【完結】万華鏡の館 〜あなたの人生、高額買取り致します〜

千鶴

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CASE:1

スペードの6

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 佐和子は頭の中で浮遊するパズルのピースを繋ぎ合わせると、ようやく夫である勝紀が殺されなければならなかった理由を悟った。
 
「……主人は気付いたんですね。なにもかも。だからずっと依頼人である早船暁人に寄り添い続けた。だって、冤罪を作り出すわけにいかないもの」
 
 芹が頷く。
 
「たったひとり。ご主人だけが善に直向ひたむきでした。証拠を集め、真実に近づき……でもあと一歩のところまで来て、その志は折れてしまった。あなたという人質を取られてしまった為です」
 
 芹の口から発せられた事実は、佐和子の胸の奥の繊細な部分を引っ掻いた。
 
 勝紀が最後に寄越した電話。佐和子の身を案じての行動制限。1人の少年の無実を晴らすべく弁護士としての使命を全うしたい、ただそれだけの勝紀の正義は、長年連れ添った愛する者への利己を前に沈んだ。
 
「事務所は荒らされ、証拠となる映像データも紛失。それでも最後の望みをかけて、ご主人は相澤光正に会いに行った。あとは……お伝えした通りです」
 
 佐和子は視線を散らしながら唇をひと舐めすると、数回まばたききを繰り返す。手持ち無沙汰を解消するようにテーブルの一万円をかき集め始めたが、何かを思いついたようですぐに動きを止めた。
 
「映像データ?」
 
 そう呟いた佐和子の視線は芹と噛み合ってはいない。膝を立て、その膝を支えに手をついて立ち上がると、佐和子は台所を目指す。
 
 台所はリビングから引き戸を開ければ直ぐだ。佐和子は廊下を軋ませながら目的の場所まで行くと、リビングにのテーブルに座る芹を背にしてしゃがみ込んだ。
 
 床下の板を開け、金庫のダイヤルを回す。カチッと音が鳴り開かれたその中から、佐和子は迷わず茶封筒を取り出した。
 
「確かこの中にDVDディスクが——」
 
 そう言って茶封筒を逆さにして振る。パサパサと落ちた資料と共に、DVDの入ったプラスチックケースの床に落ちる音が、芹にも伝わった。
 
「大柳様、それはもしやご主人が残した大事な切り札では? 中身の映像が証拠になれば、今からでも早船暁人の冤罪を証明できるかもしれませんよ」
 
 芹が佐和子の背中に声をかけるも、返事はない。ほんの数秒の沈黙の後、佐和子は芹に背を向けたまま口を開く。
 
「芹さん……あなた筑田恵さんを殺した本当の犯人の名前、ご存知?」
「ええ」
「それって、段田慎之介だんだしんのすけ?」
 
 芹はテーブルに向かって座ったまま、顔だけを佐和子に向けた。
 
「その通りです。もしかして、お手元に資料が?」
「あります」
「ならばその資料と映像をマスコミに——」
「それはできないわ」
 
 芹の提案を食い気味に否定した佐和子は、その場にすっくと立ち上がると、静かにリビングへと戻る。
 
 そして小さい何かをテーブルに放った。
 
「これは?」
「私の、罪」
 
 罪——
 
 それはまだ、勝紀と結婚する前。遠い昔に犯した、たった一度の過ち。苦い思い出。
 
 もうとっくに風化したはずの罪が、思わぬ形で佐和子の元に帰ってきてしまった。
 
「このカードは、私が彼に残した置き土産と同じもの。お揃いなの。せめてもの幸せを願い、贖罪の意味を記した、間違いなく私の作ったカードよ」
 
 テーブルに乗ったのは手作りのトランプカード。マークはスペード、数字は6。その中央には“ごめんね”と文字が書かれてある。
 
「段田慎之介はその昔、私が不倫の末に身籠った、この腹を痛めて産んだ唯一の子供なんです」
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