平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

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「安倍晴明」

七、左大臣

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 頭中将、と言った相模の声は震えていた。
 驚きに目を見開いた相模の目線のさきを見ると、そこにいたのは颯爽と歩いてくる男の姿。

 青鈍色の直衣を見にまとった男の瞳は、まるで青の炎に燃えているような熱を持つ。
 意志の強そうな形の良い眉に、すうっと通った鼻梁。
 少し日に焼けた肌色をした男は、遠目に見るだけでも美丈夫だと分かった。
 彼の一挙一動に、視線が吸い付けられるほどの壮絶な色気に、小春は思わず息をのんだ。

「相模っ! これはどういうことだ」

 男は、入ってくるや否や小春たちに目もくれず、相模に言いつのった。

「頭中将さま……、お気を落とされるのも分かりますが」

「そういうことを聞きたいのではない!」

 かぶりを振って、男――頭中将は言った。
 苛立ちを隠せない怒気の強さで、相模の肩を掴み言いつのる。

「本当に、姫は……!」

「……頭中将さま」

 静かに、相模はうつむいた。
 それだけで、頭中将はすべて悟ったのだろう。
 相模の肩を掴んでいた手が、だらりと下がった。
 すうっと、彼を包んでいた熱が消えたように見えた。

「頼道さまにご挨拶をしなければ」

 かすれた頭中将の声に、相模は、気の毒そうにうなずく。
 頭中将が力なく歩みを進めたとき、やっと相模の隣にいた小春たちに気づいたようだった。
 小春たちの着ている真白の直衣を見て、陰陽師だということを察したのだろう。
 ふっと視線が交わった。
 悲しみを帯びているような、どこか諦めているような瞳。

 そして、ふっと視線が逸らされ、そして頭中将は立ち去った。
 直衣の裾を翻した瞬間、また白檀の香りが漂う。今度は、女の姿は見えなかった。

「……今のが、頭中将さまですか?」

 相模はうなずいた。

(圧倒的な存在感だった……)

 若くして頭中将になるほどの方だ。圧倒的な存在感があった。

「すごい方でしたね」

 つぶやくように言う。
 相模は、すこし寂しそうな笑みを口元に浮かべた。
 
「お若いのに、頼道さまからの信任も篤く、素晴らしい方ですわ」

「頭中将は、姫君と恋仲だったという噂もありますが?」

「……兄上」

 不躾すぎる質問だろう、と保憲の裾を引く。
 保憲は小春をちらりと見るも、いつもの朗らかな笑みを崩さない。
 意に介していないようだ。

 外見だけ見れば優男という印象だが、やる時はやるのが保憲だ。

「はい。頭中将さまは、姫君と恋仲にありました」

「やはり、噂通りですね。美男美女と宮中では羨ましがられたとか」

「そうですね。眉目秀麗なお二人で」

「お二人の仲は良かったのでしょうか」

(あ、兄上……!)

 これはさすがに、深堀りしすぎだろう。
 保憲を睨むも、顔面には先ほどと同じ笑みを貼り付けている。
 この質問に、相模は一瞬面食らったような顔をした。

「……。お二人の仲は良かったと思いますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 にこにこと、お礼を言う保憲。
 小春はほっと胸をなで下ろした。
 ほぼ初対面にも近い相模に対して、いきなり距離を詰められるのは保憲だけだ。

「では、頼道さまのところへご案内します」

 相模に連れられ、小春たちは左大臣――紀頼道きのよりみちの元へ向かった。
 
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