【完結】カエルレア探偵事務所《下》 〜ねじれ鏡の披露宴〜

千鶴

文字の大きさ
42 / 122
第一部

崩れゆく三越の先へ

しおりを挟む
 前を走る遥の背中に向かって、拓郎が言う。
 
「なあ、一体どこに行くっていうんだよ! 屋敷内をウロウロするより外に出た方がいいんじゃ」
「翔太! そこの右側の、その扉! 開けられる?」
「やってみます!」
 
 翔太が肩から逸士の腕を外せば、逸士は力無くその場に尻をつく。
 
 急いで遥に言われた扉の前まで行くと、ドアノブ付近で指を弾いた。
 
「……だめだ。やっぱり呪力が使えない。鍵が掛かってて開かないっすよ、この扉」
「じゃあ力ずくで」
 
 遥は未だに微震する足元に気をつけながら、廊下に設置された消火器を手に取ると、先ほどの扉のノブに向かって振り降ろす。
 
 ガキンっ、と鈍い音と同時に、金色に装飾されたノブが床に転がった。
 
「先輩、やりますね」
「いいからほら、逸士さん連れてきて。拓郎さんもこちらに来てください!」
 
 室内。その空間は二十畳ほどの広さがあるにも関わらず、目につく家具は少ない。
 
 介護用のリクライニングベッドは隅に追いやられるようにして置かれ、その隣には錆びた点滴スタンド、それから奥には薬剤の瓶が淋しげに並んだ棚がある。透き通った褐色の瓶はいくつか横向きに倒れ、蓋もない。
 
 天井や壁は埃っぽく、もう何年も手入れのされていない様子の室内。だが唯一、手前に置かれた黒い机と背もたれの高い椅子だけには埃が被っていなかった。
 
 机の上には、古めかしいパーソナルコンピュータ。その上部に取り付けられたカメラが向く先の壁には、そこだけ真四角に切り取られたように昭和レトロな模様が描かれていた。
 
「へえ。ここが義実よしざねさんの……あ、アレっすね、例の押し入れ」
 
 翔太が示した先には、襖が八枚。そのひとつずらされた襖の裏が、ペロッと剥がされているのが見える。
 
「この裏に、すみれさんの手記が?」
「うん」
「でも、もう手記は取り出したんですよね。他にもまだ何かあるんすか?」
「うん。出口」
「出口?」
 
 遥に言われ、翔太は押し入れの中を覗き込む。だがその中には湿気のこもった空間があるだけで、上下左右に板張り。当然、道などない。
 
「この部屋には窓もないし、出口なんてもの見当たりませんけど」
「ねえ翔太。さっき、私がどうして天音さんを警戒できたか分かる?」
 
 遥はずらされた襖を閉めると、頭を動かして襖の模様を確認しつつ、言葉を続けた。
 
「すみれさんにヒントをもらったの」
「それって手記にあった“使用人”が、天音さんだって気づいたことすか?」
「それだけじゃない。すみれさんは脅迫状に使った新聞記事にもちゃんと意味を持たせていた。翔太、その一番左の襖と三番目の襖、外して入れ替えて」
 
 指を差し言えば、翔太は遥の言う通りに襖を外す。
 
「二〇二一年、二月三日。この日付は勿論、菊田大がこの三越邸に訪れた日付を示す。そして更に、使われた記事の内容をピックアップしてみると」
 
 新型コロノウイルス 脅威
 岸田総理就任 安寧渴求
 蔓延防止処置 発令
 
「これ。この部分の文にだけ、わざわざ手書きでふりがなが振ってあるでしょう?」
「……本当だ」
「“コロノ”のカタカナにまで、わざわざひらがなが振ってあるのは不自然。そしてそのふりがなは、表面の脅迫文同様、少しずつ傾いている。それを例にならって、今度は左回りに並べ替えてみる。あ、翔太。次は二番目と六番目の襖、入れ替えて」
 
 襖を動かす翔太に代わって、拓郎がその文字を机に置かれた小さなメモ帳に書き起こす。
 
 “あまねにころされる”
 “だっしゅつ”
 “いれかえ”
 
「このすみれさんの暗号のおかげで、私は天音さんの行動を注視することが出来た。そしてこの部屋の押し入れの襖を最初に見たとき。それまで分からなかった“入れ替え”の文字の意味にピンと来たの。それは、この八枚の襖の模様が妙にチグハグだったから」
「先輩、次は?」
「四番目と八番目。それで最後だよ」
 
 元は白と茶色、それから黒や金の斑点が細い筆の先で描かれたような、おもむきのあるただの模様であった。だが、そこに現れたのは——
 
「これ、犬すか?」
 
 突き出た鼻に、大きく裂けた口。一歩踏み出そうと上がった右足は筋肉質で、その瞳は黄色に光る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...