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ε-エストジール帝国編(後編)
248-Crown
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少し時間は遡る。
帝城の廊下を歩く一人の影があった。
廊下の片側は水槽になっており、魚が泳いでいるのが見えた。
間隔をおいて設置されている照明が、人影の顔を仄かに照らし出す。
それはナスカ...否、シラルドだった。
オリオンに乗っていた時とは似付かない豪奢な服装に身を包み、その顔にふざけた様子は一切無い。
「兄上、いるか」
そして、幾つかのセキュリティドアを通過した後で、シラルドは重々しい木製のドアをノックした。
そこは皇帝専用区画であり、執務室にあたる部分である。
ノックをして入室したナスカを、リアシュが出迎えた。
「兄上、仕事はまだ終わらないのか」
「今日のパーティーで少々無理をしたんだ」
リアシュはアルコール除去剤を使い、パーティー後も仕事をしていた。
その多くは、国庫持ち出しの始末書だ。
ほとんどリアシュに与えられた自由財産の範囲内だが、律儀に申請を出すのがリアシュという人間を表していた。
「五分で終わらせる、待っていろ」
「ああ」
リアシュがキーボードを操作して書類を片付けている間、シラルドは部屋の隅に寄りかかり待つ。
執務室には無駄なものは一切無い。
紙社会を遥か昔に脱却した帝国では、すべての資料はデータで引用できる。
そして執務室には皇帝とその側近以外が入る事はない。
自然と質素になるものだ。
「終わったぞ、行こう」
「ああ」
仕事を終えたリアシュは執務室を後にし、私室にシラルドを招く。
重く豪奢なテーブルの上に、簡易調理器で作ったハムと豆を置き、帝国南部産のホットワインを二人分注ぐ。
「...それで、何があった?」
「そんなのどうでもいいだろ、それより」
リアシュはシラルドに何があったかを知りたがった。
しかし、シラルドの用事は別にあった。
「俺の見つけて来たあの逸材と、結婚しないか?」
「...」
シラルドは真面目にそう言い切った。
それに対してリアシュは何かしらの負の感情を抱いたが、すぐに黙り込む。
「それに関しては、私もそのつもりでいる」
「おお、やっぱりか」
「ただ」
リアシュは一つ前置きをする。
しなければならないと感じたからだ。
「そんなことを言う為にここへ来たのなら、帰ってくれ」
「ああ、飲んだら帰る」
「そもそも、お前は惹かれないのか?」
男としてはかなり魅力的な相手である。
お前が手に入れようとは思わないのか、そういう質問だったが、シラルドの答えは斜め上のものだった。
「ああ、去勢したからもう子は作れない。俺が結婚しても仕方ない」
「...何だと? ...だ、誰にやられた!?」
その政敵を今すぐに失脚させてやる。
そう思い義憤をあらわにしたリアシュだったが。
「俺だ。俺自身が、去勢手術を自分に施させた」
「な、何故...」
「決まってる、兄上の治世を邪魔しない為だ」
それはシラルドにとっては当然のものだった。
だが、その異常性を本人以外は誰もが認識できる事を、彼はまだ知らない。
「お前の存在を理由に、私の治世にけちをつける者など居ない」
「居ないとは言えないだろう、俺はウォルタール人で、皇位継承権第二位だ」
その言葉の意味をわからないリアシュではない。
勢いよく立ち上がり、机を掌で叩く。
部屋に音が響き、揺れたワイングラスからワインが少しこぼれて床に落ちた。
「...俺はそんな事は気にしない!」
「兄上が気にしても、周りは気にする」
何でもない様子でワインを口にするシラルド。
リアシュは理解出来なかった。
自分は兄として、弟を支え守る役割がある。
だというのにシラルドは、自分の領分である貴族たちの暴走を抑える役割を買って出て、勝手に距離をとってしまうのだ。
どうすれば良いのか、リアシュだけでは考え付かなかった。
「...ご馳走様、久々に会えてよかった」
