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菊池から電話があった翌日、大学の教室で、俺は菊池が来るのを待っていた。
さぞや落ち込んでいるだろうと期待して待っていると、菊池は三井と馬鹿笑いしながら、遣って来た。
昨日は、かなり狼狽していると思ったが、あの親父の息子だけあり、何も感じないのかもしれない。
あの後どうしたのかとか、母親の様子はどうだったかとか、聞きたいことは沢山あったが、俺も馬鹿話につきあった。
ただ、授業中にラインを入れ、「昨日の真相は俺が調べてやる」とだけ知らせておいた。
勿論それは、菊池への親切心からでも、ミステリー好きの興味からでもない。
もし堂上氏の自殺が、殺人とは無関係で、菊池が考えるように、彼の母親の電話の所為で自殺したのなら、その事実を菊池に提示して、自分のした責任を熟考させて反省させようと考えたからだ。
そして同時に、あの女にも、どんなに罪深い事をしたのかを突き付け、彼女の泣く様を見たいとも思った。
取り敢えず、図書館でその日の朝刊を全て調べてみることにしたが、遺体が発見されたと言うのに、どの新聞にもそれらしき記事は乗っていなかった。
報道規制しているとは思えないが、もしそうなら、本当に殺人事件に絡んでいる可能性もある。
俺はその日の帰り、警視庁に足を運んだ。
勿論、警察が捜査中の事件を教えてくれるとは思ってはいないが、警視庁に詰めている事件記者を捕まえて、話を聞けないかと考えたのだ。
幸い数人の記者から話を聞けた。彼らは皆、その事件を知っていて、殺人事件ではないかと注目していた。でも屋敷から見つかった骨は、全て猫の骨だったそうで、遺体にも外傷は見られず事件性なしとなったそうだ。
明日の朝刊には、動物虐待者の死後五日程経過した遺体が発見された記事が出ることも教えてもらえた。
同時に、この件に興味を持って追いかけているフリーの女性記者がいて、彼女なら死因についても知っている可能性があるとの情報も得た。
彼女を探し出すのも苦労したが、所轄刑事から名刺を見せてもらって連絡をとった。
彼女の興味は、彼の様な動物虐待者がどうやって誕生したのかのかを解明することで、今は三島で、彼を知る人たちから、話を聞いて回っているのだそうで、会えないと断られた。
だが、俺が、自殺当日に、直接堂上氏と話をしたと打ち明けると、土曜日の午後に、会ってもらえることになった。
彼女の調べでは、堂上は、青少年期は心優しい子供だったらしい。怪我した小鳥を保護したり、友達に貰い死んでしまったカブトムシにもお墓を立てたりした。
それが大人になって、突如変貌した。
彼女はその切欠を探していて 俺が何かを知っていると直感し、会ってくれたらしい。
故人の事をあまり話したくはなかったが、彼女の調べた死因についてを教えてくれる交換条件として、知っている事を全て彼女に話した。
「犯罪の陰に女在りか、つまらない動機ね。これじゃ記事にもできず無駄骨だった」
そう嘆いてから、彼女が調べた司法解剖の結果を教えてくれた。
堂上氏の死の真相は、絶望の末の自殺ではなく、以前から患っていた心臓病が原因の心臓発作による病死だった。
発作が起きても、敢えて薬を摂取しなかった自殺とも考えられるが、これじゃ菊池を追い込めない。
三日も掛けて苦労して歩き廻ったのに、俺の目論見が崩れていく。
俺は頭を抱えたが、直ぐに笑いが込み上げてきた。
何も正直に話す必要はなく、都合いい出まかせを言って、菊池を窮地に追い込めばいいだけの話だと、気づいたからだ。
俺は、直ぐに菊池に電話を掛け、調査報告をしたいから、これから家に行くと言ったら、今は都合が悪いから、電話で話せなんて言ってきた。それじゃ奴の泣きそうな顔をみられない。
どうしても直接話したいと言ったら、日曜日の午前十時にならと、時間指定してきた。
どうやら、俺をあの母親にあわせたくないらしい。あの女も地獄に落とす計画だが、留守なら、出直せばいいだけの話だ。
