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始まりの物語(上)

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 暖かな日差しをくれる太陽。その太陽に負けじと吹く爽やかな風。泳ぐ魚がよく見えるほどの透き通った海。そしてその中で漂う一隻のゴムボート。

「はぁ、ここは何処なのよ」

「早苗ちゃん、イライラしたらダメだよ。あと少しであの島にたどり着きそうなんだから。みるくちゃん、あともう一回魔法使える?」

「乙葉お姉ちゃん、みるくは大丈夫なの。さっきみたいに「びゅー」って、風さん魔法すればいいんだよね?それとも「びゅーびゅー」のほうがいい?」

「そうね。出来たら「どばぁーー!」って感じで行けるかな?「どばぁーー!」って」

「わかったー」

 そしてみるくと呼ばれた幼女がゴムボートの後ろに回り、両手を前に突き出して「風さん、お願いしまーす」と叫ぶ。

「どばぁーー!」

 風の音とは言い難い効果音がすると、三人が乗るゴムボートが息を吹き返したが如く、大きな水しぶきを上げながら島に向かって突き進む。

「ひゃーー、勢い強すぎるよーー!」

 早苗の悲鳴が辺りに響き、その声に気付いたイルカ達が周りを嬉しそうに跳び跳ねる。

 乙葉とみるくは「イルカは可愛いねぇ」「飛んでる、飛んでる」と呑気な会話を楽しんでいた。

 そして早苗の長い悲鳴とイルカの鳴き声のハーモニーを楽しく聞いているうちに島にたどり着いた三人。

「イルカさん、また遊んでねー」

 みるくは手を振り、乙葉はその光景を微笑ましく眺める。そして早苗は叫び疲れて項垂れていた。

「もうっ!こんなことになったのも、あの駄目天使のせいだわ!今度会ったら文句言ってやるんだから!」

「「そうだね」」

 三人は上陸した砂浜で横一列に並んで座り、遠い目をして今朝の出来事を思い出す。

 ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇

 早苗と乙葉は幼馴染みで親友だ。些細なことから恋愛相談まで、なんでも話し合い一緒に涙する間柄。

 そんな二人はこの春で高校生になる。

 早苗は活発で明るい性格をした女の子。少しだけ茶色のボブカットで背は低め。魅力ある大きな目と口が、大人になった時に素敵な女性になるであろう容姿を想像させる。

 乙葉はおっとりした性格で母性を感じさせる顔付きをしている。長い黒髪で背は高め。少し垂れ目でいつも微笑んでいる口元。そして体型も母性溢れていた。

 その二人は卒業記念旅行がしたいと、あの手この手で親に頼み込み、三日を費やして獲得したのが家から車で一時間ほどの場所。そこは海で遊覧船に乗って半日掛け、島々を巡る旅が出来る有名な観光スポット。

