仮面の裏側

根鳥 泰造

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 母と堂上とは、何でもないと自分に言い聞かせるが、彼女の中に、未だに大切な思い出として、あの男がいると気づき、頭が変になりそうだった。
 僕は、母を独占したいというより、今は彼女の事を真剣に愛している。川村には恋愛感情はなく、気を惹きたいだけだと言ったが、抱きたい欲求だってある。彼女は、今の僕にとっては、母というより、三十四歳の美しい女性なのだ。

 彼女が嫁いできたのは、僕が小学三年生の年末、実母の喪も明けないうちに、後妻として嫁いできた。
 母を亡くしたばかりで、直ぐには受け入れられないと思うかもしれないが、僕は彼女と直ぐに仲良くなった。
 実母は僕を恐れ、愛してくれなかったからだ。
 母は、政略結婚で嫁いできたらしく、父を恐れ、嫌っていた感があり、お腹を痛めた子であっても、僕を愛せなかったのだと思う。
 物心ついたころから、彼女は僕を嫌そうに追い払おうとしたりしてきて、僕の事を愛していないことに気が付いていた。
 それでも小二の夏休みまでは、優しい母親でいようと努力をしてくれていた。
 その夏、ペットのインコが死に、僕が昆虫採集の防腐剤でそれを剥製にしようとしているのを見てしまってから、彼女は僕を極端に避ける様になった。
 聞き分けの良く礼儀正しい子供を演じていても、その仮面の下に、父親譲りの残忍な冷酷さを隠し持っているのを知り、恐れたのだろう。
 以来、僕の事は家政婦任せにし、僕と遊ぶことも、お風呂に一緒に入ることもしなくなった。

 でも義母は違った。常に僕を視線で追い掛け、心から愛してくれた。絵本を読んで添い寝してくれたり、一緒にお風呂も入って身体を洗ってくれたりもした。
 だから、僕は彼女を素直に母として受け入れた訳だ。

 僕は彼女を一人の女性として意識するようになったのは、僕が私立の有名進学校の高等部に合格した時。彼女に強くハグされ、興奮してしまった。以来、どんどん彼女を一人の女性として、好きになって行った。
 彼女も僕を溺愛していてくれている。子供の頃は、父の一人息子だからという義務感から、愛してくれていると思っていたが、父が刺殺されてからは、一人の男として、愛してくれていることに気づいた。
 彼女は、父の様な性格の男性が好きなのだ。そして僕にも、父と同じ冷酷な残虐性を持っていると感じとって、どんどん僕に惹かれていったに違いない。

 僕が中学一年生の時、長年飼ってきた愛犬が死んだ。そして僕がそれを解剖しているのを、彼女に見られてしまった。
 僕だって、死んだペットを解剖するなんて異常だと理解している。だからその時は、きっとまた実母の時みたいに、嫌われたりするのではないかと怖くなった。
 でも彼女はそれを見ても怒りも驚きも泣きもせずに近寄って来て、「祐ちゃんは将来お医者さんになるつもりなの?」と目を輝かせて受け入れてくれた。
 父があの事件で死んだ時もそうだ。
 僕は父の事が自慢で、大好きで、帝王学を教えてくれる先生でもあり尊敬していたが、なぜかその突然の死を悲しいとは思わなかった。
 ついこの間まで元気に馬鹿笑いしていたので、死を受け入れられなかったのではない。ちゃんと父が恨みを買って殺されたと理解していたが、涙もでず、むしろこれで彼女を自分一人のものに出来ると、つい破顔してしまう程だった。
 そんな僕を見つけた母はそっと僕を抱きしめて、「悲しくなくても悲しんでいる振りをするものよ」と僕の心を理解してくれた。

 子供が出来なかったこともあるが、彼女は今でも僕を溺愛し、理解してくれている。いや、どんどんその愛が強くなっている筈だった。
 なのに、堂上なんて元彼が突然現れ、プロポーズしようとしている。

 僕は、義母の寝室に足を運び、二人を引き裂くことにした。
「母さん、さっきの堂上さんの件なんだけど、今、良いかな」
 彼女は、ノートパソコンで何か作業をしていたけど、蓋を閉じて、こっちに来て、ダブルベッドに一緒に腰かける様に、誘導してきた。
 お風呂上りなのか、銀色に輝くシルクのサテンパジャマ姿で、シャンプーのいい匂いがし、興奮してしまうが、目的を誤ったりしない。
「彼、異常だよ。母さんの事、隠れてこっそり見ていたらしい。僕が揚羽蝶を見つけて、殺している所を……」
 僕は、父の様な残忍な男になりたいと、努力していたことだけ隠し、ずっと母を忘れられず、思い続けているストーカーみたいだったと話し、近いうちにプロポーズしにくると言っていたと話した。
「祐ちゃんは、心配しなくてもいいわ。昔は好きだったけど、今はなんとも思っていないから。彼が来たら、きっちり断って、もう会わない様に伝えるから」
「いや、あんな男とは会わない方がいいよ。もしかして、襲ってくるかもしれないし……。今、電話して、はっきり断った方がいい」
「そうね。でも電話番号がわからないし……」
「僕が調べてあげるよ」
 104の電話番号案内サービスを使って、大体の住所と名前から、電話番号を教えてもらい、僕のスマホで電話を掛け、呼び出し音がなると、彼女に渡した。
「堂上さん? お久しぶりです。私が誰だかわかりますか」
 母は、少し懐かしそうに話をしてから、「私はもうあなたの事は何とも思っていない。あなたが何を言ってきても、私の気持ちがなびく事はないの。もう二度と顔を見せないで。それじゃ」と電話を切った。
 直ぐに折り返しで電話が掛かってきたが、僕はその場で即切りして、スマホの電源をオフにした。
「祐ちゃんが、私の事で、そんなにむきになるなんて、うれしいな。本当に可愛い」
 ブラもしていない柔らかな胸を押し付ける様に強くハグをしてきて、僕は理性を失いそうだった。
 母は、そんな僕の心を知ってか知らずか、さっと立ち上がり、「それじゃ、おやすみなさい」と追い返されてしまった。