翌日の日曜日、菊池の屋敷にいくと、菊池が家政婦に、「お茶とお菓子を持って来てくれ。頼んだことを忘れないでね」と念を押していた。
何を頼んだのか気になったが、先ずはじっくりと、こいつを追い詰めるだけだ。
二階の菊池の部屋に行き、早速、嘘の話を切り出そうとしたら、「その件は、もう少しだけ待ってくれ」と言われた。家政婦に聞かれたくないのかと察して、素直に従ったが、早くこいつの罪悪感に歪む顔が見たくて、ならなかった。
直ぐに家政婦が、緑茶と茶菓子を持ってきて、それを摘まみながら、話し始めた。
警察は口が堅くて大変だったと恩をきせ、情報通の記者を捕まえて情報を集めたという前振りをしてから、確信に入った。
「堂上さんの死因は、大量の睡眠薬を飲んでの自殺だった。お前の予想通り、おそらく人生に絶望して、自殺を考えたんだろう。でも、俺は納得いかないんだ」
「死因に、疑問でもあるのか?」
「いや、そうじゃない。子猫を殺してなんて言いだすお袋さんだとしても、あんなに狂信的なまでの直向きな愛情を知っていたら、『もう二度と顔を見せないで』なんて言うかな。普通なら直接会って、やんわりと相手を労わって、断ると思うんだよな」
菊池は、直ぐに冷静を装ったが、一瞬動揺を見せたのを見逃さなかった。やはり、こいつは自分の都合のいいことしか話していないと確信した。
「なぁ菊池、お前、本当にあの日の事を全て、お袋さんに伝えたのか? もしかして、悪質なストーカーみたいに伝えたんじゃないのか?」
「確かに、母には掻い摘んで話した。けど、大事な事は伝えたさ」
もう表情に出すことはなく、冷静に話して来たが、あと一歩の筈だ。
「大事なことって何だよ。正確に話せ」
「僕が揚羽蝶を殺している所を見かけて、菊池の息子と見抜いて近づいて来た事、プロポーズした時に『子猫を殺せるの』と言われて玉砕したと話したこと、それでもずっと母が忘れられず独身を貫き、去年東京に引っ越して来た事、蝶を殺してと頼んだと知ると、突然笑い出して頭がいかれていた事、『麗子を迎えにいける、ようやく一つになれる』と気味が悪かった事、全て伝えたさ」
「自ら悪魔に成ろうと努力し、十年間も罪悪感に苛まれながら、猫を殺し続けていた事は? 肝心の彼の努力はどう伝えたんだよ」
「そこは掻い摘んだ部分で、一つになれると伝えた彼の言葉で分ると……」
「やはり、お前は堂上さんに彼女を取られると恐れ、情報操作したんじゃないか。なら、お前が堂上を追い込んで殺したんだ」
「違う。あいつが弱いだけで、僕の所為じゃない」
漸く、感情を出して来た。止めを刺してやる。
「いや、お前の所為だ。お前は堂上さんが十年間も必死に努力した事を伝えなかった。都合よく堂上さんの事を話して、彼女に薄情な事を言わせたんだ」
「ちがう。態とじゃない。そうじゃないんだ」
俺の追及で、面白いように、菊池の顔色が変わっていく。
「いや、お前は態と隠した。お前は彼の直向きな愛情に、彼女を取られると感じたんだ。だから敢えてその事を隠した。そして、彼女に絶望に追い込む様な言葉を言わせたんだ。全てお前の所為だ。お前の所為で、堂上さんは自殺したんだ」
「そうだよ。その通りさ。でも何が悪い。あんな言葉で死ぬあいつが弱いだけだ」
菊池が開き直って、投げやりになった。終演は近い。
「ああ、堂上さんが弱かっただけだ。だが、人間は弱い生き物だ。追い詰められると簡単に自殺する。そんなことも分らずに、追い詰めたお前の責任だ。そのことをもう一度よく考えろ。お前が殺したのは、蝶でも猫でもない人間だ。罪には問われなくとも、お前が追い詰め、自殺させた事実は変わらないんだ」
菊池は、反論もできずに、項垂れた。俺は菊池の蒼い顔で塞ぎこむ姿を眺め、勝利の快感に酔いしれた。
「少しは反省して、三島の堂上さんの実家に焼香でもしに行くんだな。俺は帰る」
そう言い捨てて、項垂れている菊池を一人残し、一階に降りて行った。
