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「安倍晴明」
十、色好み
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左大臣家の屋敷から出た小春たちは、なぜか頭中将の屋敷に招かれていた。
さすがは若くして頭中将になるほど出世した男だ。
左大臣家には劣ると言え、安倍家や賀茂家よりはずいぶんと大きい屋敷である。
庭に植えられている木々や花たちの様子は奥ゆかしくも上品で、家主である頭中将の人柄も図り知ることができた。
――そういえば、頭中将の家は、すでに父親が亡くなっているのだったっけ。
若くして当主になるというのはどんな気持ちなのだろう。
最近はとんと寄り付かなくなった、安倍家のことをふと思い出した。
安倍家は、陰陽師にならなかった長兄が家を継ぐことになっている。
小春の出番は、よっぽどのことでなければないだろう。もともと捨てられた身の上だ。
今さら地位や名誉にこだわるつもりもなかったから、それに不満はない。
ただ、頭中将のような守るべき家がある人は大変だろうな、と他人事のように思った。
屋敷に入るや否や、小春たちは大勢の女房たちに出迎えられた。
どうやら、小春たちが来ることを頭中将が先に知らせていたようだった。
頭中将は、当たり前のように「一緒に夕餉を食べるだろう?」と尋ねた。女房たちを含め、歓迎する雰囲気のなかで断るわけにもいかず、小春たちは頭中将とともに食事を囲むことになってしまった。
静まり返った部屋のなかで、小春はごくりと唾を飲み込む。
御膳のうえには、大きな白身魚。
おそらくほっけだろう。
ほぐして口にいれると、ふっくらした食感とともに、絶妙の塩味が舌に伝わった。しょっぱすぎず、薄すぎずのちょうどいい塩梅だった。
ほかほかのご飯とともにかき込むと、これまた絶品だ。
普段、陰陽寮では質素なものを食べているだけに、美味しい魚が身体に染みわたる。
こんな良いものを食べてるなんて、さすがは頭中将になるだけあるなぁ、と小春は心のなかで何度目かの賛辞を頭中将に伝えた。
これが食べられるなら、あと何回でもここに来たい。美味しいものを食す幸せを噛みしめて箸を置く小春だったが、そこであることに気づいた。
あまりに食べることに夢中になっていたせいか、いつの間にか一番乗りで食べ切ってしまっていた。
保憲や頭中将が優雅にほっけを口元まで持っていく様子を見て、今さらながら恥ずかしさが込み上げる。
顔をあげていられない小春は、飾ってある屏風を見ている振りをしながら、二人の食事の様子を見守った。保憲はともかく、頭中将はほとんど口を付けていない。
恋人が亡くなってすぐなのだから、それもそのはずだろう。
すこし、いたたまれない気持ちになる。
「あなた方は、あやかしの仕業だと思うか?」
ふと、静かな声で頭中将がつぶやいた。
「と、申しますと?」
茶碗を置いて、保憲がたずねる。
「あやかしのせいであってほしい、と私は思っている。まだ姫が死んだとは、信じられないのだ」
答えた頭中将の顔は、蒼白だった。小春の目には、左大臣家の姫君のことを少なからず大切にしていたように見えた。色好みという噂はあれど、それぞれの女にはきちんと情をかけていたのだと、信じたい。
「それを調べるためにも、頭中将さまには協力していただきますよ」
「それはもちろんだ」
憮然として頭中将が答えると、保憲はすこし楽しそうな笑みを口元に浮かべた。
「……では、お教えください。あなた様に恋心を寄せているであろう、女性のことを」
さすがは若くして頭中将になるほど出世した男だ。
左大臣家には劣ると言え、安倍家や賀茂家よりはずいぶんと大きい屋敷である。
庭に植えられている木々や花たちの様子は奥ゆかしくも上品で、家主である頭中将の人柄も図り知ることができた。
――そういえば、頭中将の家は、すでに父親が亡くなっているのだったっけ。
若くして当主になるというのはどんな気持ちなのだろう。
最近はとんと寄り付かなくなった、安倍家のことをふと思い出した。
安倍家は、陰陽師にならなかった長兄が家を継ぐことになっている。
小春の出番は、よっぽどのことでなければないだろう。もともと捨てられた身の上だ。
今さら地位や名誉にこだわるつもりもなかったから、それに不満はない。
ただ、頭中将のような守るべき家がある人は大変だろうな、と他人事のように思った。
屋敷に入るや否や、小春たちは大勢の女房たちに出迎えられた。
どうやら、小春たちが来ることを頭中将が先に知らせていたようだった。
頭中将は、当たり前のように「一緒に夕餉を食べるだろう?」と尋ねた。女房たちを含め、歓迎する雰囲気のなかで断るわけにもいかず、小春たちは頭中将とともに食事を囲むことになってしまった。
静まり返った部屋のなかで、小春はごくりと唾を飲み込む。
御膳のうえには、大きな白身魚。
おそらくほっけだろう。
ほぐして口にいれると、ふっくらした食感とともに、絶妙の塩味が舌に伝わった。しょっぱすぎず、薄すぎずのちょうどいい塩梅だった。
ほかほかのご飯とともにかき込むと、これまた絶品だ。
普段、陰陽寮では質素なものを食べているだけに、美味しい魚が身体に染みわたる。
こんな良いものを食べてるなんて、さすがは頭中将になるだけあるなぁ、と小春は心のなかで何度目かの賛辞を頭中将に伝えた。
これが食べられるなら、あと何回でもここに来たい。美味しいものを食す幸せを噛みしめて箸を置く小春だったが、そこであることに気づいた。
あまりに食べることに夢中になっていたせいか、いつの間にか一番乗りで食べ切ってしまっていた。
保憲や頭中将が優雅にほっけを口元まで持っていく様子を見て、今さらながら恥ずかしさが込み上げる。
顔をあげていられない小春は、飾ってある屏風を見ている振りをしながら、二人の食事の様子を見守った。保憲はともかく、頭中将はほとんど口を付けていない。
恋人が亡くなってすぐなのだから、それもそのはずだろう。
すこし、いたたまれない気持ちになる。
「あなた方は、あやかしの仕業だと思うか?」
ふと、静かな声で頭中将がつぶやいた。
「と、申しますと?」
茶碗を置いて、保憲がたずねる。
「あやかしのせいであってほしい、と私は思っている。まだ姫が死んだとは、信じられないのだ」
答えた頭中将の顔は、蒼白だった。小春の目には、左大臣家の姫君のことを少なからず大切にしていたように見えた。色好みという噂はあれど、それぞれの女にはきちんと情をかけていたのだと、信じたい。
「それを調べるためにも、頭中将さまには協力していただきますよ」
「それはもちろんだ」
憮然として頭中将が答えると、保憲はすこし楽しそうな笑みを口元に浮かべた。
「……では、お教えください。あなた様に恋心を寄せているであろう、女性のことを」
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