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一緒にいる意味
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カオウはゆっくり目を開けた。
まだぼーっとしている。
(……懐かしい夢みたな)
金色の長い首をもたげて上空を見ると、青い空の下で薄い雲が風に乗って流れていた。その間を泳ぐ空の魔物たちが、物珍し気に龍でもない蛇でもない魔物を見下ろしている。
ずっと脱皮を手伝ってくれていた蛇や蛟たちが言うには、ついに尻尾の先まで完全に脱げたらしいが、まだ頭がぼんやりしている。力も出ない。
ただ、気持ちは穏やかだった。
脱皮に入る前は、頭や体の中に虫がいるんじゃないかと思うくらい身の内で暴れるものが抑えきれなかったのに、今は憑き物が落ちたように鎮まりかえっている。
(どれくらい大きくなったのかな)
自分ではよくわからない。ただ、今までのっぺりとしていた顔にしっかり凹凸ができている気がした。手が小さく生えているような気もする、まだうまく動かせないが。髭は確認できないし、角は……と近くにいた蛇や蛟たちに問いかけると、一様に首を振られた。
そして人の姿に転化したらどうなっているだろうと想像する。
背は伸びているはずだ。顔はツバキの好きな感じになっているといい。
今すぐ転化して確かめたかったが、まだ魔力が足りなかった。
今はゼロに近く、人の言葉を話す力もない。
(吸い取るか)
その辺の魔物の魔力を吸えば早く回復できる。自分より魔力の低い生き物に勝手に印を刻み魔力だけ吸い取ることは、弱肉強食社会の森ではさして珍しいことでもない。
首を動かして、その辺の魔物に触れる。
瞬時に印を与え、魔力を吸いつくす。吸われた魔物は干からびて風化し、消えた。
(まっずい)
微量しかなかった上、すこぶる不味い。
十年以上も極上の魔力を吸い続けていたので、舌が肥えすぎているらしい。
(早くあいつの魔力を吸いたい)
夢で見た小さな少女を思い出す。
ずっと一緒にいると約束したのに、離れてしまった。
昔みたいに泣きじゃくっているだろうか、それとも怒っているだろうか。
愛想をつかされてしまったかもしれない。
離れている間に、誰かに言い寄られているかもしれない。
(それは嫌だな……)
先ほど穏やかだと思ったのにむかむかしてきたので深呼吸をして落ち着かせる。
(だけど……いつか覚悟しないといけないよな)
人は人を好きになる。
龍は龍、もしくはそれに近しい種族を好きになる。
まったく別の種族を好きになるなどありえない。
(人に転化しすぎたのかな)
長い間人の姿でいたため、人に近い考えになってしまったのかもしれない。
カオウは深くため息をついた。
その息で目の前の木々が揺れ、近くにいた魔物が吹き飛ばされる。
(どうしようかな)
このまま離れていた方がお互いのためかもしれない。
ツバキは人と結婚する予定がある。
そもそも寿命も成長速度もまったく違うため、ずっと一緒にはいられない。
それならいっそ、もう会わないほうがいいのだろう。
元々我慢ができない性格だ。次会ってしまったら、二度と手放したくなくなる。
今ならまだ、心にぽっかり穴が開いた気持ちになる程度。苦しくてもまだ埋められる深さのはず。
(また違う世界へ遊びにでも行こうかな)
はあ、と先ほどよりさらに深くため息をついた。
長い息で木々がしなる。
すると。
「きゃあ! 何? 風?」
ぴくっとカオウの耳が動いた。
(嘘だろ)
金色の胴体が長く伸びる方向がなにやら騒がしい。
近くの魔物が騒ぎ始める。
こっちこっちと手招きしている。
「まだ胴体なの? いつになったら顔が見えるの?」
聞き覚えのある声。
ずっと聞きたかった声。
(いや……だめだろ。会ったら)
せっかく諦めようとしていたのに。
今ならまだ、引き返せるかもしれなかったのに。
(なんでこんなに嬉しいって思っちまうんだろう)
ずっと会いたかった。
感情が制御できなくて苦しかったときも。
ずっと会いたくて、近くに置いておきたくて仕方なかった。
あんな別れ方をして、何も言わずに去ってしまって、怒ってると思っていた。
それでも、会いに来てくれた。
(やばいだろ、そんなことされたら)
「え? この先にいるの?」
声が近づいてくる。
カオウは強く強く目を瞑った。
覚悟を決めるしかなかった。すべてのことに。
「あ…………」
声の主が歩を止めた。
「カオウ……?」
おそらく今のツバキの位置からカオウの顔は見えていない。
「蠍。また飛んでくれる? ……うん……そう……ありがとう」
しばらくして、顔のすぐそばに小さな気配を感じる。
「カオウ、聞こえてる? ……え? 話せないの? 魔力がないの?」
とん、と顔の上に降りた感触があった。小鳥が止まるような些細な感触。
「ねえ、寝てるの? 魔力あげるから起きて」
ぺちぺちと叩かれる。くすぐったい。
「もう」
諦めたのか、ごろんと横になったようだ。顔に触れる面積が大きくなる。
「……会いたかった」
(…………!)
思わず薄目を開けた。
だが。
(寝てるー!?)
顔の上ですやすや眠るツバキ。
(このタイミングで寝るか普通!?)
