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CASE:1
故に
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「あり得ません! 主人はダイビングの資格を持っているんですよ? 海の怖さは誰よりもわかっているはずです。それを酔っ払って、しかも夜中に海に落ちるなんて! そんな馬鹿な話」
「そう言われましてもね、奥さん。これが事実なんですよ。よく言うでしょう? 泳ぎのうまい人だって、溺れてしまうこともあるんです。それにアルコールまで入っていたらそりゃ、ねえ」
「嘘です」
「嘘?」
「主人は一滴もお酒を飲みません!」
ダンっ、と長テーブルを叩きつける佐和子。その様子に臆することなく、担当刑事は持っていたボールペンの背で顳顬を掻いた。
「飲めないのに飲んだから、今度みたいなことになったのではないですか?」
「だから、もっとちゃんと調べてください。主人は誰かに殺されたんです。現在進行形で担当している案件だってあったし、つい1週間前にも変な電話が掛かってきて——」
「現在進行形の案件って、例のラブホテル殺人事件の?」
「ええ」
「その件、ご主人はとっくに担当を外されていますよ」
刑事の言葉に、佐和子は一瞬固まる。
「そんな、どうして」
「どうもご主人は依頼人……つまり被疑者を唆す傾向があったようでしてね。なかなかスムーズに話が進まなかったところを、別の弁護士が案件を引き継ぐことに」
「それはいつの話ですか」
「1ヶ月くらい前だと聞いていますが」
佐和子は気力を失うように頭を振る。その姿を見て、刑事はトドメを刺す如く佐和子に言い放った。
「なにか、家庭内でのトラブルに心当たりはありませんか? ほら、最近ずっと家にも帰っていなかったんでしょう、ご主人」
(あり得ない、あり得ないあり得ない!)
勝紀は最近まで、確実に事件を追っていた。それは佐和子が最後にもらった電話、そして例の茶封筒にあった資料の内容からも間違いない。
不審な事故死、刑事の態度、気遣いのないその姿勢。
何もかもが不快で仕方がなかった。
それでも佐和子は怒り出したい感情を必死に抑え、冷静を装うと声を絞り出す。
「あの。ひとつお伺いしても宜しいですか」
「答えられることでしたら」
「主人が降ろされたという裁判、その後はどうなったんでしょうか」
刑事がそばに居た部下に目をやれば、部下は小さく頷く。その反応を見て、刑事は再び佐和子に向き直した。
「お教えしますよ。まあ、すぐにメディアも報道するでしょうしね。女子高生ラブホテル殺害事件の犯人、早船暁人には6年8ヶ月の実刑判決が下りました。早船は未成年ということもあり少年刑務所へ。当初はもう少し短い刑期が予想されたようですが、あなたのご主人が担当していた当時、頑なに罪を認めなかったことが足を引っ張ったようです」
嫌味の止まらない刑事を、佐和子が睨む。
「質問が以上でしたら、どうぞお帰りを。奥様も色々とお疲れでしょう。今はゆっくりお休みになった方がいい」
刑事が立ち上がると、パイプ椅子が床に擦れる音が下品に響いた。立ち去る刑事の代わりに、今度はその部下が佐和子に近づく。
その後マニュアル通りに対応された佐和子は、掃き出されるようにして警察署を追われた。
◇◇◇
「先輩、良かったんすか?」
「なにが」
「刑事だって嘘までついて、遺族に接見するなんて。あの奥さん、相当参ってましたよ」
「良いんだよ」
先輩と呼ばれた男は、下品にほくそ笑む。
「俺はこの件の先行きを全面的に任されてんだ。それにあそこまで言えば、おばさんも諦めるだろう、色々と。先手を打ったんだよ」
男はそう言うと、ポケットから取り出したバッジを襟元に取り付けた。
金色に縁取られた白い羽のようなものが四つ、その中心には赤い石が光る。
「世の中には、知らない方が幸せなことが山ほどあるんだよ」
「そう言われましてもね、奥さん。これが事実なんですよ。よく言うでしょう? 泳ぎのうまい人だって、溺れてしまうこともあるんです。それにアルコールまで入っていたらそりゃ、ねえ」
「嘘です」
「嘘?」
「主人は一滴もお酒を飲みません!」
ダンっ、と長テーブルを叩きつける佐和子。その様子に臆することなく、担当刑事は持っていたボールペンの背で顳顬を掻いた。
「飲めないのに飲んだから、今度みたいなことになったのではないですか?」
「だから、もっとちゃんと調べてください。主人は誰かに殺されたんです。現在進行形で担当している案件だってあったし、つい1週間前にも変な電話が掛かってきて——」
「現在進行形の案件って、例のラブホテル殺人事件の?」
「ええ」
「その件、ご主人はとっくに担当を外されていますよ」
刑事の言葉に、佐和子は一瞬固まる。
「そんな、どうして」
「どうもご主人は依頼人……つまり被疑者を唆す傾向があったようでしてね。なかなかスムーズに話が進まなかったところを、別の弁護士が案件を引き継ぐことに」
「それはいつの話ですか」
「1ヶ月くらい前だと聞いていますが」
佐和子は気力を失うように頭を振る。その姿を見て、刑事はトドメを刺す如く佐和子に言い放った。
「なにか、家庭内でのトラブルに心当たりはありませんか? ほら、最近ずっと家にも帰っていなかったんでしょう、ご主人」
(あり得ない、あり得ないあり得ない!)
勝紀は最近まで、確実に事件を追っていた。それは佐和子が最後にもらった電話、そして例の茶封筒にあった資料の内容からも間違いない。
不審な事故死、刑事の態度、気遣いのないその姿勢。
何もかもが不快で仕方がなかった。
それでも佐和子は怒り出したい感情を必死に抑え、冷静を装うと声を絞り出す。
「あの。ひとつお伺いしても宜しいですか」
「答えられることでしたら」
「主人が降ろされたという裁判、その後はどうなったんでしょうか」
刑事がそばに居た部下に目をやれば、部下は小さく頷く。その反応を見て、刑事は再び佐和子に向き直した。
「お教えしますよ。まあ、すぐにメディアも報道するでしょうしね。女子高生ラブホテル殺害事件の犯人、早船暁人には6年8ヶ月の実刑判決が下りました。早船は未成年ということもあり少年刑務所へ。当初はもう少し短い刑期が予想されたようですが、あなたのご主人が担当していた当時、頑なに罪を認めなかったことが足を引っ張ったようです」
嫌味の止まらない刑事を、佐和子が睨む。
「質問が以上でしたら、どうぞお帰りを。奥様も色々とお疲れでしょう。今はゆっくりお休みになった方がいい」
刑事が立ち上がると、パイプ椅子が床に擦れる音が下品に響いた。立ち去る刑事の代わりに、今度はその部下が佐和子に近づく。
その後マニュアル通りに対応された佐和子は、掃き出されるようにして警察署を追われた。
◇◇◇
「先輩、良かったんすか?」
「なにが」
「刑事だって嘘までついて、遺族に接見するなんて。あの奥さん、相当参ってましたよ」
「良いんだよ」
先輩と呼ばれた男は、下品にほくそ笑む。
「俺はこの件の先行きを全面的に任されてんだ。それにあそこまで言えば、おばさんも諦めるだろう、色々と。先手を打ったんだよ」
男はそう言うと、ポケットから取り出したバッジを襟元に取り付けた。
金色に縁取られた白い羽のようなものが四つ、その中心には赤い石が光る。
「世の中には、知らない方が幸せなことが山ほどあるんだよ」
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