 あれから五日が経ったが、堂上からはもう電話が掛かってこない。直接、母に会いに行っていないかが、気になるが、きっと諦めたにちがいないと思っていた。
 その水曜の帰りに、あの光景に出くわすまでは……。
 その日の帰り道、「殺人事件らしい」と人が走っていくのに気づいて、ちょっと野次馬根性で、彼らの付いていくと、堂上邸の周りに、人だかりができていた。
 黄色いキープアウトのテープが張られて、なにやら青いビニールシートにくるまれたものが次々と搬出されていく。
 野次馬の話によると、堂上の腐乱した自殺遺体が見つかったとのこと。彼は殺人鬼で、自宅で死体をバラバラにしていて、その罪の意識で自殺したのだろうとの話で、あの青いビニール袋の中味は、その人骨なのだそう。
 彼は、自殺していた。死後五日だとすれば、僕が母にあんなことを言わせたことで、その直後に自殺したに違いない。
 そう思うと、情けないことに、人の命を奪ったという罪悪感が、僕の胸を締め付けていった。蝶を殺すのとは訳が違う。
 父は、人を自殺に追い込んでも平気でいられるが、僕はまだまだその域にないということらしい。
 これじゃ、彼女に愛想をつかされる。堂上が弱かっただけの事だ。僕が悪い訳じゃない。
 僕は何度も自分に言い聞かせた。

 母は、堂上が自殺したと聞いて、どう思うのだろう。僕と同類だとしても、今は蝶も殺さなくなっている。冷徹で残忍な男に惹かれていても、かよわい女性。僕以上に、罪悪感を感じるに違いない。
 さて、どうしよう。母にこの事を知らせるべきだろうか、知らせずに何も見なかったことにして帰宅するか。
 ニュースが流れれば、遅かれ早かれ彼女の耳にも届くと判断して、僕はスマホを取り出した。
 だが『お母さん』の文字を見てそれにタッチするのを躊躇った。
 連絡先登録情報が『麗子さん』ではなく『お母さん』となっている事実に、手が止まった。
 僕の勝ちだとさっきまで、思っていたのに、堂上が「麗子さん」と名前で呼んでいたことが思い出され、今は敗北感のような感情すら抱いている。
 同時に、彼女に電話すべきかも、迷い出した。
 自殺したことを知って、彼女が悲しむのは間違いないが、自殺した行為に、疑問を抱く気がしてきた。
 長年思い続けていたとしても、振られた程度で、人は自殺したりはしないと疑問に抱く。そして堂上が、動物を殺しつづけ、遂には人まで殺し、ばらばらに解体して悪魔にまでなっていたことを知る。
 そうなったら、彼女の心は、再び死んだあいつに向くし、それを隠していた僕の事も軽蔑するに違いない。
 彼女が好きなのは圧倒的力で敵をねじ伏せる父のような強者であり、姑息な手を使って、敵を蹴落とす卑怯者ではないからだ。
 きっと実母に避けられたように、彼女からも嫌われ、相手にされなくなる。それだけは絶対に避けねばならない。
 僕は、ふと川村を思い浮かべ、電話を入れていた。
「あいつが、あの堂上が自殺した。今、あいつの家の前にいるが、野次馬の話だと、奴は殺人までしていたらしい。動物愛護団体の人にみつかり、詰め寄られて、つい衝動的に殺しただけかもしれないが、死体をバラバラにして埋めていて、その罪悪感から自殺したと噂している。だが、きっと違う。僕の母が掛けた電話の所為だと思う。警察にそのことを説明に行った方がいい気はするが、そうなると、母は刑事に問い詰められて、罪悪感を抱くだろう。それはあまりに可哀相だ。どうすべきかな」
「お前、なにを言っているんだ。電話って何だ。あの後、何があったのか、落着いてきちんと話してみろ」
 僕は、堂上と話をした日の夜に、母に電話させて、はっきりと付き合う気がないと言わせたことを説明した。
「成程な、そんな電話を掛けさせたのか。悪魔になってまで、彼女に愛されたいと努力したのに、その彼女からそんな事を言われれば、確かに、自殺したくなるかもしれないな。でも自殺ならあまり大きな騒ぎにはならない。お前のお袋さんは気づかずに、罪悪感を抱かなくて済むかもしれない」
「でも、殺人犯なら、自殺でも大きなニュースになるだろう」
「本気で言ってるのか? 堂上さんが狂人となっていのは確かで、あの日も、強烈な芳香剤の匂いがしていた。だが動物を殺しても、流石に人間を殺したりはしないだろう」
 確かに、川村の言う通りかもしれない。ばらばら死体だと野次馬が話していただけで、単に大量の小動物の骨が出て来て、それを鑑定するために、搬出しているだけに違いない。
 僕は、川上の言うとおりに、この事は見なかったことにして、母には内緒にしておくことに決めて帰宅した。

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