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第九章:奪還作戦と、国の闇

457:脱出~終幕

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「しまった!! 全隊、上の娘に警戒せよ!!」
「ブアァ~ッカ。あたしじゃないでしょうに。本命はアッチょ?」
「何にぃ!? って、ラーマンがここまで来るだとおおおお!!」

 せまる碧い嵐。四肢はおろか、頭部まで器用に使い衛兵を吹き飛ばしながら迫ってくる。
 その動きを止めようと、必死に食い下がる衛兵だったが、ネコのようにしなやかな体はそれを許さない。

「くっそ! こうなったら、大怪我させても構わん! 手段を選ばず捕らえよ!!」
「判断がおっそ~ぃ! 本当にダメ。ぶっぁっかねぇ? 嵐影アレ、止まると思うぅ?」

 吹き飛ばす速度が徐々に上がっていき、指揮官の自分へと真っ直ぐ進んでくる碧い嵐。
 最早これまでかと思った瞬間だった。自分の号令に反応し、周囲の衛兵が魔力を練り上げ魔法を放つのを感じる。
 元々魔法師はこうなることも予測し、詠唱は完了済み。あとは魔力を高めるだけで発動が完了するという、有能な女の独断だったが、ここで功を奏す。

「よし!! 放て!! 俺たちを巻き込んでも構わん、突撃を止めるのだ!!」

 魔法師の女は「承知!」と叫ぶと、手に持った杖で嵐影へと向け炎の魔法を放つ。
 形状は槍のようであり、ファイアジャベリンと呼ばれる中級魔法だ。
 迫る炎の槍。嵐影もそれを察知し、背後を流し目で見ると衛兵が殺到している。
 避けるのは簡単だが、被害も大きいだろうと予測し、嵐の鉤爪で弾こうと身構えた時だった。 

「きゃは♪ ヤラせると思うぅ?」

 上空から楽しげに嗤う娘、Lは口を大きくあけ青い閃光を放つ。
 嵐影へとファイアジャベリンがぶつかる三メートル前で、青と赤がぶつかり爆発相殺!
 余波で兵士六名が吹き飛び火傷を負うが、軽症のようだ。

「嵐影ちゃんイっちゃって~♪」
「マッマ!!」

 嵐影は突き進む。目前の敵、目算で二十三名。
 それを次々と吹き飛ばし、戦闘不能にしていく。

「おのれえええ、ラーマン如きに遅れを取るなどとッ!!」

 隊長は抜刀し、剣に魔力を込める。その切れ味は実に鋭く、嵐影であっても斬られれば大怪我をするだろう。
 一瞬、嵐影の顔つきが鋭くなった気がした隊長は、怯んだとばかりに激しく斬り込む。
 だが大きな体とは思えない反射速度で、嵐影は〝ぬるり〟と頭を下げ剣の下をかいくぐると、すれ違いざまに右前足で一撃を入れ隊長を吹き飛ばす。

 そのまま勢いをつけ、嵐影は大門を両前足で蹴破ると同時に、宝槍〝白〟を口でくわえて回収し、町の外へと脱出に成功する。

「よし! 嵐影がこじ開けた、氷狐王行け!!」
「承知!! 凍てつけ大地、アイスロード!!」

 それが呪文なのかは分からないが、足元からまっすぐに伸びる氷の道。
 氷の道の勢いは凄まじく、あっという間に大門まで伸びていく。
 それに触れた哀れな衛兵は、足がくっついてしまい動けなくなる。それを氷狐王は「哀れ」と一言呟くと、氷の道を疾走する。

「な、なんだあ!? 化け物が突っ込んでくるぞ!!」
「行かせるな! 槍で突き刺せ!!」

 残った衛兵は各自の判断で氷狐王を攻撃しだす。が、そんな槍如きでどうこう出来るはずもなく、攻撃した側から槍が凍りつく。
 持った手も凍りつく刹那、多くの衛兵は槍を放棄した事で、体が凍りつくのは防いだようだ。

 そのまま氷狐王は氷の道を進む。目前に迫る大門に、突如〝伏せ〟の体勢になった氷狐王は、そのまま氷の道をすべって突き進む!
 氷の凶悪な彫像が、地面をすべって大門を潜るという、冗談のような光景を唖然と見ることしか出来ない衛兵たち。
 呆然とする衛兵を嘲笑うように凶悪な口元を歪め、「主の手加減に感謝するがよい」と去っていくのだった。


 ◇◇◇


 その後しばらく暗闇を疾走する氷狐王と嵐影。彼らからすれば夜道も昼と同じように見えるらしく、その足取りは実に迷いがない。
 状況が落ち着いたと判断したエルヴィスは、流へと話し始める。

「うぅ、生きた心地がしないぞ。だが、これも訓練のおかげか」
「一般人のお前がよく耐えたなぁ。下手したらマジで死ぬぞ、この場所にいたらな」
「ナガレ私達だって怖いのよ? ねぇルーセント」
「ですなぁ。まぁワシは背筋がゾワリとする程度ですがな」

 流はいつか氷狐王の世話になると考え、エルヴィスたちに耐性をつけようと考える。
 それをワン太郎に相談すると、小さな小狐の顔が付いた氷のコインを三枚用意してくれた。
 どうやらこのコイン、氷で出来ているがさほど冷たくなく、しかも溶けないらしい。
 このコインを肌見放さず持っている事で、氷狐王の威圧に慣れ、さらにある程度の時間なら、氷狐王の即死効果からの耐性もあるというアイテムだった。

「ん~だが困ったなぁ。軍馬はイルミスの所へ置いてきたままだし、このまま進むにはお前たちの体力が持たない……さて、どうしたものかねぇ」
「それは任せてくれ。このままのペースで行けば、朝には王家の天領へと入るだろう。そこで軍馬を調達できる」
「流石エルヴィス、頼りになるぜ!」
「まぁそれが俺の役目だからな。ここまで来れば安全圏か。さて……」

 エルヴィスは暗闇を照らす天空の月を見上げる。そこから降りそそぐ淡い光が草原を照らし、道を示すように光り輝いて見える。
 隣で気負いなくセリアと楽しげに話す流を見ると、この男なら「本当にこの状況を変えてくれる」ような気がしてならなかった。
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