そして家政婦に、「彼のお母さんは、いつ頃お帰りでしょう」と訊いてみると、意外にも「今の時間は、お部屋に籠って仕事しています」との返事が返ってきた。
どうやら、俺が訪問してきたことを、母親に知らせるなと、事前に頼んで、彼女が部屋に来ない様にしていただけらしい。
「お仕事中なら、ご迷惑かもしれませんが、帰る前に挨拶だけでもしておきたいので、会わせていただけませんか」
「分かりました。ご案内します」
その家政婦は、素直に俺を、菊池の母親の部屋に案内してくれた。
彼女は、今日は肘丈の胸が強調されるぴったり目の黄色いシャツをきて、机でモバイルPCを拡げて何かの作業をしていた。
「あら川村君、来ていたなんて知らなかった。挨拶にも行かないで、御免なさいね。もう祐介との話は済んだの? 態々挨拶に来てくれるなんて、律儀な人ね」
俺は当初の計画通りに、彼女に全てを話し、追い詰めることにした。
「実は、あなたにも知らせておいた方が良いと思い、伺いました。菊池の奴は、何にも言わなかったと思いますが、あなたの元彼だった堂上さんが、一週間前に自殺し、四日前の夕方、発見されました。そして、その際、大量に野良猫の骨が見つかりました。敬虔なカトリック教徒だったのに、あなたの期待に沿える人間なろうと、心を鬼にして、十年間もの長きに渡り、動物を殺していたんです。なのに、あなたは『顔も見たくない、二度と顔をみせないで』と、冷たく電話したんですよね。あなたのその電話を苦に、彼は自殺したんです」
彼女は話の途中で、立ち上って、俺の方に歩み寄ってきた。ワインレッドの長いワイドパンツが目を引くが、その瞳は意外にも、涙で潤んでいた。
「そう、私のあの電話で、彼は絶望して自殺したの。私はいよいよ殺人犯になったのね」
そしてそのままベッドに崩れるように腰掛けると、遂にその頬に涙が伝わって流れ落ちた。
もっと冷酷な魔女と思っていので、もっと追い込まないと、泣かないだろうと思っていただけに、素直に反省して泣く姿を見て、少し可哀相になってきた。
本当は病死でしたと話そうと、彼女の横に座り、肩を抱いた時、視界に菊池の姿が飛び込んで来た。彼はこの寝室の開け放っているドアに手を掛け、茫然とこっちを見つめている。
俺は、菊池に更なる絶望感を味わわせる事に決めた。
「麗子さん、あなたは生きているだけで罪深い魔女のような人だ」
俺はそっと彼女の顎に手を添えて、潤んだ瞳を暫く見つめた。すると彼女も目を閉じてきて、俺はそっとその唇にキスをした。
その彼女の顔の向こうに、慌てて走り去る菊池が映っていた。
俺は菊池に完全勝利した。いい気味だ。
そう思って俺が相好を崩した途端、彼女は突然、クククと笑い出した。
「やはり私の見込んだ通りの人ね。あなたは祐介を育てる良いライバル。私も堂上の事を調べさせたから、病死だったと知っているの」
「でも、さっきは初めて知ったみたいに……」
「四日前の晩から、祐介の態度がおかしかったから気付いていたわ。でもあなたが祐介に嘘をついて陥れようとするとは、正直思わなかった。さっき、あの子が泣きそうになってやって来たので、あなたに付き合って演技してあげたのよ。私は、堂上なんて何とも思っていないもの」
それを聞いて、俺の背中に戦慄が走った。やはりこの女はとんでもない魔女だ。
「競争社会は他人の弱点を突いて、相手を蹴落とすもの。あなたは子猫ではなく、ライオンだった。私は好きよ」
彼女は、そう言って再び口付けしてきて、俺は慌てて立ち上った。
「主人は私をレイプして堂上から私を奪ったの。私はライオンのように強い男が好き。祐介はまだ可愛い子ライオン。あなたも同じ。でもあなたには覇者のライオンになれる素質があるわ。祐介をもっと絶望の淵に追い込んで見ない?」
彼女はそう言って服を脱ぎ始めた。
そして俺は自分の愚かさに気づいた。自分が、あの軽蔑していた菊池信介になってしまうところだったことに。
