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駅の改札を抜けて、二階から地上へと続く階段前の窓から、僕は天気を確認しようと外を見た。
先程までしとしと降っていた雨はすっかり上がり、雲の間から光の柱が何本も降り注いでいる。
「菊池、何を見ているんだ?」
川村、三井、金子の三人も僕につられて、窓の外を眺める。
「まるで神が裁きを与えに降臨してくるみたいだな」
隣の川村が変なことを呟いた。
彼は大学入学後、最初にできた友達で、いつも謎めいた訳の分からないことを口にする。
ゴールデンウィーク明けの今日、僕は大学でできたばかりの友達三人を家に招待した。
そんなつもりは毛頭無かったが、昼休みに、休日は家でジャズレコードを聴いて過していたと話したら、そうなってしまった。オーディオマニアの三井がどんなステレオだと訊いてきて、JBL製スピーカーだと知ると、その音を聞かせてくれと懇願してきて、川村と金子も便乗してきたという訳だ。
四人で暫く歩き、僕は三十坪ほどの空き地に視線を送った。
「今朝、ここにグレーの洋猫の赤ちゃんが捨てられていたんだ」
ダンボールに入れられ、雨に濡れて震えて鳴いていた子猫の姿は、既になかった。
「避妊手術せずに猫を飼って、産まれた子供を平気で捨てる輩も多いからな」
川村のその意見に三井が反論する。
「そうか? 俺は小学校の時が最後で、以来、捨て猫を見たことが無いぞ」
「そうそう、野良猫自体、今はほとんど見かけないからな。もしかして、その子猫、保健所で処分されていたりして……」
金子の意見に、僕は妙に納得した。ここ数年で、たくさんいた野良猫が姿を消していたからだ。
だが川村は直ぐに反論してきた。
「今は動物愛護団体がうるさいので、保健所で殺処分することはないんだ。きっと美人のお姉様に拾われたんだろう」
「女性はみんな可愛い猫が好きだからな」
その遣り取りを聞き、僕は母を思い浮かべた。
彼女は、子猫や子犬を含め、ウサギ、ハムスター、小鳥等の小動物の類が大嫌いなのだ。生き物が恐い訳ではなく、乗馬が趣味だし、象やキリンにも平気で触り、蜂やゴキブリをも殺せる。
でもなぜか子犬や子猫等の可愛い小動物に対しては、異常な拒絶反応を示す。
もし彼女が今朝あの子猫を見つけたなら、直ちにダンボールの蓋を閉めて、焼却炉にくべたに違いない。
僕はその場面を思い浮かべて、勝手に頬が弛んでいた。
そうこうしているうちに我が家に着き、僕は大門横の小門を開けて、中へと誘った。
小門をくぐった先の景色を見た川村は、「菊池って、凄い名家のお坊ちゃんだったんだな」と感嘆の声を上げた。三井と金子も、辺りをキョロキョロと見渡し、唖然として口を開けている。
「祖父が華族だったんだ」
この家は、祖父が男爵を継いだ際に新築したもので、敷地は広く、バラ園や日本庭園もある豪邸だが、築八十年以上の二階建てのボロ屋敷だ。中は改装を繰り返していてそれなりだが、外観は壁には蔦が絡まり、幽霊屋敷にすら見える。
「親父さんは、何をしている人なんだ?」
「会社を経営していたが、三年前に死んだよ。今は母が社長をしている」
僕が素直にそう応えると、質問した三井は済まなそうに恐縮した。
だが、川村は目の色を変えた。
「もしかして、お前って菊池ホームの菊池信介の息子なのか?」
「ああ、君はなんでも知っているんだな」
父は、祖父が興した小さな建設会社を若くして継ぎ、一部上場企業にまで大きくしたワンマン社長だった。冷酷で恨みを買うことも多く、逆恨みで刺され、四十二歳の若さでこの世を去った。
その事件はニュースでも大きく報道されたが、川村が父親の名前まで記憶していた事を、僕は少し不思議に思っていた。
玄関で家政婦の出迎えを受け、僕は「何もしなくていいから」と指示して、友達三人を僕の部屋に案内した。
三井は、父の遺品のステレオに飛び付き、スピーカーよりもヤマハ製のアンプの方に、目の色を変えていた。
そしてCD化されていないマイルス・デイビスの貴重なジャズのレコードに針を落とし、それを聞きながらレコードの良さを彼等に諭した。