ため息をつきかけたが、動くとツバキが落ちるかもしれないので耐える。
とりあえず蛇たちにツバキをとぐろを巻いた胴体へ寝かせてもらう。
やることは決まっていた。
覚悟も、決めた。
ツバキのカオウに対する想いと、カオウのツバキに対する想いが違うこともわかっている。
──それでも。
(そっちから会いに来たのが悪いんだからな)
カオウはツバキと再び、契約した。
まだぼーっとしている。
(……懐かしい夢みたな)
金色の長い首をもたげて上空を見ると、青い空の下で薄い雲が風に乗って流れていた。その間を泳ぐ空の魔物たちが、物珍し気に龍でもない蛇でもない魔物を見下ろしている。
ずっと脱皮を手伝ってくれていた蛇や蛟たちが言うには、ついに尻尾の先まで完全に脱げたらしいが、まだ頭がぼんやりしている。力も出ない。
ただ、気持ちは穏やかだった。
脱皮に入る前は、頭や体の中に虫がいるんじゃないかと思うくらい身の内で暴れるものが抑えきれなかったのに、今は憑き物が落ちたように鎮まりかえっている。
(どれくらい大きくなったのかな)
自分ではよくわからない。ただ、今までのっぺりとしていた顔にしっかり凹凸ができている気がした。手が小さく生えているような気もする、まだうまく動かせないが。髭は確認できないし、角は……と近くにいた蛇や蛟たちに問いかけると、一様に首を振られた。
そして人の姿に転化したらどうなっているだろうと想像する。
背は伸びているはずだ。顔はツバキの好きな感じになっているといい。
今すぐ転化して確かめたかったが、まだ魔力が足りなかった。
今はゼロに近く、人の言葉を話す力もない。
(吸い取るか)
その辺の魔物の魔力を吸えば早く回復できる。自分より魔力の低い生き物に勝手に印を刻み魔力だけ吸い取ることは、弱肉強食社会の森ではさして珍しいことでもない。
首を動かして、その辺の魔物に触れる。
瞬時に印を与え、魔力を吸いつくす。吸われた魔物は干からびて風化し、消えた。
(まっずい)
微量しかなかった上、すこぶる不味い。
十年以上も極上の魔力を吸い続けていたので、舌が肥えすぎているらしい。
(早くあいつの魔力を吸いたい)
夢で見た小さな少女を思い出す。
ずっと一緒にいると約束したのに、離れてしまった。
昔みたいに泣きじゃくっているだろうか、それとも怒っているだろうか。
愛想をつかされてしまったかもしれない。
離れている間に、誰かに言い寄られているかもしれない。
(それは嫌だな……)
先ほど穏やかだと思ったのにむかむかしてきたので深呼吸をして落ち着かせる。
(だけど……いつか覚悟しないといけないよな)
人は人を好きになる。
龍は龍、もしくはそれに近しい種族を好きになる。
まったく別の種族を好きになるなどありえない。
(人に転化しすぎたのかな)
長い間人の姿でいたため、人に近い考えになってしまったのかもしれない。
カオウは深くため息をついた。
その息で目の前の木々が揺れ、近くにいた魔物が吹き飛ばされる。
(どうしようかな)
このまま離れていた方がお互いのためかもしれない。
ツバキは人と結婚する予定がある。
そもそも寿命も成長速度もまったく違うため、ずっと一緒にはいられない。
それならいっそ、もう会わないほうがいいのだろう。
元々我慢ができない性格だ。次会ってしまったら、二度と手放したくなくなる。
今ならまだ、心にぽっかり穴が開いた気持ちになる程度。苦しくてもまだ埋められる深さのはず。
(また違う世界へ遊びにでも行こうかな)
はあ、と先ほどよりさらに深くため息をついた。
長い息で木々がしなる。
すると。
「きゃあ! 何? 風?」
ぴくっとカオウの耳が動いた。
(嘘だろ)
金色の胴体が長く伸びる方向がなにやら騒がしい。
近くの魔物が騒ぎ始める。
こっちこっちと手招きしている。
「まだ胴体なの? いつになったら顔が見えるの?」
聞き覚えのある声。
ずっと聞きたかった声。
(いや……だめだろ。会ったら)
せっかく諦めようとしていたのに。
今ならまだ、引き返せるかもしれなかったのに。
(なんでこんなに嬉しいって思っちまうんだろう)
ずっと会いたかった。
感情が制御できなくて苦しかったときも。
ずっと会いたくて、近くに置いておきたくて仕方なかった。
あんな別れ方をして、何も言わずに去ってしまって、怒ってると思っていた。
それでも、会いに来てくれた。
(やばいだろ、そんなことされたら)
「え? この先にいるの?」
声が近づいてくる。
カオウは強く強く目を瞑った。
覚悟を決めるしかなかった。すべてのことに。
「あ…………」
声の主が歩を止めた。
「カオウ……?」
おそらく今のツバキの位置からカオウの顔は見えていない。
「蠍。また飛んでくれる? ……うん……そう……ありがとう」
しばらくして、顔のすぐそばに小さな気配を感じる。
「カオウ、聞こえてる? ……え? 話せないの? 魔力がないの?」
とん、と顔の上に降りた感触があった。小鳥が止まるような些細な感触。
「ねえ、寝てるの? 魔力あげるから起きて」
ぺちぺちと叩かれる。くすぐったい。
「もう」
諦めたのか、ごろんと横になったようだ。顔に触れる面積が大きくなる。
「……会いたかった」
(…………!)
思わず薄目を開けた。
だが。
(寝てるー!?)
顔の上ですやすや眠るツバキ。
(このタイミングで寝るか普通!?)
ため息をつきかけたが、動くとツバキが落ちるかもしれないので耐える。
とりあえず蛇たちにツバキをとぐろを巻いた胴体へ寝かせてもらう。
やることは決まっていた。
覚悟も、決めた。
ツバキのカオウに対する想いと、カオウのツバキに対する想いが違うこともわかっている。
──それでも。
(そっちから会いに来たのが悪いんだからな)
カオウはツバキと再び、契約した。
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