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第一部
行くしかない
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「……犬じゃない。狼だ」
そう応えたのは逸士だった。同時に脱力していた身体を起こし、立ち上がる。
その顔からは先ほどまでの狼狽えた表情は消え、どうやらなにか吹っ切れたようだと翔太は感じた。
「狼はこの三越の守り神なんだ。正しい行いをする者を守り、悪者は罰する。神獣ってやつさ。まあ今となっちゃそんな話、どうでもいいか」
向かって右を向く狼の、その持ち上がった右前足の爪の先。遥がその先を視線で辿ると、壁の色が一部分くすんでいることに気がついた。
徐に、触れる。
するとガツっ、と何かがハマるような音が鳴り、微震する屋敷がさらに大きく振動した。
それはまるで、止まってしまった時間が動き出すような。古く軋んだ歯車が、回るような。
襖の狼が、息吹をもった如く震える。
ドアノブが叩き落とされた部屋の入り口、もう閉じることのない扉も、振動に合わせてキィ、と揺れていた。
「翔太、襖を開けて」
言う通りに開ける。
すると目の前に現れたのは、先ほど確認したはずの板張りなどではなく地下へと続く階段。雨が降った影響からか、湿った生ぬるい風がモワリと翔太の身体を通り抜けた。
「……こりゃ確かに出口だ」
遥はポケットから取り出したペンライトを慣れた手つきで点けると、足元を照らす。
「行きますよ」
「え、先に進むんですか!? こんな、どこに出るかも分からない暗い道を?」
「少なくとも、今この屋敷に残るよりは安全な道だと言えます」
「でも……」
遥の言葉に渋る拓郎の肩を、逸士が思い切り両手で叩いた。驚いて振り向く拓郎を優しく押し退けると、逸士は遥の隣に並んで階段の先を見つめながら、言う。
「拓坊、腹を括れ。迷っている時間はないぞ」
「た、拓坊って……」
「いいからほら、怖いんなら俺の服の裾掴んでていいから」
「なっ! お、俺を誰だと思ってる! 天下の羽貞蘭丸だぞ!」
「はいはい、蘭丸ね。それで蘭丸。行くの? それともここに残って、小百合と天音と鬼ごっこでもするか?」
「い、行くよ! 行けばいいんだろう! ああもう、少し恩を返そうとしただけでなんで俺がこんな目に!」
愚痴を言う拓郎を引き連れて。
遥と翔太、それから逸士を含めた四人は、三越義実の部屋に出現した地下の道を行く。先頭には、遥と同じペンライトを持った翔太が立った。
闇の中に飲み込まれていく背中がひとつ、ふたつ。
最後尾を行く遥は、少しばかり階段を降りた先で立ち止まると、手元の明かりを左右に振った。
「これ、かな」
見つけた壁の突起に触れる。すると再び歯車が回る音がして、ゆっくりと背後の板張りが閉じ退路が断たれた。
もう、道は前にしかない。
「せんぱーい! ついて来れてます?」
「うん。大丈夫ー!」
翔太へと返した遥の声は、空間に反響して小さくこだました。
そう応えたのは逸士だった。同時に脱力していた身体を起こし、立ち上がる。
その顔からは先ほどまでの狼狽えた表情は消え、どうやらなにか吹っ切れたようだと翔太は感じた。
「狼はこの三越の守り神なんだ。正しい行いをする者を守り、悪者は罰する。神獣ってやつさ。まあ今となっちゃそんな話、どうでもいいか」
向かって右を向く狼の、その持ち上がった右前足の爪の先。遥がその先を視線で辿ると、壁の色が一部分くすんでいることに気がついた。
徐に、触れる。
するとガツっ、と何かがハマるような音が鳴り、微震する屋敷がさらに大きく振動した。
それはまるで、止まってしまった時間が動き出すような。古く軋んだ歯車が、回るような。
襖の狼が、息吹をもった如く震える。
ドアノブが叩き落とされた部屋の入り口、もう閉じることのない扉も、振動に合わせてキィ、と揺れていた。
「翔太、襖を開けて」
言う通りに開ける。
すると目の前に現れたのは、先ほど確認したはずの板張りなどではなく地下へと続く階段。雨が降った影響からか、湿った生ぬるい風がモワリと翔太の身体を通り抜けた。
「……こりゃ確かに出口だ」
遥はポケットから取り出したペンライトを慣れた手つきで点けると、足元を照らす。
「行きますよ」
「え、先に進むんですか!? こんな、どこに出るかも分からない暗い道を?」
「少なくとも、今この屋敷に残るよりは安全な道だと言えます」
「でも……」
遥の言葉に渋る拓郎の肩を、逸士が思い切り両手で叩いた。驚いて振り向く拓郎を優しく押し退けると、逸士は遥の隣に並んで階段の先を見つめながら、言う。
「拓坊、腹を括れ。迷っている時間はないぞ」
「た、拓坊って……」
「いいからほら、怖いんなら俺の服の裾掴んでていいから」
「なっ! お、俺を誰だと思ってる! 天下の羽貞蘭丸だぞ!」
「はいはい、蘭丸ね。それで蘭丸。行くの? それともここに残って、小百合と天音と鬼ごっこでもするか?」
「い、行くよ! 行けばいいんだろう! ああもう、少し恩を返そうとしただけでなんで俺がこんな目に!」
愚痴を言う拓郎を引き連れて。
遥と翔太、それから逸士を含めた四人は、三越義実の部屋に出現した地下の道を行く。先頭には、遥と同じペンライトを持った翔太が立った。
闇の中に飲み込まれていく背中がひとつ、ふたつ。
最後尾を行く遥は、少しばかり階段を降りた先で立ち止まると、手元の明かりを左右に振った。
「これ、かな」
見つけた壁の突起に触れる。すると再び歯車が回る音がして、ゆっくりと背後の板張りが閉じ退路が断たれた。
もう、道は前にしかない。
「せんぱーい! ついて来れてます?」
「うん。大丈夫ー!」
翔太へと返した遥の声は、空間に反響して小さくこだました。
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