 中学を卒業したばかりの二人には、忘れられない素敵な旅になると想像を膨らませるに足りるものであった。

 そして楽しみにしていた二人旅の当日。

「乙葉、準備は出来てる?早く行くわよ」

 早苗はいつものように勝手に部屋まで上がり込み、寝ている乙葉に声を掛ける。

「早苗ちゃん、まだ6時だよ?出発は8時だよね?楽しみにしてたのは判るけど早すぎるよ~」

 乙葉は文句を言ってるが、その顔は笑顔であった。実は乙葉も何度も起きては時計を見て「まだかな~」と呟いて寝るを繰り返していた。

「ははは、まあ、いいじゃん。さあ起きるのよ。そしてラジオ体操しましょう。目が覚めるわよ」

「ふふふ、小学生みたいね」

「「あはははは」」

 それから二人は本当にラジオ体操をして、朝ごはんを食べ準備を済ませて出発した。

 ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇

 そして今はもう遊覧船の搭乗入口前に居る二人。

 送ってくれた乙葉の母親に手を振って、駆け足で船内に入って行く姿は「まだ子供だよ」と主張していた。

 甲板に出た二人は乙葉の母親を探し、見つけると再び手を振って笑顔で「行ってきまーす」と叫ぶ。そしてお互いを見つめ合い笑い合う。

 これから二人の楽しい旅が始まる。

 船内に戻った二人は向かい合わせになっているボックス席に座り、リュックからお菓子と飲み物を出して話し始める。まるでピクニックに来た子供のようだ。

「なんかピクニックみたいだね。ほら、このお菓子は新発売だったんだよ。食べてみて」

「あー、私もそれ買ったよ。考えること一緒だね」

「「ふふふ」」

 笑いが絶えない二人である。

 冬休みで祭日でもある今日は、家族連れやカップルで賑わっている。座席もほぼ満員だ。

 そして二人の前の空いた席に、母子の二人が座って来た。まだ若い母親と幼い女の子だ。

「ここ、お邪魔しますね」

「「どうぞ~」」

 お互いに軽くお辞儀をし合う四人。そして興味深そうに見る早苗と乙葉。

 優しそうな母親と肩下までの髪でキョトンとした顔が可愛い小学一年生くらいの女の子。少しだけピョコンと跳ねた「あほ毛」が可愛らしい。

 そして可愛いものがなんでも大好きな早苗がすぐさま声を掛けるのであった。

「私は早苗で隣が乙葉よ。二人で来てるの。お嬢ちゃんはお母さんと遊びに来たのね?ほら、このお菓子は新発売なんだよ。食べてごらん?美味しいよ」

「早苗ちゃん、その言い方は変なおじさんみたいで怖いよ~。だから私のをあげるね。はい、どーぞ」

 ちゃっかりしている乙葉であった。

「ふふふ、楽しい二人ね」

「おねーちゃん、ありがとー。私は森長野みるくだよ。今度小学生になるの。スゴいでしょー」

「「森永のみる………」」

「それ以上は駄目よ。何かが危ないから。お願いだから間違えないで。森長野よ。も・り・な・が・の。一文字多いからセーフなの。判った?」

 母親が捲し立てるように喋る。

「そ、そうなんですか。でも、みるくって名前を付けてるって、お茶目な気がするのですが………」

「可愛い名前でしょ?私の父親が付けたの。因みに私の名前も父親が付けたのよ。聞きたい?」

 その母親はとてもいい笑顔で聞いてきた。そして早苗と乙葉は顔を見合わせて、同じ様に首を振る。

「ははは、それは少し怖いような気がします。お母さんと呼んでも………」

「小枝よ。こ・え・だ。フルネームで呼ぶのは控えてね。因みに私の母親は千代子。ち・よ・こ」

「「……………」」

 なんとも返答し難い話である。

 二人は名前の話題をスルーして、他の話題を持ち込んで色々と話をした。それは楽しい時間であった。

 そしてその四人、いや、遊覧船に乗る全員に運命の時が訪れる。

「ズッガーン!」

 大きな衝撃音と共に揺れる船内。そして時間差で聞こえてくる恐怖に染まった声と、慌てて逃げ出す人達の足音や物が壊れる音が船内に響き渡る。

「乙葉、小枝さん、みるくちゃん、私達も甲板に出るわよ!ここは危ないわ!」

 四人は人混みを避けながら甲板に向かう。そしてやっとの事で甲板に出た四人の目に異質なものが映る。

 それは真っ白な空間。

 そして甲板に出た人達が揃って見上げるその先に、絵本やアニメでしか見たことが無い者が居た。それは背中に生えた二対の白くて大きな羽を持った存在。

 俗に言う天使であった。

 そしてその天使は悲しげな表情で話し始める。

「私は天使カルレス。今は時間を止めて皆さんに話し掛けています。そして止められる時間はほんの少しだけ。だから必要最低限の事だけを話します。よく聞いてください」

 早苗達は理解に苦しみ無言になる。それは周りの人達も同様だった。全ての人が次の発言を待ち、無言で立ちすくんでいた。

「私が誤ってあなた達が乗る船の前に、時空の歪みを発生させてしまい、修復不可能な破損を与えてしまいました。この船は必ず沈みます。
 そしてもう一つ。破損した船がそのまま時空の歪みの中に入ってしまい、異世界に転移してしまいました。
 だから救命ボートに乗って避難してください。お詫びとして幾つかのスキルを付与しました。後でステータスで確認してください。
 もう時間が動き出します。説明はここまでです。本当に申し訳ございませんでした」

