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CASE:1
パンドラの茶封筒
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するとその間からハラリと、一枚の紙が落ちる。
佐和子が手に取れば、その紙はネットの記事を印刷したもので、そこには先ほどと同様目元を塗りつぶされた隠し撮りであろう写真と、その下に『Tさん』と記載があった。
他にもKさんにMさん。彼女たちは皆、早船暁人に弄ばれた女の子だと、その紙には書かれてある。
「……あら、この子」
佐和子はふと3枚目の顔写真を手にすると、写真とネット記事の紙とを両手に掲げ、交互に見比べ始めた。
「やっぱり。この記事の子と、この写真の子。同じ子だわ」
それは『Mさん』と記載のある、ポニーテールの女の子だった。記事では目元が隠されているが、写真の目は胡桃のようにまんまるで、引っ詰めた髪型からか若干目尻が吊り上がっている。
写真を裏返せば、そこには江畑マリアと名前があった。
佐和子は顎に手を当て、呟く。
「なんか知ってる気がするのよね、この子」
そう口に出しながら。佐和子はこの時、自分が探偵にでもなれたかのような、妙な心地よさに陥っていた。
佐和子が開けてしまったパンドラの箱は、夫勝紀が集めた重要な証拠。だが、それをこうして金庫にしまおうとしている以上、この証拠たちには現状使い道がないことが予想される。
「……そうよ。勝紀でも気づかなかったことに、妻である私の視点で何かわかる事があるかもしれないじゃない」
ちょうど、刑事でもなんでもない主婦が事件を解決する2時間ドラマを、佐和子は昨日観たばかりだ。
床に並んだ資料を眺め、手掛かりを探る佐和子。やはり昨日観たドラマの主人公である主婦も、そうして真実を導き出していた。
「この最後の写真の男性は誰なのかしら。名前は——」
だがこの佐和子の探偵ごっこは、ドラマのように2時間も続かない。
「段田……慎、之介……」
開けてしまった、パンドラの箱。
「段田って、そんなまさか」
それは佐和子が封印し続けた、自身の過去を呼び覚ましてしまう。
佐和子は名前の記載された裏面から、再び表へと写真をひっくり返した。
骨張った頬に大ぶりな鼻。メガネの奥の瞳は曇っていて、あまり印象の良い顔ではない。
そしてその印象の悪さは、佐和子自身の記憶に紐づけられている。
佐和子は混乱する頭の中で、写真の男と記憶に眠る男の顔とを照らし合わせていた。
「ち、違うわ。そんなはずない。だって勝紀が、彼の存在を知るはずないんだもの」
佐和子は床に広げた資料を雑にかき集め、乱暴に茶封筒へと戻していく。
封筒を金庫へ突っ込み、今度こそしっかり施錠した。
そうして、頭に浮かぶ疑問を無理やり打ち消すように床下の板を元に戻すと、佐和子は自分の行いを心底後悔する。
「……お水。花に、お水あげなくちゃ」
佐和子は再び庭に出た。勢いよく捻った蛇口から出た水が、如雨露の底を打ち付ける。バチンバチンと音を立てて、如雨露の中はものの数秒で満たされた。
その最中、リビングでは三度電話が鳴る。
佐和子は気付いた。だが気づかないふりをした。窓1枚隔てた向こうで響くコール音を背にしながら、佐和子は地面の花へと視線を落とし続ける。
後から思えば。この時の電話に、佐和子は出るべきだったのかもしれない。
何故ならこの電話が勝紀からだった場合、それは重要な何かを伝える為で。更に言えばこの電話が、佐和子が勝紀に真相を訊く最後のチャンスだったのかもしれないからだ。
この日から6日後、勝紀は死体で発見される——
佐和子が手に取れば、その紙はネットの記事を印刷したもので、そこには先ほどと同様目元を塗りつぶされた隠し撮りであろう写真と、その下に『Tさん』と記載があった。
他にもKさんにMさん。彼女たちは皆、早船暁人に弄ばれた女の子だと、その紙には書かれてある。
「……あら、この子」
佐和子はふと3枚目の顔写真を手にすると、写真とネット記事の紙とを両手に掲げ、交互に見比べ始めた。
「やっぱり。この記事の子と、この写真の子。同じ子だわ」
それは『Mさん』と記載のある、ポニーテールの女の子だった。記事では目元が隠されているが、写真の目は胡桃のようにまんまるで、引っ詰めた髪型からか若干目尻が吊り上がっている。
写真を裏返せば、そこには江畑マリアと名前があった。
佐和子は顎に手を当て、呟く。
「なんか知ってる気がするのよね、この子」
そう口に出しながら。佐和子はこの時、自分が探偵にでもなれたかのような、妙な心地よさに陥っていた。
佐和子が開けてしまったパンドラの箱は、夫勝紀が集めた重要な証拠。だが、それをこうして金庫にしまおうとしている以上、この証拠たちには現状使い道がないことが予想される。
「……そうよ。勝紀でも気づかなかったことに、妻である私の視点で何かわかる事があるかもしれないじゃない」
ちょうど、刑事でもなんでもない主婦が事件を解決する2時間ドラマを、佐和子は昨日観たばかりだ。
床に並んだ資料を眺め、手掛かりを探る佐和子。やはり昨日観たドラマの主人公である主婦も、そうして真実を導き出していた。
「この最後の写真の男性は誰なのかしら。名前は——」
だがこの佐和子の探偵ごっこは、ドラマのように2時間も続かない。
「段田……慎、之介……」
開けてしまった、パンドラの箱。
「段田って、そんなまさか」
それは佐和子が封印し続けた、自身の過去を呼び覚ましてしまう。
佐和子は名前の記載された裏面から、再び表へと写真をひっくり返した。
骨張った頬に大ぶりな鼻。メガネの奥の瞳は曇っていて、あまり印象の良い顔ではない。
そしてその印象の悪さは、佐和子自身の記憶に紐づけられている。
佐和子は混乱する頭の中で、写真の男と記憶に眠る男の顔とを照らし合わせていた。
「ち、違うわ。そんなはずない。だって勝紀が、彼の存在を知るはずないんだもの」
佐和子は床に広げた資料を雑にかき集め、乱暴に茶封筒へと戻していく。
封筒を金庫へ突っ込み、今度こそしっかり施錠した。
そうして、頭に浮かぶ疑問を無理やり打ち消すように床下の板を元に戻すと、佐和子は自分の行いを心底後悔する。
「……お水。花に、お水あげなくちゃ」
佐和子は再び庭に出た。勢いよく捻った蛇口から出た水が、如雨露の底を打ち付ける。バチンバチンと音を立てて、如雨露の中はものの数秒で満たされた。
その最中、リビングでは三度電話が鳴る。
佐和子は気付いた。だが気づかないふりをした。窓1枚隔てた向こうで響くコール音を背にしながら、佐和子は地面の花へと視線を落とし続ける。
後から思えば。この時の電話に、佐和子は出るべきだったのかもしれない。
何故ならこの電話が勝紀からだった場合、それは重要な何かを伝える為で。更に言えばこの電話が、佐和子が勝紀に真相を訊く最後のチャンスだったのかもしれないからだ。
この日から6日後、勝紀は死体で発見される——
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