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【第2部】愈々
手掛かり
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とあるファミリーレストランの一角。
コップを傾け、もう氷も溶け切りぬるくなったアイス珈琲で喉を潤していると、声を掛けられた。
「あの。そろそろ閉店なんですけど」
申し訳なさそうに、そう小声で言った店員。俺が視線を上げるように横目でみれば、その男性店員はキュッと唇を結んで顎をひく。
「に、2時。閉店時間なんで」
腰に巻くタイプのエプロン。そのお腹辺りに手を重ね、じっとこちらを見つめながら返事を待つ男性店員を、俺はジロリと一瞥した。
それからゆっくりと壁にかけられた時計に目をやると、時刻は1時40分。辺りを見回せば客は俺以外になく、ガラス張りの外は真っ暗で。そのファミリーレストランの看板だけが、強い光を放っていた。
「すみません、遅くまで。すぐに出ます」
俺はそう言うと、ついさっきまで目を通していた厚めの表紙の本を手に取り、鞄にしまおうとする。
「あ。それ」
「え?」
「その人、作家さんだったんですね」
男性店員の指差す先には、俺が持つ本。その背表紙に載っていた著者の写真を見て、彼はさらに続けた。
「権堂薫ですよね、その人」
「彼をご存知なんですか?」
「はい。このファミレスの裏にある喫茶店によく居るんですよ。写真にある特徴的な薄青色の眼鏡に顎髭、間違いないと思います」
「そ、その喫茶店! 何という名前の店ですか?」
突然身を乗り出して詰め寄る俺に、『七海』と名札のついた男性店員は身を引く。
「ええと……」
「店の名前、それから念のためそこへの行き方も。これにメモしてもらえませんか?」
俺は慌てて鞄から出したメモ帳を一枚破り取り、ペンと一緒に七海に押し付ける。
「あなたは?」
「あ。俺、月間モラトリアムって編集部で働いていて」
名刺を差し出せば、七海はそこに書かれた文字と俺の顔を交互に見た。
月間モラトリアム——俺はその編集部で、しがないライターをしている。扱う案件は政治問題から芸能分野に至るまで様々だが、俺の居る部署が担当する事案は少々変わっていた。
「怪奇現象や心霊現象なんかを調べているんです。それでこの本、権堂薫が書いた“万華鏡の館”ってタイトルなんですけど、中に書かれてあることが妙に気になって。謎のメールに、謎の館。その館はこの世界とは別次元に存在して、契約者はそこで過ごす代わりに多額の現金を受け取れるっていう」
話を続ける最中、七海はチラチラと視線を迷わせたが、俺はそんなことよりも自身の思いを口に出すことに集中していた。
なんせこの案件に目を付け始めてから、初めての手がかりを見つけられたのだから。
「最後に一文、当然フィクションだって書いてはあるんです。あるんですけど、でも、俺はそれだけじゃ納得できない何かを感じてて。調べてびっくり。なんと、この小説に出てくる人物たちは皆実在したんですよ! それも、そのほとんどが行方不明なんです」
「はあ」
「いやね、主人公として描かれている野中海里って男が居まして。海里の思考は歪んでいて、その海里を嵌めるために例の喫茶店の店主である芹って人物がメールを送るんですよ。『あなたの人生、高額買取り致します』って」
「あの」
「それでね、ここ……この一文みてください。野中海里が契約書に手を添えた瞬間に、青緑の光が左手を突き抜けて、同時に左手の甲に十字の模様が浮かび上がる。ね? これは絶対、絶対に怪奇現象でしょう?! 館前の石像も気になるし」
「あ、あの!」
見開きにした本を七海に向けていた俺は、眉を上げて口を開いた状態で制止する。
目の前の七海は時計を指差し、それから俺が渡したメモの切れ端をテーブルの上に置いた。
「もう、2時過ぎるんで。出てもらえます?」
「あ……」
すみません、と頭を下げた。
俺はテーブルに置かれた紙を急いで手に取り、身支度を済ませてから立ち上がる。
ソファとテーブルの隙間を横歩きし、中腰のまま会計カウンターへ。後からついてきた七海が手際よく会計を済ませれば、踵を返して出入り口へと向かった。
あの、と。七海は三度俺にそう問いかけ、引き止める。
「さっきの話。その本にはフィクションって書いてあるんですよね? 作り話じゃないんですか? ただの物語でしょう」
「それは……」
「余計なことは言いたかないんですけど。その本を書いた権堂薫って人、あんまり信用ならないと思いますよ」
「どうして?」
