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「安倍晴明」
六、頭中将
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左大臣家の門前には、多くの牛車が止まっていた。牛車の前には、御者が所在なさげに棒立ちしている。
彼らの主人も、きっと左大臣家の客だ。
こんな時だからこそ、左大臣家に取り入っておこうと考え、お悔やみを言いに来たのだろうか。
ずらりと並ぶ牛車を横目に、小春たちは門番に賀茂家の名前を告げる。
話はつけてある、と保憲が言った通り、何も聞かれることもなく小春たちは左大臣家の門をくぐった。
左大臣家は、京のなかでも随一の大富豪である。
当然ながら、屋敷もこれまでに見たどの家よりも大きかった。安倍家も賀茂家も、そこそこの貴族ではあるが、左大臣家を見てしまうと、物足りなく感じてしまいそうだ。
「陰陽師」として訪れていることを考えると、知らず知らずのうちに身体に力が入る。
主殿へ入ると、そこにいたのは墨色の装束に身をまとった女房がいた。
年かさの女房の顔は疲れ切っており、目の下には黒々とした隈がある。
小春たちに気づくと、近くまで来て頭を垂れた。
「忠行さまから、お話は聞いております」
「私は賀茂保憲。そして、こちらは安倍晴明。私の弟弟子です。父から命を受けて参りました」
保憲がお辞儀をしたのに合わせ、小春も慌ててお辞儀をする。
「お待ちしておりました」
彼女の名は相模。
左大臣家の姫君に仕えていた女房だと言う。
「外に多くの牛車が泊まっていましたが、皆さまは訃報を聞きつけて?」
草履を脱ぎながら、保憲は相模に話しかける。
相模は憔悴しきった顔でうなずいた。
「そうでございます。皆さま、姫さまのことを聞いて駆けつけてくださり……」
「急な出来事でしたから、相模どのもお疲れでしょう」
「いえ。私どものことはお気遣いには至りません。大変なのは、頼道頼道さまです」
相模は首を横に振る。
その隙に、白檀の甘ったるい香のかおりが漂った。
白檀の香りをかいだ瞬間、ふっと頭のなかに女の姿が浮かんだ。
――薄桃色と、朱色の桜重ねの着物を見にまとった女。
彼女は、ただひとり泣いていた。顔を覆いながら泣いているため、表情は分からない。
ただ、それでも美しい濡れ羽色の髪は、高貴な身分の女であることが見てとれた。
これは、幻覚だ。
そう気づいたとき、保憲に声をかけられた。
「晴明、どうかしたかい?」
ぱちぱちと目をまたたくと、小春はまた元の左大臣家にいた。不思議そうに、保憲が小春を見ている。
「いいえ、兄上。何もありません」
答えると、保憲はまだ心配そうな顔をしながらも、相模に向き直った。
「では、最初に頼道さまにご挨拶を――」
言いかけたときだった。
小春たちがやってきた門の方から、大きな声がした。
怒鳴るような、怒っているような大声に、小春はぴくりと身体を震わせた。
「誰かいらっしゃったのでしょうか」
吞気に言う保憲とは裏腹に、声の方を見た相模は、信じられないものを見るような目で絶句した。
「頭中将さま……!」
彼らの主人も、きっと左大臣家の客だ。
こんな時だからこそ、左大臣家に取り入っておこうと考え、お悔やみを言いに来たのだろうか。
ずらりと並ぶ牛車を横目に、小春たちは門番に賀茂家の名前を告げる。
話はつけてある、と保憲が言った通り、何も聞かれることもなく小春たちは左大臣家の門をくぐった。
左大臣家は、京のなかでも随一の大富豪である。
当然ながら、屋敷もこれまでに見たどの家よりも大きかった。安倍家も賀茂家も、そこそこの貴族ではあるが、左大臣家を見てしまうと、物足りなく感じてしまいそうだ。
「陰陽師」として訪れていることを考えると、知らず知らずのうちに身体に力が入る。
主殿へ入ると、そこにいたのは墨色の装束に身をまとった女房がいた。
年かさの女房の顔は疲れ切っており、目の下には黒々とした隈がある。
小春たちに気づくと、近くまで来て頭を垂れた。
「忠行さまから、お話は聞いております」
「私は賀茂保憲。そして、こちらは安倍晴明。私の弟弟子です。父から命を受けて参りました」
保憲がお辞儀をしたのに合わせ、小春も慌ててお辞儀をする。
「お待ちしておりました」
彼女の名は相模。
左大臣家の姫君に仕えていた女房だと言う。
「外に多くの牛車が泊まっていましたが、皆さまは訃報を聞きつけて?」
草履を脱ぎながら、保憲は相模に話しかける。
相模は憔悴しきった顔でうなずいた。
「そうでございます。皆さま、姫さまのことを聞いて駆けつけてくださり……」
「急な出来事でしたから、相模どのもお疲れでしょう」
「いえ。私どものことはお気遣いには至りません。大変なのは、頼道頼道さまです」
相模は首を横に振る。
その隙に、白檀の甘ったるい香のかおりが漂った。
白檀の香りをかいだ瞬間、ふっと頭のなかに女の姿が浮かんだ。
――薄桃色と、朱色の桜重ねの着物を見にまとった女。
彼女は、ただひとり泣いていた。顔を覆いながら泣いているため、表情は分からない。
ただ、それでも美しい濡れ羽色の髪は、高貴な身分の女であることが見てとれた。
これは、幻覚だ。
そう気づいたとき、保憲に声をかけられた。
「晴明、どうかしたかい?」
ぱちぱちと目をまたたくと、小春はまた元の左大臣家にいた。不思議そうに、保憲が小春を見ている。
「いいえ、兄上。何もありません」
答えると、保憲はまだ心配そうな顔をしながらも、相模に向き直った。
「では、最初に頼道さまにご挨拶を――」
言いかけたときだった。
小春たちがやってきた門の方から、大きな声がした。
怒鳴るような、怒っているような大声に、小春はぴくりと身体を震わせた。
「誰かいらっしゃったのでしょうか」
吞気に言う保憲とは裏腹に、声の方を見た相模は、信じられないものを見るような目で絶句した。
「頭中将さま……!」
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