれ」
不可思議な現象に眉を顰めていると、部屋に備え付けられた内線電話が鳴った。
「もしもし」
「野中様。本契約、誠にありがとうございます」
電話口の芹がニヤついていることは声色で読み取れた。海里は途端に苛立ちが湧いてきて、カチカチと爪を噛む。
「これ、事前に言っとくべきじゃないですか? こんな騙し討ちみたいなやり方」
「おや、事前に納得頂いていたと思っていましたが。そうそう、手の甲の印は契約終了時には跡形もなく消え去りますので、ご心配なく」
言葉を失う海里に、芹はそのまま続ける。
「もうひとつお伝えし忘れたことが。この館にある時計は大食堂のそれたったひとつのみです。基本的には日の出日の入りで1日を把握して頂きます。時報は朝の8時、昼の12時、夕方17時、そして21時の計4回。契約終了日前日にはこちらからお声かけ致しますので、野中様はなーんにも気にせずこの館を堪能してくださいね」
「芹さん、あなたは——」
“人間じゃない”
海里はそう言いかけたが、契約書の内容が脳裏を掠めた。
「なにか?」
「……いや、なんでもないです」
電話を切ると、海里は綺麗にメイキングされたベッドに突っ伏した。微かな薄荷の匂い。チラッと顔を上げて一瞥しただけで分かる、海里には一生縁のなかったであろう贅沢な内装の部屋。
(もう、何にも考えたくない)
ゆっくり目を閉じると、満ち足りた腹の幸福感で一気に眠気が襲う。海里はそのまま、すぐに意識を手放した。
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