俺は、急いで彼女の寝室から逃げ出していた。
(了)
さぞや落ち込んでいるだろうと期待して待っていると、菊池は三井と馬鹿笑いしながら、遣って来た。
昨日は、かなり狼狽していると思ったが、あの親父の息子だけあり、何も感じないのかもしれない。
あの後どうしたのかとか、母親の様子はどうだったかとか、聞きたいことは沢山あったが、俺も馬鹿話につきあった。
ただ、授業中にラインを入れ、「昨日の真相は俺が調べてやる」とだけ知らせておいた。
勿論それは、菊池への親切心からでも、ミステリー好きの興味からでもない。
もし堂上氏の自殺が、殺人とは無関係で、菊池が考えるように、彼の母親の電話の所為で自殺したのなら、その事実を菊池に提示して、自分のした責任を熟考させて反省させようと考えたからだ。
そして同時に、あの女にも、どんなに罪深い事をしたのかを突き付け、彼女の泣く様を見たいとも思った。
取り敢えず、図書館でその日の朝刊を全て調べてみることにしたが、遺体が発見されたと言うのに、どの新聞にもそれらしき記事は乗っていなかった。
報道規制しているとは思えないが、もしそうなら、本当に殺人事件に絡んでいる可能性もある。
俺はその日の帰り、警視庁に足を運んだ。
勿論、警察が捜査中の事件を教えてくれるとは思ってはいないが、警視庁に詰めている事件記者を捕まえて、話を聞けないかと考えたのだ。
幸い数人の記者から話を聞けた。彼らは皆、その事件を知っていて、殺人事件ではないかと注目していた。でも屋敷から見つかった骨は、全て猫の骨だったそうで、遺体にも外傷は見られず事件性なしとなったそうだ。
明日の朝刊には、動物虐待者の死後五日程経過した遺体が発見された記事が出ることも教えてもらえた。
同時に、この件に興味を持って追いかけているフリーの女性記者がいて、彼女なら死因についても知っている可能性があるとの情報も得た。
彼女を探し出すのも苦労したが、所轄刑事から名刺を見せてもらって連絡をとった。
彼女の興味は、彼の様な動物虐待者がどうやって誕生したのかのかを解明することで、今は三島で、彼を知る人たちから、話を聞いて回っているのだそうで、会えないと断られた。
だが、俺が、自殺当日に、直接堂上氏と話をしたと打ち明けると、土曜日の午後に、会ってもらえることになった。
彼女の調べでは、堂上は、青少年期は心優しい子供だったらしい。怪我した小鳥を保護したり、友達に貰い死んでしまったカブトムシにもお墓を立てたりした。
それが大人になって、突如変貌した。
彼女はその切欠を探していて 俺が何かを知っていると直感し、会ってくれたらしい。
故人の事をあまり話したくはなかったが、彼女の調べた死因についてを教えてくれる交換条件として、知っている事を全て彼女に話した。
「犯罪の陰に女在りか、つまらない動機ね。これじゃ記事にもできず無駄骨だった」
そう嘆いてから、彼女が調べた司法解剖の結果を教えてくれた。
堂上氏の死の真相は、絶望の末の自殺ではなく、以前から患っていた心臓病が原因の心臓発作による病死だった。
発作が起きても、敢えて薬を摂取しなかった自殺とも考えられるが、これじゃ菊池を追い込めない。
三日も掛けて苦労して歩き廻ったのに、俺の目論見が崩れていく。
俺は頭を抱えたが、直ぐに笑いが込み上げてきた。
何も正直に話す必要はなく、都合いい出まかせを言って、菊池を窮地に追い込めばいいだけの話だと、気づいたからだ。
俺は、直ぐに菊池に電話を掛け、調査報告をしたいから、これから家に行くと言ったら、今は都合が悪いから、電話で話せなんて言ってきた。それじゃ奴の泣きそうな顔をみられない。
どうしても直接話したいと言ったら、日曜日の午前十時にならと、時間指定してきた。
どうやら、俺をあの母親にあわせたくないらしい。あの女も地獄に落とす計画だが、留守なら、出直せばいいだけの話だ。
翌日の日曜日、菊池の屋敷にいくと、菊池が家政婦に、「お茶とお菓子を持って来てくれ。頼んだことを忘れないでね」と念を押していた。
