平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

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二の姫

三十二、夢

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 小春たちは静かに中庭に出た。
 紅梅の香りがふわりと漂う。しかし、紅梅の下に積み上げられていたのは大量の人の骨だった。どれだけの人間が玉藻に喰われたのだろう。玉藻に喰われていく様を、朝顔の君はどう思っていたのだろう。保憲の腕のなかで、気絶したように眠っている朝顔の君をそっと見やる。
 
「また、元の生活に戻れるでしょうか?」

 朝顔の君を見つめながら保憲に問いかける。

「……すべて元通りにはならないだろうさ。でも、きっとやり直せるはずだ。僕からも父上にお願いしよう。少しでもこの子の生活が楽になるように」

「ありがとうございます。兄上」

「小春も、ありがとう。父上もお喜びになるはずだ」

「いえ、もっと早くに来ることができれば、たくさんの命を救えたかもしれません」

 小春が言うと、保憲は苦々しい顔をする。

「そうだな。この京には、きっと見えていないだけで、多くのあやかしがいるはずだ。それをこの生涯でどれだけ祓えるのだろうな」

「……そうですね」

 もっと強くなりたい。
 もっと強い陰陽師になりたい。

 そうすれば、もっとたくさんの命を救うことができるはずだ。保憲と忠行が、捨てられていた小春の命を救ってくれたように、小春も誰かの命を救いたい。
 村までの道すがら、小春はまた決意を新たに気を引き締めた。

 村を訪れ、保憲が一部始終を説明すると、村人たちは快く受け入れてくれた。
 使っていない小屋を貸してもらい、朝顔の君に食事をとらせるために、すこしだけ分けてもらった稗や粟といった穀物をお粥にする。

 囲炉裏から良い香りがし始めたころ、朝顔の君が目を覚ました。

「……あ、兄上! 朝顔の君が目覚めましたよ!」

「……?」

 ここがどこだか分からない、といった不安げな瞳が揺れる。

「大丈夫ですか?」

「……はい」

「僕は賀茂保憲。こっちは安倍晴明。二人とも陰陽師だ」

「おん、みょうじ?」

「君は悪いあやかしに憑かれていたんだよ」

「わたしが、あやかしに?」

「覚えているかい?」

「……」

「……そうか。また、何か思い出したら教えてくれると嬉しい」

 朝顔の君は素直にこくんと頷く。

「これ、お粥です。どうぞ食べてください」

 小春が朝顔の君へお椀を差し出すと、ぐぅと朝顔の君のお腹の音が鳴る。そこでようやく、朝顔の君は自分がお腹を空かせていることに気づいたようだ。

「……ありがとう」

 お椀を受け取った朝顔の君は、黙々とお粥を食べる。湯気の立つお粥は、瞬く間に朝顔の君のお腹に吸い込まれていった。

「まだ体はつらかろう。もうすこしお眠り。何かあったら起こすから」

 粥を食べ終わった朝顔の君は、言われるがままに横になる。小春は横になった朝顔の君の上に衣をかけてやる。
 底冷えする春の夜だ。少しばかり肌寒い。

 しばらくすると、朝顔の君は寝息を立てて寝始める。

——どうか、良い夢を。

 そう願わずにはいられなかった。
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