俺がそう即座に切り返せば、七海は一瞬眉を上げる。それから一つ咳払いをすると、面倒臭そうなに伏せ目で言った。
「まあ、会えばわかります」
コップを傾け、もう氷も溶け切りぬるくなったアイス珈琲で喉を潤していると、声を掛けられた。
「あの。そろそろ閉店なんですけど」
申し訳なさそうに、そう小声で言った店員。俺が視線を上げるように横目でみれば、その男性店員はキュッと唇を結んで顎をひく。
「に、2時。閉店時間なんで」
腰に巻くタイプのエプロン。そのお腹辺りに手を重ね、じっとこちらを見つめながら返事を待つ男性店員を、俺はジロリと一瞥した。
それからゆっくりと壁にかけられた時計に目をやると、時刻は1時40分。辺りを見回せば客は俺以外になく、ガラス張りの外は真っ暗で。そのファミリーレストランの看板だけが、強い光を放っていた。
「すみません、遅くまで。すぐに出ます」
俺はそう言うと、ついさっきまで目を通していた厚めの表紙の本を手に取り、鞄にしまおうとする。
「あ。それ」
「え?」
「その人、作家さんだったんですね」
男性店員の指差す先には、俺が持つ本。その背表紙に載っていた著者の写真を見て、彼はさらに続けた。
「権堂薫ですよね、その人」
「彼をご存知なんですか?」
「はい。このファミレスの裏にある喫茶店によく居るんですよ。写真にある特徴的な薄青色の眼鏡に顎髭、間違いないと思います」
「そ、その喫茶店! 何という名前の店ですか?」
突然身を乗り出して詰め寄る俺に、『七海』と名札のついた男性店員は身を引く。
「ええと……」
「店の名前、それから念のためそこへの行き方も。これにメモしてもらえませんか?」
俺は慌てて鞄から出したメモ帳を一枚破り取り、ペンと一緒に七海に押し付ける。
「あなたは?」
「あ。俺、月間モラトリアムって編集部で働いていて」
名刺を差し出せば、七海はそこに書かれた文字と俺の顔を交互に見た。
月間モラトリアム——俺はその編集部で、しがないライターをしている。扱う案件は政治問題から芸能分野に至るまで様々だが、俺の居る部署が担当する事案は少々変わっていた。
「怪奇現象や心霊現象なんかを調べているんです。それでこの本、権堂薫が書いた“万華鏡の館”ってタイトルなんですけど、中に書かれてあることが妙に気になって。謎のメールに、謎の館。その館はこの世界とは別次元に存在して、契約者はそこで過ごす代わりに多額の現金を受け取れるっていう」
話を続ける最中、七海はチラチラと視線を迷わせたが、俺はそんなことよりも自身の思いを口に出すことに集中していた。
なんせこの案件に目を付け始めてから、初めての手がかりを見つけられたのだから。
「最後に一文、当然フィクションだって書いてはあるんです。あるんですけど、でも、俺はそれだけじゃ納得できない何かを感じてて。調べてびっくり。なんと、この小説に出てくる人物たちは皆実在したんですよ! それも、そのほとんどが行方不明なんです」
「はあ」
「いやね、主人公として描かれている野中海里って男が居まして。海里の思考は歪んでいて、その海里を嵌めるために例の喫茶店の店主である芹って人物がメールを送るんですよ。『あなたの人生、高額買取り致します』って」
「あの」
「それでね、ここ……この一文みてください。野中海里が契約書に手を添えた瞬間に、青緑の光が左手を突き抜けて、同時に左手の甲に十字の模様が浮かび上がる。ね? これは絶対、絶対に怪奇現象でしょう?! 館前の石像も気になるし」
「あ、あの!」
見開きにした本を七海に向けていた俺は、眉を上げて口を開いた状態で制止する。
目の前の七海は時計を指差し、それから俺が渡したメモの切れ端をテーブルの上に置いた。
「もう、2時過ぎるんで。出てもらえます?」
「あ……」
すみません、と頭を下げた。
俺はテーブルに置かれた紙を急いで手に取り、身支度を済ませてから立ち上がる。
ソファとテーブルの隙間を横歩きし、中腰のまま会計カウンターへ。後からついてきた七海が手際よく会計を済ませれば、踵を返して出入り口へと向かった。
あの、と。七海は三度俺にそう問いかけ、引き止める。
「さっきの話。その本にはフィクションって書いてあるんですよね? 作り話じゃないんですか? ただの物語でしょう」
「それは……」
「余計なことは言いたかないんですけど。その本を書いた権堂薫って人、あんまり信用ならないと思いますよ」
「どうして?」
俺がそう即座に切り返せば、七海は一瞬眉を上げる。それから一つ咳払いをすると、面倒臭そうなに伏せ目で言った。
「まあ、会えばわかります」
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