何を頼んだのか気になったが、先ずはじっくりと、こいつを追い詰めるだけだ。
二階の菊池の部屋に行き、早速、嘘の話を切り出そうとしたら、「その件は、もう少しだけ待ってくれ」と言われた。家政婦に聞かれたくないのかと察して、素直に従ったが、早くこいつの罪悪感に歪む顔が見たくて、ならなかった。
直ぐに家政婦が、緑茶と茶菓子を持ってきて、それを摘まみながら、話し始めた。
警察は口が堅くて大変だったと恩をきせ、情報通の記者を捕まえて情報を集めたという前振りをしてから、確信に入った。
「堂上さんの死因は、大量の睡眠薬を飲んでの自殺だった。お前の予想通り、おそらく人生に絶望して、自殺を考えたんだろう。でも、俺は納得いかないんだ」
「死因に、疑問でもあるのか?」
「いや、そうじゃない。子猫を殺してなんて言いだすお袋さんだとしても、あんなに狂信的なまでの直向きな愛情を知っていたら、『もう二度と顔を見せないで』なんて言うかな。普通なら直接会って、やんわりと相手を労わって、断ると思うんだよな」
菊池は、直ぐに冷静を装ったが、一瞬動揺を見せたのを見逃さなかった。やはり、こいつは自分の都合のいいことしか話していないと確信した。
「なぁ菊池、お前、本当にあの日の事を全て、お袋さんに伝えたのか? もしかして、悪質なストーカーみたいに伝えたんじゃないのか?」
「確かに、母には掻い摘んで話した。けど、大事な事は伝えたさ」
もう表情に出すことはなく、冷静に話して来たが、あと一歩の筈だ。
「大事なことって何だよ。正確に話せ」
「僕が揚羽蝶を殺している所を見かけて、菊池の息子と見抜いて近づいて来た事、プロポーズした時に『子猫を殺せるの』と言われて玉砕したと話したこと、それでもずっと母が忘れられず独身を貫き、去年東京に引っ越して来た事、蝶を殺してと頼んだと知ると、突然笑い出して頭がいかれていた事、『麗子を迎えにいける、ようやく一つになれる』と気味が悪かった事、全て伝えたさ」
「自ら悪魔に成ろうと努力し、十年間も罪悪感に苛まれながら、猫を殺し続けていた事は? 肝心の彼の努力はどう伝えたんだよ」
「そこは掻い摘んだ部分で、一つになれると伝えた彼の言葉で分ると……」
「やはり、お前は堂上さんに彼女を取られると恐れ、情報操作したんじゃないか。なら、お前が堂上を追い込んで殺したんだ」
「違う。あいつが弱いだけで、僕の所為じゃない」
漸く、感情を出して来た。止めを刺してやる。
「いや、お前の所為だ。お前は堂上さんが十年間も必死に努力した事を伝えなかった。都合よく堂上さんの事を話して、彼女に薄情な事を言わせたんだ」
「ちがう。態とじゃない。そうじゃないんだ」
俺の追及で、面白いように、菊池の顔色が変わっていく。
「いや、お前は態と隠した。お前は彼の直向きな愛情に、彼女を取られると感じたんだ。だから敢えてその事を隠した。そして、彼女に絶望に追い込む様な言葉を言わせたんだ。全てお前の所為だ。お前の所為で、堂上さんは自殺したんだ」
「そうだよ。その通りさ。でも何が悪い。あんな言葉で死ぬあいつが弱いだけだ」
菊池が開き直って、投げやりになった。終演は近い。
「ああ、堂上さんが弱かっただけだ。だが、人間は弱い生き物だ。追い詰められると簡単に自殺する。そんなことも分らずに、追い詰めたお前の責任だ。そのことをもう一度よく考えろ。お前が殺したのは、蝶でも猫でもない人間だ。罪には問われなくとも、お前が追い詰め、自殺させた事実は変わらないんだ」
菊池は、反論もできずに、項垂れた。俺は菊池の蒼い顔で塞ぎこむ姿を眺め、勝利の快感に酔いしれた。
「少しは反省して、三島の堂上さんの実家に焼香でもしに行くんだな。俺は帰る」
そう言い捨てて、項垂れている菊池を一人残し、一階に降りて行った。
そして家政婦に、「彼のお母さんは、いつ頃お帰りでしょう」と訊いてみると、意外にも「今の時間は、お部屋に籠って仕事しています」との返事が返ってきた。