「ああ、また来るといい」
シラルドは席を立つ。
それをリアシュは、複雑な顔で見送った。
帝城の廊下を歩く一人の影があった。
廊下の片側は水槽になっており、魚が泳いでいるのが見えた。
間隔をおいて設置されている照明が、人影の顔を仄かに照らし出す。
それはナスカ...否、シラルドだった。
オリオンに乗っていた時とは似付かない豪奢な服装に身を包み、その顔にふざけた様子は一切無い。
「兄上、いるか」
そして、幾つかのセキュリティドアを通過した後で、シラルドは重々しい木製のドアをノックした。
そこは皇帝専用区画であり、執務室にあたる部分である。
ノックをして入室したナスカを、リアシュが出迎えた。
「兄上、仕事はまだ終わらないのか」
「今日のパーティーで少々無理をしたんだ」
リアシュはアルコール除去剤を使い、パーティー後も仕事をしていた。
その多くは、国庫持ち出しの始末書だ。
ほとんどリアシュに与えられた自由財産の範囲内だが、律儀に申請を出すのがリアシュという人間を表していた。
「五分で終わらせる、待っていろ」
「ああ」
リアシュがキーボードを操作して書類を片付けている間、シラルドは部屋の隅に寄りかかり待つ。
執務室には無駄なものは一切無い。
紙社会を遥か昔に脱却した帝国では、すべての資料はデータで引用できる。
そして執務室には皇帝とその側近以外が入る事はない。
自然と質素になるものだ。
「終わったぞ、行こう」
「ああ」
仕事を終えたリアシュは執務室を後にし、私室にシラルドを招く。
重く豪奢なテーブルの上に、簡易調理器で作ったハムと豆を置き、帝国南部産のホットワインを二人分注ぐ。
「...それで、何があった?」
「そんなのどうでもいいだろ、それより」
リアシュはシラルドに何があったかを知りたがった。
しかし、シラルドの用事は別にあった。
「俺の見つけて来たあの逸材と、結婚しないか?」
「...」
シラルドは真面目にそう言い切った。
それに対してリアシュは何かしらの負の感情を抱いたが、すぐに黙り込む。
「それに関しては、私もそのつもりでいる」
「おお、やっぱりか」
「ただ」
リアシュは一つ前置きをする。
しなければならないと感じたからだ。
「そんなことを言う為にここへ来たのなら、帰ってくれ」
「ああ、飲んだら帰る」
「そもそも、お前は惹かれないのか?」
男としてはかなり魅力的な相手である。
お前が手に入れようとは思わないのか、そういう質問だったが、シラルドの答えは斜め上のものだった。
「ああ、去勢したからもう子は作れない。俺が結婚しても仕方ない」
「...何だと? ...だ、誰にやられた!?」
その政敵を今すぐに失脚させてやる。
そう思い義憤をあらわにしたリアシュだったが。
「俺だ。俺自身が、去勢手術を自分に施させた」
「な、何故...」
「決まってる、兄上の治世を邪魔しない為だ」
それはシラルドにとっては当然のものだった。
だが、その異常性を本人以外は誰もが認識できる事を、彼はまだ知らない。
「お前の存在を理由に、私の治世にけちをつける者など居ない」
「居ないとは言えないだろう、俺はウォルタール人で、皇位継承権第二位だ」
その言葉の意味をわからないリアシュではない。
勢いよく立ち上がり、机を掌で叩く。
部屋に音が響き、揺れたワイングラスからワインが少しこぼれて床に落ちた。
「...俺はそんな事は気にしない!」
「兄上が気にしても、周りは気にする」
何でもない様子でワインを口にするシラルド。
リアシュは理解出来なかった。
自分は兄として、弟を支え守る役割がある。
だというのにシラルドは、自分の領分である貴族たちの暴走を抑える役割を買って出て、勝手に距離をとってしまうのだ。
どうすれば良いのか、リアシュだけでは考え付かなかった。
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それをリアシュは、複雑な顔で見送った。
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