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第五章:殺盗団を壊滅せよ

142:最終決戦! オルドラ大使館~EX.ⅰ

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 一方、流は廊下に出ると、まだその場にいる男を発見する。

「ロッキー……まだいたのか?」
「ひぅ!? こ、腰が抜けて歩けないんですよ。ボ、ボスはどうなりましたか?」

 流は首に親指を突き立て、そのまま左から右へ親指をスライドする。

「ヒィィ!? お、俺も、俺もコウですか?」

 ロッキーも流と同じリアクションをする。
 流はニヤリと口角を上げ、ロッキーに迫りながら美琴を抜く。

「ひぃああああああああッ!?」

 迫る流、尻を付けたまま腕の力のみで後ずさるロッキー。
 周囲は血の海と言う惨状が、ロッキーの恐怖を限界突破間際まで追い込む。
 そしてロッキーにとって死神の鎌が首元まで届く距離になると、目の前の男しにがみは刃を頭上に掲げた。

「あぁあぁあぁぁ……」

 もう駄目だと諦めたその時、曲芸のように美琴を納刀する流。
 そして腰のあたりから一枚の紙を出すとロッキーに差し出す。

「ほら、これを持って屋敷の門の所まで急いで行け。いいか、そこに転がっているカエルの折紙がいるから、そいつに渡せば助かる。間違っても正面以外から出ようとするなよ?」

 状況の掴めないロッキーは混乱しながらも紙を受け取る。

「あ、あの。これは一体? え、助かった……?」
「まぁそう言う事だ。これに懲りて悪い奴には手を貸すなよ?」
「は、ハイイイイッ!! ありがとうございます! そしてごめんなさい!!」

 ロッキーは土下座をするように頭を血染めの床へ叩き落すと、そのまま勢いよく飛び起きて走り去る。それを見た美琴が苦言を呈した。

『…………』
「いいんだよ、これに懲りてあいつも真っ当になるんじゃないか? それにあいつの魂は汚れていなかったんだろ?」

 美琴は肯定するように揺れる。

「ならいいさ……」
『…………』
「い、いやそれはだな。美琴を抜いて襲い掛かった方がほら、いかにもらしいだろ?」
『…………~』
「ははは、そう呆れるな。何せ俺がエンターテインメントなんだからな!」

 カクリと肩を落とすように揺れる美琴を一撫でし、流はシリアスモードに移行する。

「さて美琴、そろそろ本気で行くぞ」

 階段の所まで来ると流は気配察知とシックスセンス第六感を同時に発動する。

「いる……な。気配を感じる、場所は三階か」

(感覚的にはあまり良くないな、さて何が出るか?)

 血濡れの二階を後にし、三階へと到着する。
 するとそこは不思議な構造をしていた。
 
 階段を上りきると円形状のホールになっており、そこに所狭しと展示物が置いてある。

「マジかよ……ここは天国か楽園なのか……」

 流がこんな台詞を言い出す、つまり――。

「はは……ウハハハハハ!! 何だこの素晴らしい美術品の数々は!? これ等の予備知識が無いのが恨めしい! だがこの世界での名工達の咆哮と苦悩、そして絶望と希望が入り混じったアブナイ名品の数々! いや、名品と言う事すら烏滸おこがましい、芸術と言う名の欲望が俺の中の魂を掴んでは揺らす! 陳腐な表現だがヤバイ、ヤバスギる品々だ!!」

 おかしな形の壺や、形容し難い四角い何か。かと思えば女神像でありながら、全く神聖さを感じないドス黒い表情と、黄金比による完全な調和がとれた全体像。

 片や、完璧なシンメトリーでありながらも完成度が九割五分で留めてある彫像が睨みつけ。
 真珠のような宝玉が埋め込まれた宝剣なのに、全く実用性を感じさせない贅沢な駄品は、見る物を離さない狂ったデザインの物らが、ホールのような部屋を埋め尽くす。
 見る者が見れば「ヤバイ」の一言しか無い、本当にヤバイ空間が広がっていた。

『…………!?』

 そんな狂った空間に取り込まれた、狂った流を諫めようと美琴が行動する刹那、それは現れる。

 現れたのは年の頃は三十代半ば程で、青髪を後ろへ油で撫でつけた整えられた髪型をし、片目にはモノクルをかけている。
 身長は流と同じくらいであるが、細身のためか不自然に長く見えた。
 その肌は異様に白く、その整った顔立ちから育ちの良い家の出だとすぐに分かり、上質な服とアクセサリーを惜しげも無く着用している貴族がそこにいた。

「あのぅ~。もしかして、その価値を分かってくれてます?」
「当たり前じゃないか!! こんな素晴らヤバイ品なんて見たこともない!!」
「うそーん!? 私、感動してます! 今まで誰に見せても『こんなガラクタ』とか『あ、素晴らしいシュミデスネ』やら『キモチワ……い、いえ! 素晴らしい趣味です!』なんて言われていたんですが……」
「何だと!? そんな馬鹿がいるなんて嘆かわしい! 芸術の『ゲ』の字を十年かけて書き取るの刑を与えよう、今すぐにだ!」
「そ、そんな残忍な!?」
「馬鹿野郎!! この芸術の数々を愚弄ぐろうした輩だぞ!? 極刑すら生温い!!」
「きょ! 極刑ですって!? そんな悪魔みたいな事なんて出来る訳が」
「……なら、頼めばいいんじゃないか? 鏡を見ながらな!!」

 流は驚いている青髪の男へと、問答無用で横一文字に斬りかかる。
 青髪の男は何があったのか訳も分からずに、驚きながらも何処から取り出したのか分からない短剣で、流の斬撃を的確に防ぐ。

「……何を……するんですかね?」
「何をするだと? ハッ! それはこっちの台詞だ。お前はこの作品達に『何をした』んだ?」

 短剣と美琴をギリリと鍔迫つばぜり合いのような形で押し合いながら、青髪は答える。

「おや、お気づきですか? なに、大した事じゃないですよ。元々の名作に『作者の魂を封印した』だけなんですからね」
「……やっぱりそうか。だからこの妙な高揚感と絶望感が混在する、『ヤバイ』作品に仕上がってる訳か」

 青髪は溜息を吐きながら、一瞬で背後へと飛びのく。

「やれやれ。せっかく高尚な趣味を分かり合える、友人と出会えたと思ったのに……」
「そんなゲスな趣味に付き合うほど、俺の眼は腐っていないのでね。で、お前は誰なんだ?」

 流の問いに青髪はお道化るような仕草で、慇懃無礼いんぎんぶれいに挨拶する。

「これはこれは失礼しました。最近ご高名なナガレさんに名乗るのが遅れてしまい、申し訳ありませんね~。私はオルドラから派遣された大使である『モーリス』と申します。短い間ですが以後お見知りおきを」

 モーリスと名乗った青髪の男は、実に美しい貴族然とした挨拶をするのだった。
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