 そして止まっていた時間の針が動きだした。

 理解出来てない人達。それでも今が危険な状況な事は判る。皆は救命ボートに乗り込み、海面に降ろして船から離れていく。そしてなんと最後まで残るはずの船員や船長までも我先にと逃げ出していた。

 そして悲劇が起きる。

 救命ボートに乗り込む事に遅れた早苗達。最後の一隻に小枝が先に乗り込み、みるくを受け取ろうとした瞬間、他の乗客が降下用のレバーを引いた。

「みるく!待って、まだ娘が乗ってないの!」

「お母さん!」

 母と子は離ればなれになってしまった。

「みるくちゃん、危ない!」

 母親の元に行こうとして飛び降りそうなみるくを早苗が抱き締めて引き倒す。そして乙葉が小枝に向かって大きな声で叫んだ。

「小枝さん、みるくちゃんは私達が必ず守ります。それまで待っていてください」

「あぁ、私のみるく。乙葉さん、お願い!みるくを、みるくを守って!!」

 救命ボートで暴れる小枝を他の乗客達が押さえ、船を離れていく。小枝の悲しみの声が響き渡る。

 そして早苗達は行動を開始する。

「みるくちゃん、私達が必ずお母さんに会わせてあげる。だから今は泣いちゃ駄目。ここから脱出する事だけを考えて。判った?」

 早苗はみるくを抱き締め、優しい声で語り掛けた。

「わかった。みるくは泣かないの」

 そう言ったみるくの瞳は強く輝いていた。

「強い子ね。気に入ったわ」

「早苗ちゃん、ここにゴムボートがあるわ。これで脱出しましょう。こっちに来て!」

 乙葉が指差す先には、四人用のレジャーボートが一つだけあった。船員が救命ボートが不足した時に使用する為にと準備したものだ。

「船は大分沈んでる。このまま待ってると船に巻き込まれるわ。だからゴムボートに乗って飛び降りるわよ。今なら高さも許容範囲内。大丈夫。きっと助かるわ。乙葉!みるくちゃんを抱き締めて!私がゴムボートを押して飛び乗るから!」

 三人でギリギリ端までゴムボートを押し、みるくが先に乗り込み、乙葉が続きみるくを抱き締める。そして早苗が最後の一押しをして乗り込むと、ゆっくりとゴムボートが傾き落ちていく。

「「「きゃーー!」」」

「ザッパーン!」

 最悪が続いていた早苗達に一掴みの幸運が訪れた。

 ゴムボートは三人を弾き飛ばす事もなく、綺麗に海面に着水するのであった。

「なんとか助かったわね。二人とも大丈夫?」

「「大丈夫」」

 そしてオールで漕いで船から離れ、他の救命ボートを探す三人。だが見つかる事はない。

 それはその原因が現れた事で判る。三人の前にはカルレスと名乗った天使が居た。

「あなた達が残ってるとは思わなかった。もう再転移する扉が閉じてしまったわ。そして私に再び扉を開けることは出来ないの。本当にごめんなさい。お詫びにあと一つ追加でスキルを付与するわ。それも特別製のもの。今から欲しいものを頭に思い描きなさい。それが新しいスキルとなるわ」

 そして僅かな時間が過ぎる。

「決まったみたいね。それじゃあ私は消えるわ。ここに放置する私を許してね。もう私には力が無いの」

 カルレスはそう言って静かに消えていった。

 これが早苗達三人に起きた出来事。

 島に無事たどり着いた三人はこれからどうなる?
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