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第六章:商いをする漢

222:羽衣は慈愛と冷酷を纏いて

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 爆発的に鞘に溜め込んだ妖力を、流は鞘だけを後ろへ飛ばす事により、妖力を一気に美琴へと集約する。
 瞬間、鞘に圧縮されていた大量の妖気は、美琴へと濃密に絡みつく。

 流は超速で美琴を持ち、右膝を立てながら斜め上へと刀身を振り抜く。
 周りにまとっていたものを、刃に集約した膨大な妖力は、刀身の鋭さを極限まで研ぎ澄ませる事で、刃先から火花を飛び散らせる。
 その羽のように軽くなった美琴は、有り余るたぎらせた妖力を解放し、刀身から抜け出すように「あの天女を召喚」する。
 
 刀文に描かれていた天女は、刀身から抜け出し成人の大人の娘ほどの「元の大きさ」へと戻る。
 その妖艶にして艶やかな天女は紫の衣を身に纏い、自身が斬撃となりて、オークキングの右手の伝説級の鉄壁たる〝黒岩の籠手〟へと自愛溢れる天女の顔で優しく触れる。

「何だそれはあああ!? くっ、幻影で謀るなどと! ブルアアアアアアア!!」

 突然目の前に現れた絶世の美女に、流石のオークキングも一瞬たじろぐが、そこは歴戦の武人である。すぐに気持ちを立て直し、流への拳圧を更に込める――が。

「黒岩の籠手にヒビだと!? ば、馬鹿なッ!!!!!!」

 さらに天女は黒岩の籠手を優しく撫でた瞬間、無数のヒビが一点から蜘蛛の巣状に広がり「黒岩の籠手を粉々に破壊」する。

 黒岩の籠手は伝説級のアイテムで、おいそれと破壊する事は出来ない硬度があった。
 その性能は「硬度増大・魔防増大・刺突無効・殴打減少・斬撃無効」と言うぶっ壊れ性能だった、が。それはあくまでも「伝説レベル」の話。

 何度も何度も、流が「同じ場所を寸分違わず攻撃した」事と、肆式によるインパクト機械のような振動が加わり、微細なヒビが入っていた。

 そこを「蟻の一穴」よろしく、美琴の一穴で絶対的な防御にヒビを入れ、ダメ押しに天女がその強大な防御を誇るダムを決壊させ、さらに――!!

「ブルグオオオオッ!?」

 慈しみの天女は上方へと飛翔すると、その勢いを緩めず流の剣筋に合わせ下方へと強襲する。
 しかし先程とは違い自愛の表情が消え失せ、虫でも見るような冷酷な表情になった天女は、何時の間にか持っている大鎌で、むき出しになったオークキングの右腕を苦も無く切断した。

 王と言う存在の腕だけあって、その見事な筋肉の鎧を纏った腕は、血飛沫ちしぶきを撒き散らし空中を乱舞する。

 一体何があったのか? 呆然と眺めるオークキングは、あまりの事に、ゆっくりと自分の右腕が空中を舞っている姿を見て、状況を理解する。
 数瞬の間の後、その現実に思わずオークキングは憤怒の怒気を流へと叩きつける。
 
「ブルアアアアアアアアアア!! 何だこれはあああああああ!!」
「ぐがああああああああああああ!!!!!?」

 その怒気は正に凶器そのものであった、それをまともに受けた流は盛大に吹き飛び、倉庫に積んである箱へと激突する。

 完全に修めていない状態の「陸翔燕斬りしょうえんざん」を放ったばかりの流は、疲労困憊ひろうこんばいで立つ事すらおっくうだった。
 そこにこの攻撃で、まともに腕すら動かす事が無理な状態なれど、美琴はしっかりとその手に握っている。

「ブルアアア……余の腕を斬り落とすとは! 許さぬ!!」

 憤怒に燃えるその目は真っ赤に濁り、流へと迫るその姿は正に「死そのもの」であった。
 その死が急速に迫るのを、その目にしっかりと見つつも、指一つ動かせないどうしようもない状況に思わずニヤケてしまう。

「ハハ……。人生五十年か……。あ、俺まだ半分も生きてねーわ。あ~あ、もっと骨董を愛でたかったなぁ……皆わりぃ、先に逝くわ……。美琴、最後だから言うけど愛してるぞ」
『……知っています。もうすぐです、だから諦めないで』
「そっか…………あ~ついに幻聴まで聞こえて来たか。はは……」

 迫るオークキングの地響きが直前まで来る、そして流の形すら残さないような勢いで王笏おうしゃくが振り落とされる刹那――。

「ふんッぬうううううううう!!」
「ヌウウウウウウウウウウム!!」

 突如現れた巨漢二人。

 一人は漆黒の鎧を着こみ、手には先端が斧のような形状の大剣で王笏を受け止めている。
 その顔は無精ひげが妙にマッチしている、チョイ悪オヤジと言っていい風体の、妙齢の婦人が好きそうな漢。

 もう一人は、ピンクに光る拳で王笏を殴り止めていた。

 その人物は、上半身がまるで鎧のような筋肉で包まれた肉体美を誇り、ワインレッドのホットパンツから伸びる、黒いストロング・ムタンガサスペンダーが乳周りを際どくセービングし、黒の蝶ネクタイとシルクハットを紳士然に装着する領域者ヘンタイがいた。

「アハン♪ 遅くなってごめんなさいボーイ、でも何とか間に合ったようね?」
「ナガレ、こっぴどくヤラレタな。だが良くやった、流石『巨滅の英雄++』は伊達じゃない」
「ヴァルファルドさん……。ジェニファーちゃんも……一体、どう……して」

 ジェニファーはその問いに、流の頭上を一瞥してから楽し気に話し出す。

「それはねん――」
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