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その3 父との会話
しおりを挟む「お父様、大切なお話があります」
長期休暇に入り、セシリアは領地に戻った。あの夜会から3カ月が経っていた。来月には学園の2年生に進級する。
思いつめた様子のセシリアに、父親も笑顔ではなくまじめな顔に戻り、屋敷内の執務室にある応接スペースへセシリアを誘導した。
「何だい?大切なお話というのは」
「クリスお兄様との婚約を解消していただきたいのです」
セシリアの父マイケルは、おや?という顔をした。前に会ったときはクリスを慕っていたはずのセシリアが『解消』などというのが不思議であった。
「お兄様には、私ではない沢山の愛する方がおります。私は貴族では少数派ですが、結婚したらお父様とお母様のような一対一で愛し合う夫婦になりたいと思っていました。だから、私と婚約しているのに沢山の女性達と浮名を流すお兄様は、到底受け入れられそうにありません」
「知って、いたのか…」
マイケルは眉間を押さえ、溜め息を漏らした。
セシリアは無表情のまま、淡々と話を続けた。
「王都ではかなり有名なお話でしたよ。領地にいらっしゃるお父様がご存じなほどですから…。私は婚約者に浮気される程度レベルの魅力のない令嬢だと思われているでしょうね」
「そんなことはない!セシリアは素晴らしい、自慢の娘だよ。セシリア…、クリスのアレは全て遊びだよ。気にしなくていい」
マイケルはクリスの女遊びを知っていた。
そしてセシリアの学園入学前に、クリスからセシリアが好きだがまだ幼いセシリアには手を出せないし傷つけたくない、と話をされたことがあった。
男の思春期の性欲については理解しているつもりだが、まだ少女と言っていい年齢の娘に手を出すのは流石に早いと思ったマイケルは、どうにか我慢をして欲しい、娘のことは結婚までは手を出さずにいて欲しいと頼んだ。
セシリアを溺愛するクリスに限って婚約解消、とは考えにくいが万が一の時、娘を傷物にして欲しくなかったのもある。それが、他の女で欲を発散するようになったと知り、マイケル自身複雑な心境であり頭を悩ませていた。
「セシリア、結婚前の火遊びだ。大目に見てあげて欲しい」
「どうして?」
「セシリアを傷つけないためなんだ。それに…」
「それに?」
「結婚前に経験を積むのは、悪いことじゃない」
「でも、私は嫌です。お兄様のように沢山の女性と関係を持つような男性なんて、気持ち悪いし…ゾッとします。私を傷つけないためって仰いましたが、既に傷ついています。どうか、クリスお兄様との婚約を解消してください」
「待て、クリスには言っておく。結婚後はセシリア一筋になり大切にしてくれるはずだ。今は、大目に見てやってほしい」
二人がこれまで幼馴染として、婚約者として仲良く過ごしてきたことを知っているマイケルは、このまま婚約解消をしてしまっていいのか現状では判断が出来なかった。
クリスのセシリアへの深い思いや苦悩も知っていたし、セシリアのクリスへの恋心にも気付いていた。
ただ、今のセシリアにクリスへの思いが残っているようには見えなかった。この半年の間に何があったのか、じっくり見極めたいと思ったのだが…。
「…分かりました。クリスお兄様は、私のために沢山の女性たちと経験を積み、愛を交わしていらっしゃるのですね。それを大目に見ろ、と…」
セシリアの目から感情が消えた。セシリアの中で、大好きな父親が大嫌いな父親になった瞬間だった。
「セシリア…」
「もう、いいです。お父様のお考えがよく分かりました」
「クリスは、本当にセシリアを大切に思っているんだよ」
「もう、分かりました。お忙しい中、失礼いたしました」
そう言って、セシリアは父親の執務室から出て行った。母親とは貴族では珍しい恋愛結婚だと聞いていただけに、父親まで貴族らしい考え方をしていた事が心底不快だった。
「私にはクリスお兄様と結婚後に愛を育む…なんて無理…」
セシリアは一筋の涙を流した。一緒にクリスへの思いも涙と一緒に体の外に零れ出ていくような感覚がした。
婚約解消できないのなら、クリスとは「貴族らしい」夫婦となるしかない。決して心を預けたりせず、義務、仕事としてクリスの妻となり後継を生む。
セシリアの恋心や愛し愛される夫婦への理想や憧れは、この時に壊れて無くなったのかも知れない。
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