どうやら、俺が訪問してきたことを、母親に知らせるなと、事前に頼んで、彼女が部屋に来ない様にしていただけらしい。
「お仕事中なら、ご迷惑かもしれませんが、帰る前に挨拶だけでもしておきたいので、会わせていただけませんか」
「分かりました。ご案内します」
その家政婦は、素直に俺を、菊池の母親の部屋に案内してくれた。
彼女は、今日は肘丈の胸が強調されるぴったり目の黄色いシャツをきて、机でモバイルPCを拡げて何かの作業をしていた。
「あら川村君、来ていたなんて知らなかった。挨拶にも行かないで、御免なさいね。もう祐介との話は済んだの? 態々挨拶に来てくれるなんて、律儀な人ね」
俺は当初の計画通りに、彼女に全てを話し、追い詰めることにした。
「実は、あなたにも知らせておいた方が良いと思い、伺いました。菊池の奴は、何にも言わなかったと思いますが、あなたの元彼だった堂上さんが、一週間前に自殺し、四日前の夕方、発見されました。そして、その際、大量に野良猫の骨が見つかりました。敬虔なカトリック教徒だったのに、あなたの期待に沿える人間なろうと、心を鬼にして、十年間もの長きに渡り、動物を殺していたんです。なのに、あなたは『顔も見たくない、二度と顔をみせないで』と、冷たく電話したんですよね。あなたのその電話を苦に、彼は自殺したんです」
彼女は話の途中で、立ち上って、俺の方に歩み寄ってきた。ワインレッドの長いワイドパンツが目を引くが、その瞳は意外にも、涙で潤んでいた。
「そう、私のあの電話で、彼は絶望して自殺したの。私はいよいよ殺人犯になったのね」
そしてそのままベッドに崩れるように腰掛けると、遂にその頬に涙が伝わって流れ落ちた。
もっと冷酷な魔女と思っていので、もっと追い込まないと、泣かないだろうと思っていただけに、素直に反省して泣く姿を見て、少し可哀相になってきた。
本当は病死でしたと話そうと、彼女の横に座り、肩を抱いた時、視界に菊池の姿が飛び込んで来た。彼はこの寝室の開け放っているドアに手を掛け、茫然とこっちを見つめている。
俺は、菊池に更なる絶望感を味わわせる事に決めた。
「麗子さん、あなたは生きているだけで罪深い魔女のような人だ」
俺はそっと彼女の顎に手を添えて、潤んだ瞳を暫く見つめた。すると彼女も目を閉じてきて、俺はそっとその唇にキスをした。
その彼女の顔の向こうに、慌てて走り去る菊池が映っていた。
俺は菊池に完全勝利した。いい気味だ。
そう思って俺が相好を崩した途端、彼女は突然、クククと笑い出した。
「やはり私の見込んだ通りの人ね。あなたは祐介を育てる良いライバル。私も堂上の事を調べさせたから、病死だったと知っているの」
「でも、さっきは初めて知ったみたいに……」
「四日前の晩から、祐介の態度がおかしかったから気付いていたわ。でもあなたが祐介に嘘をついて陥れようとするとは、正直思わなかった。さっき、あの子が泣きそうになってやって来たので、あなたに付き合って演技してあげたのよ。私は、堂上なんて何とも思っていないもの」
それを聞いて、俺の背中に戦慄が走った。やはりこの女はとんでもない魔女だ。
「競争社会は他人の弱点を突いて、相手を蹴落とすもの。あなたは子猫ではなく、ライオンだった。私は好きよ」
彼女は、そう言って再び口付けしてきて、俺は慌てて立ち上った。
「主人は私をレイプして堂上から私を奪ったの。私はライオンのように強い男が好き。祐介はまだ可愛い子ライオン。あなたも同じ。でもあなたには覇者のライオンになれる素質があるわ。祐介をもっと絶望の淵に追い込んで見ない?」
彼女はそう言って服を脱ぎ始めた。
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俺は、急いで彼女の寝室から逃げ出していた。
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