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二の姫
二十六、あやかし屋敷
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たどり着いた朝顔の君の屋敷は、一見して普通の貴族の邸宅のように見えた。さほど大きいわけではないが、よく手入れが行き届いているように感じる。
もし朝顔の君のことを知らなかったら、このまま通り過ぎてしまったに違いない。なんの変哲もないただの屋敷だ。
「ここが、朝顔の君の屋敷ですね」
「小春、なにかあったら僕を置いて逃げるんだぞ」
いつになく真剣な声音の保憲を見上げる。
「何言ってるんですか兄上。見捨てて逃げられるわけないじゃないですか」
「……そうだよな。小春ならそう言うか」
呆れたような、ほっとしたような声。
いつになく弱気になっている兄弟子を励ますつもりで、その頼もしい背中を叩く。
「……?!」
「いつもの兄上らしくないですよ」
驚いている保憲に言って見せると、目をぱちくりさせた保憲は、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた。
そう、兄上はこうでなくっちゃと心のなかでつぶやく。
「さて、いこうか」
「はいっ! 兄上」
保憲に続いて、敷地内に一歩足を進める。背筋にぞくりとする冷気を感じた。冷たい氷の柱を背骨に入れられたようだ。思わず顔が引きつる。
「これは……恐ろしいほどの妖気だね」
改めて気を引き締める。生半可な覚悟では、「朝顔の君」には勝てない。
門から屋敷まではたった数十歩。それなのに、一歩一歩が恐ろしく重く感じた。
庭をちらと覗くと、庭にはたくさんの梅の木が植っている。夜半の月明かりに照らされ、紅く色づいた花々が見えた。紅梅が血の色を思い起こされ、小春は無意識のうちにごくりと唾を飲み込んだ。
屋敷のなかに入ると、さらに冷たい妖気が強くなった。
ぶるりと背中を震わせる。大きなあやかしの口の中にでも入った気分だ。いつでも飲み込めるのだぞ、と脅されているような感覚さえする。
そうは言っても、こちらも武器はたくさんあるのだ。
いつでも胸元から呪符を取り出して投げつけられる。呪符を掴んでいる手が小さく震えていることは、気づかないふりをする。自分が恐怖していることに気づいてしまったら、負けてしまうような気がした。
保憲とふたり、呼吸の音でさえうるさく聞こえるほどに神経を研ぎ澄ませ、屋敷のなかを進む。
おそらく、朝顔の君――もといあやかしがいるのは、最奥にある寝殿だろう。
寝殿へとつながる渡殿を曲がる。異様な静けさのなか、小春たちは誰もいないがらんとした寝殿のなかにたどり着いた。
さらに重苦しくなる空気。人影は、御簾のなかにあった。朝顔の君はひとりなのだろうか。
「そこにいるのは、だぁれ?」
鈴の音を鳴らすような声。舌っ足らずな口調。小春と同じか、それより小さい少女ではないか。
そんな小さい子が、こんな事件を?
小春たちの間に緊張が走る。朝顔の君が少女だったとしても、近くの村から人をさらったのは確かだ。
白でさえ力を保てないぐらい消耗したのだ。小春たちが無事で帰れる保証はない。
小春と保憲は目を合わせて、ゆっくりと御簾に近づいた。
もし朝顔の君のことを知らなかったら、このまま通り過ぎてしまったに違いない。なんの変哲もないただの屋敷だ。
「ここが、朝顔の君の屋敷ですね」
「小春、なにかあったら僕を置いて逃げるんだぞ」
いつになく真剣な声音の保憲を見上げる。
「何言ってるんですか兄上。見捨てて逃げられるわけないじゃないですか」
「……そうだよな。小春ならそう言うか」
呆れたような、ほっとしたような声。
いつになく弱気になっている兄弟子を励ますつもりで、その頼もしい背中を叩く。
「……?!」
「いつもの兄上らしくないですよ」
驚いている保憲に言って見せると、目をぱちくりさせた保憲は、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた。
そう、兄上はこうでなくっちゃと心のなかでつぶやく。
「さて、いこうか」
「はいっ! 兄上」
保憲に続いて、敷地内に一歩足を進める。背筋にぞくりとする冷気を感じた。冷たい氷の柱を背骨に入れられたようだ。思わず顔が引きつる。
「これは……恐ろしいほどの妖気だね」
改めて気を引き締める。生半可な覚悟では、「朝顔の君」には勝てない。
門から屋敷まではたった数十歩。それなのに、一歩一歩が恐ろしく重く感じた。
庭をちらと覗くと、庭にはたくさんの梅の木が植っている。夜半の月明かりに照らされ、紅く色づいた花々が見えた。紅梅が血の色を思い起こされ、小春は無意識のうちにごくりと唾を飲み込んだ。
屋敷のなかに入ると、さらに冷たい妖気が強くなった。
ぶるりと背中を震わせる。大きなあやかしの口の中にでも入った気分だ。いつでも飲み込めるのだぞ、と脅されているような感覚さえする。
そうは言っても、こちらも武器はたくさんあるのだ。
いつでも胸元から呪符を取り出して投げつけられる。呪符を掴んでいる手が小さく震えていることは、気づかないふりをする。自分が恐怖していることに気づいてしまったら、負けてしまうような気がした。
保憲とふたり、呼吸の音でさえうるさく聞こえるほどに神経を研ぎ澄ませ、屋敷のなかを進む。
おそらく、朝顔の君――もといあやかしがいるのは、最奥にある寝殿だろう。
寝殿へとつながる渡殿を曲がる。異様な静けさのなか、小春たちは誰もいないがらんとした寝殿のなかにたどり着いた。
さらに重苦しくなる空気。人影は、御簾のなかにあった。朝顔の君はひとりなのだろうか。
「そこにいるのは、だぁれ?」
鈴の音を鳴らすような声。舌っ足らずな口調。小春と同じか、それより小さい少女ではないか。
そんな小さい子が、こんな事件を?
小春たちの間に緊張が走る。朝顔の君が少女だったとしても、近くの村から人をさらったのは確かだ。
白でさえ力を保てないぐらい消耗したのだ。小春たちが無事で帰れる保証はない。
小春と保憲は目を合わせて、ゆっくりと御簾に近づいた。
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