【完結】万華鏡の館 〜あなたの人生、高額買取り致します〜

千鶴

文字の大きさ
28 / 81
館編

海里

しおりを挟む
 繊細に折られたひとつひとつの花びらを眺めるうちに、海里の口をついて出たのは昔話だった。
 
「俺の母親は病弱で、ほとんど寝たきりでなくなりました」
 
 海里は遠い記憶を引っ張り出す。その様子を邪魔することのないよう、彩美は2杯目の珈琲を注いだ。
 
「原因は最後まで分からず終いでした。日に日に衰弱していく母を看病するために学校も休みがちになり、俺は病院に通う日々。最初は苦しかった。なんで俺、周りのみんなと違うのかなって。でも、母のつらそうな顔を見る度に俺しかいない、この人には俺だけなんだ、って自分を奮い立たせました」
「ずいぶんと苦労なされたんですね」
「どうだろう。俺にはそれが普通だったから。でも時々記憶が混濁する時がある。母がなくなってからは抜け殻みたいな毎日で、華子はなこって名前の恋人が居たこともあったんですけど、その子も気づくと居なくなってしまった。大学で仲良くしてくれた友人も、借金を残していなくなっちゃうし、家にはひっきりなしに借金取りが。会社にも居づらくなってクビになって……本当、踏んだり蹴ったりの人生です」
 
 海里は苦笑しながら彩美が淹れた2杯目の珈琲を口にした。
 
 大食堂の振り子時計が、刻一刻と時を刻む。
 
「俺なんかでも、綺麗な景色に見えるかな。もしかしたら俺には、万華鏡の世界ですら綺麗に思えないかもしれない」
 
 彩美は言葉が出なかった。どう声をかけようか考えあぐねているうちに、そのに耐えられなくなり、どうでもいい話題を無理くり引っ張り出す。
 
「そういえば、野中さんはフィギュアが趣味とか」
「ああ。実をいうとそれもよく分からないんですよね。確かに家でコレクションしていたのはそうなんですけど、借金返済の足しにしようと売りに出した業者には、なぜだか持ち帰るように言われてしまって。俺、なんであんなもん作ってたのかな」
 
 また、会話が止まる。すると今度は海里の方がを埋めるべく、思い切った提案を口に出した。
 
「あの。もし、よかったらなんですけど。このやかたを出た後も、俺と仲良くしてもらえませんか?」
 
 彩美は海里の顔をしっかり見つめ、次の言葉を待つ。
 
「俺、この契約で報酬をもらったら、人生一からやり直すつもりでいます。ちゃんと就職先を見つけて、今度こそヘマしないように、慎重に生きていきたい。その隣に彩美さんがいてくれたら、もっと頑張れる気がするんだけど」
 
 彩美さん。そう名前を呼ばれたことで、彩美の耳は途端に赤く染まる。海里は首まで真っ赤だった。
 
「あの、野中さんて——」
 
 その時。大食堂のひらいている戸を誰かが2回、ノックした。
 
「おふたり、ずいぶん仲良くなられたようで」
 
 芹だ。芹は2人に近づくと、彩美の隣に腰掛けた。
 
「すてきな花飾りですね。私にも折り方、教えて頂けますか?」
「ええ、いいですよ」
 
 芹の登場で、海里は途端に居心地が悪くなる。もう冷めきった残りの珈琲を一気に煽ると、海里は席を立った。
 
「じゃあ、俺はこれで」
「おや、お邪魔でしたかね」
「別に」
 
 海里は努めて普通にしたつもりだったが、おそらく不快感は顔に出ていただろう。食堂を後にした海里は、早歩きでフロアを一周するその足を、マスタールームの前で止めた。

 扉に手をかけると、すんなり開く。
 
 再びきびすを返し食堂を覗けば、芹はまだ彩美と談笑しながらナプキンを折っていた。
 
 少しだけなら。そんな気持ちで、マスタールームの扉を開ける。
 
 部屋は至ってシンプルだった。シングルベッドに、小さな丸いガラス製のサイドテーブル。パソコンの乗ったデスクと、その背には壁一面の本棚。
 
 海里は限りある時間を無駄にしないよう、本棚だけに集中して探っていった。
 
 歴史書や語学書、法律の類や果ては料理本まで、あらゆるジャンルの本が並ぶ。その中に、見覚えのある赤茶色の背表紙を見つけた。引き出せば、海里が自室で最初に目にした契約書とまったく同じ六芒星が描かれてある。
 
【CASE,ONE S・OYAGI】
 
 その後には性別、生年月日、住所。そして契約日数が綴られていた。
 
 佐和子に続き、今回の契約者の名前が並ぶ紙面を見て、海里はあることに気がつく。
 
「これって——」
 
 その時、頭上から高い音色が聞こえてきた。ピアノだ。おそらく、この上の客室は相澤千聖の部屋なのだろう。
 
 その曲はどこか病的で、暗く、感情の起伏を促す。得体の知れないナニカが、海里の頭の中をぐるぐると旋回していた。
 
 
 “オマエハ、呪ワレテイル”
 
 
 気持ちの悪い声。海里はピアノの音色から遠ざかるべく、急いで芹の部屋を出る。
 
 中腰で必死に足を動かす海里のその後ろ姿を、大食堂の扉から顔を出し、芹がいぶかしげな表情で眺めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...