先程までしとしと降っていた雨はすっかり上がり、雲の間から光の柱が何本も降り注いでいる。
「菊池、何を見ているんだ?」
川村、三井、金子の三人も僕につられて、窓の外を眺める。
「まるで神が裁きを与えに降臨してくるみたいだな」
隣の川村が変なことを呟いた。
彼は大学入学後、最初にできた友達で、いつも謎めいた訳の分からないことを口にする。
ゴールデンウィーク明けの今日、僕は大学でできたばかりの友達三人を家に招待した。
そんなつもりは毛頭無かったが、昼休みに、休日は家でジャズレコードを聴いて過していたと話したら、そうなってしまった。オーディオマニアの三井がどんなステレオだと訊いてきて、JBL製スピーカーだと知ると、その音を聞かせてくれと懇願してきて、川村と金子も便乗してきたという訳だ。
四人で暫く歩き、僕は三十坪ほどの空き地に視線を送った。
「今朝、ここにグレーの洋猫の赤ちゃんが捨てられていたんだ」
ダンボールに入れられ、雨に濡れて震えて鳴いていた子猫の姿は、既になかった。
「避妊手術せずに猫を飼って、産まれた子供を平気で捨てる輩も多いからな」
川村のその意見に三井が反論する。
「そうか? 俺は小学校の時が最後で、以来、捨て猫を見たことが無いぞ」
「そうそう、野良猫自体、今はほとんど見かけないからな。もしかして、その子猫、保健所で処分されていたりして……」
金子の意見に、僕は妙に納得した。ここ数年で、たくさんいた野良猫が姿を消していたからだ。
だが川村は直ぐに反論してきた。
「今は動物愛護団体がうるさいので、保健所で殺処分することはないんだ。きっと美人のお姉様に拾われたんだろう」
「女性はみんな可愛い猫が好きだからな」
その遣り取りを聞き、僕は母を思い浮かべた。
彼女は、子猫や子犬を含め、ウサギ、ハムスター、小鳥等の小動物の類が大嫌いなのだ。生き物が恐い訳ではなく、乗馬が趣味だし、象やキリンにも平気で触り、蜂やゴキブリをも殺せる。
でもなぜか子犬や子猫等の可愛い小動物に対しては、異常な拒絶反応を示す。
もし彼女が今朝あの子猫を見つけたなら、直ちにダンボールの蓋を閉めて、焼却炉にくべたに違いない。
僕はその場面を思い浮かべて、勝手に頬が弛んでいた。
そうこうしているうちに我が家に着き、僕は大門横の小門を開けて、中へと誘った。
小門をくぐった先の景色を見た川村は、「菊池って、凄い名家のお坊ちゃんだったんだな」と感嘆の声を上げた。三井と金子も、辺りをキョロキョロと見渡し、唖然として口を開けている。
「祖父が華族だったんだ」
この家は、祖父が男爵を継いだ際に新築したもので、敷地は広く、バラ園や日本庭園もある豪邸だが、築八十年以上の二階建てのボロ屋敷だ。中は改装を繰り返していてそれなりだが、外観は壁には蔦が絡まり、幽霊屋敷にすら見える。
「親父さんは、何をしている人なんだ?」
「会社を経営していたが、三年前に死んだよ。今は母が社長をしている」
僕が素直にそう応えると、質問した三井は済まなそうに恐縮した。
だが、川村は目の色を変えた。
「もしかして、お前って菊池ホームの菊池信介の息子なのか?」
「ああ、君はなんでも知っているんだな」
父は、祖父が興した小さな建設会社を若くして継ぎ、一部上場企業にまで大きくしたワンマン社長だった。冷酷で恨みを買うことも多く、逆恨みで刺され、四十二歳の若さでこの世を去った。
その事件はニュースでも大きく報道されたが、川村が父親の名前まで記憶していた事を、僕は少し不思議に思っていた。
玄関で家政婦の出迎えを受け、僕は「何もしなくていいから」と指示して、友達三人を僕の部屋に案内した。
三井は、父の遺品のステレオに飛び付き、スピーカーよりもヤマハ製のアンプの方に、目の色を変えていた。
そしてCD化されていないマイルス・デイビスの貴重なジャズのレコードに針を落とし、それを聞きながらレコードの良さを彼等に諭した。
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