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「安倍晴明」
八、諍い
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「兄上、いきなりあんなことを言うのは流石に失礼ですよ」
相模に案内されながら、小春は保憲に小声でささやく。
小春のお小言にもかかわらず、保憲は涼しい顔をしていた。
「情報を集めておくに越したことはないだろう?」
「そうですが……。相模さんに嫌われたらどうするんですか」
「嫌われる……?」
きょとんとして、保憲は笑った。
「嫌われるなんてこと、ないだろうよ。今、左大臣家は陰陽師に頼るしかないんだから」
もし、本当に姫君が自死していたのであれば、それこそ左大臣家の恥だろう?、と保憲は笑みを含んだ声音で小春に囁いた。そのとき、保憲の瞳がほの暗く光って見えて、はっとする。
まばたきをしてもう一度見直すと、先ほどとは一転、いつもの保憲の涼しげな目に戻っていた。
(今のは、見間違いだよね?)
まじまじと保憲を見つめていると、保憲は困った顔をした。
「どうしたの、小春?」
「い、いえ」
咄嗟に誤魔化して、黙って歩みを進める。
屋敷のなかは、多くの女房たちがせわしなく飛び回っていた。供養の準備など、することは沢山あるのだろう。
ぱたぱたと動き回っている女房たちを見ていると、つい先日同じ屋敷のなかで姫君が死んだようには思えなかった。
「小春は、何かの気配を感じる?」
保憲が、声をひそめたまま小春にたずねた。
「……いいえ。兄上は?」
先ほど見た、白檀の香りとともに現れた女の幻影。それを保憲に伝えるかどうかを迷い、でも口をつぐんだ。
あれが、姫君と決まったわけではない。それに、その後見えていないのだ。
もしまた見ることがあれば、その時に告げよう。
「僕もだ。今のところは、なにも」
保憲には、あの女の姿は見えていなかったのだ。
「…出るなら早く出て欲しいね」
保憲の言葉に、小春はただうなずいた。たしかに、小春たちは陰陽師だ。あやかしが出てくれなければ、何もできない。
主殿にたどり着いた小春たちだったが、主殿の前でおろおろと右往左往している女房が目についた。
中でなにかあったのだろうか。
中にいるのは、おそらくこの屋敷の主人である左大臣、頼道だろう。
小春たちが近づくと、おろおろと狼狽していた女房の一人が、相模に気がついた。
「相模さん、おふたりが……!」
血相を変えた女房に事情をたずねると、頭中将を中に通し、人払いをしたまではよかったが、頼道の怒鳴り声が中から聞こえたのだと言う。
おそらく、中では言い争いが起こっているのだと。
権力者二人を止められるものは、ここには誰もいない。仲裁に入るべきか否か、ここで迷っていたところに、ちょうど小春たちが通りかかったようだ。
「……保憲どの、晴明どの。お見苦しいところをお見せしております」
眉間を抑えた相模が、ため息をついた。
「いえ。お構いなく」
「大変申し訳ないのですが、今日は一旦お引き取りを——」
「中に入りましょう」
「……は?」
相模の言葉にかぶせるように、保憲は言った。相模の目が点になる。
「あ、兄上?!」
「これは千載一遇の機会だぞ、小春」
そう言った兄弟子の顔は、とても楽しそうだった。心から浮き立っているような表情に、小春はがっくりと肩を落とす
(こういう時の兄上は、止めてもきかないんだよなぁ……)
「兄上、本気……ですよね」
いたずらっ子のような微笑みを浮かべた保憲は小春に向かってうなずいて見せると、空気の凍りついている主殿のなかに勢いよく入ったのだった。
相模に案内されながら、小春は保憲に小声でささやく。
小春のお小言にもかかわらず、保憲は涼しい顔をしていた。
「情報を集めておくに越したことはないだろう?」
「そうですが……。相模さんに嫌われたらどうするんですか」
「嫌われる……?」
きょとんとして、保憲は笑った。
「嫌われるなんてこと、ないだろうよ。今、左大臣家は陰陽師に頼るしかないんだから」
もし、本当に姫君が自死していたのであれば、それこそ左大臣家の恥だろう?、と保憲は笑みを含んだ声音で小春に囁いた。そのとき、保憲の瞳がほの暗く光って見えて、はっとする。
まばたきをしてもう一度見直すと、先ほどとは一転、いつもの保憲の涼しげな目に戻っていた。
(今のは、見間違いだよね?)
まじまじと保憲を見つめていると、保憲は困った顔をした。
「どうしたの、小春?」
「い、いえ」
咄嗟に誤魔化して、黙って歩みを進める。
屋敷のなかは、多くの女房たちがせわしなく飛び回っていた。供養の準備など、することは沢山あるのだろう。
ぱたぱたと動き回っている女房たちを見ていると、つい先日同じ屋敷のなかで姫君が死んだようには思えなかった。
「小春は、何かの気配を感じる?」
保憲が、声をひそめたまま小春にたずねた。
「……いいえ。兄上は?」
先ほど見た、白檀の香りとともに現れた女の幻影。それを保憲に伝えるかどうかを迷い、でも口をつぐんだ。
あれが、姫君と決まったわけではない。それに、その後見えていないのだ。
もしまた見ることがあれば、その時に告げよう。
「僕もだ。今のところは、なにも」
保憲には、あの女の姿は見えていなかったのだ。
「…出るなら早く出て欲しいね」
保憲の言葉に、小春はただうなずいた。たしかに、小春たちは陰陽師だ。あやかしが出てくれなければ、何もできない。
主殿にたどり着いた小春たちだったが、主殿の前でおろおろと右往左往している女房が目についた。
中でなにかあったのだろうか。
中にいるのは、おそらくこの屋敷の主人である左大臣、頼道だろう。
小春たちが近づくと、おろおろと狼狽していた女房の一人が、相模に気がついた。
「相模さん、おふたりが……!」
血相を変えた女房に事情をたずねると、頭中将を中に通し、人払いをしたまではよかったが、頼道の怒鳴り声が中から聞こえたのだと言う。
おそらく、中では言い争いが起こっているのだと。
権力者二人を止められるものは、ここには誰もいない。仲裁に入るべきか否か、ここで迷っていたところに、ちょうど小春たちが通りかかったようだ。
「……保憲どの、晴明どの。お見苦しいところをお見せしております」
眉間を抑えた相模が、ため息をついた。
「いえ。お構いなく」
「大変申し訳ないのですが、今日は一旦お引き取りを——」
「中に入りましょう」
「……は?」
相模の言葉にかぶせるように、保憲は言った。相模の目が点になる。
「あ、兄上?!」
「これは千載一遇の機会だぞ、小春」
そう言った兄弟子の顔は、とても楽しそうだった。心から浮き立っているような表情に、小春はがっくりと肩を落とす
(こういう時の兄上は、止めてもきかないんだよなぁ……)
「兄上、本気……ですよね」
いたずらっ子のような微笑みを浮かべた保憲は小春に向かってうなずいて見せると、空気の凍りついている主殿のなかに勢いよく入ったのだった。
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