平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

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二の姫

二八、焔

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 先に動いたのは、妖狐のほうだった。
 九つに分かれた尾のうちのひとつが、保憲の喉元を狙って伸びる。風切り音がなるほどの速さで迫ったそれを、保憲は軽い足取りで避けた。

(さすが兄上!)

 体術にも優れているのが、真の陰陽師だ、というのが保憲の考えだ。並の人間であれば避けられなかっただろうそれを軽々と避けた保憲は、そのままの勢いで、手にしていた呪符を妖狐に投げつける。
 それを避けた妖狐は、これぐらい当たり前だと言うように、にやりと笑った。動きにくいはずの単や裳を身につけているにもかかわらず、妖狐の動きもかなり素早い。
 保憲の攻撃が当たらなかったのか、と落胆した瞬間、妖狐が避けたはずの呪符は、床に落ちたとともに派手に燃えあがる。標的に当たって発動する呪符ではなく、最初から体制を崩すことを狙っていた攻撃だったのだ。

「ちっ……!」

 保憲の狙い通り、妖狐は舌打ちをしてまた避けた。呪符から出た炎は、妖狐を追尾するように勢いを増して妖狐に襲いかかる。

 それをみた小春は、保憲の攻撃を助けようと、強く握りしめていた呪符を妖狐目掛けて投げつけた。小春の呪符は、浄化の炎を顕現させるもので、あやかし相手に強い効果をもたらす。当たりさえすれば、妖狐にも怪我を負わせることができるだろう。

「はっ!」

 念を込めて投げつけた呪符は、保憲の炎を避けて飛び上がった妖狐の、着地点ちょうどのところに落ちた。

(やった……! 当たった!)

 呪符が妖狐にあたった瞬間、爆発音がし、そこから蒼の焔があがった。まるで焔は意思があるかのように膨れ上がり、妖狐をまるまる飲み込む。

 妖狐の甲高い悲鳴が響きわたり、しかしそれさえ許さないとでも言うように、焔は一層勢いを強くした。
 妖狐の絶叫が、ぷつりと途切れる。

 ぱちぱちと何かが燃える音だけが、あたりに響いた。
 息をのんで焔を見つめていた小春は、いつの間にか自分が肩で息をしていることに気づいた。
 よろよろと、保憲に駆け寄る。

「あ、兄上……!」

 これで倒せたとは、思っていない。あれだけの妖気をもったあやかしが、小春の呪符程度で祓えるはずがない。いまは、一時的に呪符の効果で足止めをしているに過ぎないことは、小春がいちばんよく分かっていた。
 あの呪符は、保憲とともに作ったものだから、きっと保憲も小春の呪符がどれぐらいの威力を持つかどうかなんて、わかっているはずだ。
 
——小春に祓いきることができないのなら、保憲に祓ってもらうしかない。

「助太刀ありがとう、小春」

「はい! あとはよろしくお願いします」

 保憲は腕にしている数珠を引っ掴み、燃え続ける蒼の焔に近づいた。おそるおそる、小春も近づく。
 あやかしだけを焼く浄化の炎だからか、近づいてもまったく熱くはない。蒼の焔の勢いが強いせいで、中で燃えているはずの妖狐の姿がない。

 もうすこし、近づこうとしたその瞬間、焔のなかから勢いよく、煤まみれになった妖狐が飛び出した。
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