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三の姫
四十二、知らせ
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頭中将からの文が届いてから数日、葵は話があると両親に呼び出された。
まさか、頭中将からの文が届いたことを知っているかのような丁度の頃合いに、自然と顔も引きつる。
なにか、悪いことでもあったのか。
滅多なことで、両親が葵を呼ぶことはない。
葵のもとに頭中将の訪れがなくなったときでさえ、何も言われなかったぐらいだ。きっと、家のことを考えるとはやく夫を見つけて欲しいはずなのに、葵のやりたいことをやらせてくれていた。
それが、どんな風の吹き回しだろう。
はやく終わればいい、なんて思いながら葵は身支度を続ける。いつも通り、女房に手伝ってもらいながら着物に袖通す。
今日は、濃紅に紅梅の重ねに身を包む。春の訪れを喜ぶような、鮮やかな色合いだ。葵が身につけるのにはすこし派手だが、そうでもしなければ、気分が上がらなかった。
しっかり唇に紅までひいてもらい、葵が鏡を見ると、美しく着飾った姫君が、浮かない表情でこちらを見つめ返していた。いつもは意志の強い真っ直ぐな瞳も、いまは曇って不安げな色を滲ませている。
いや、もう姫君という歳でもないか。鏡に写っている自分の額には、細かな皺が寄っている。小さくため息をついて、額の皺を伸ばすように、眉間を揉み解す。
「なんでこんないきなりのお呼びなのかしら……」
つぶやくと、女房もはて?と首を傾げた。
「昨今、物騒な事件も続いておりますからねぇ」
のんびりとした声音で女房が言うのは、おそらく左大臣家の姫君のことだろう。葵に気を遣ってか、名前までは言わない。
最初に聞いたときには、彼女の身の上へ同情する気持ちこそあったが、その後のことを考えると顔も見たことがない左大臣家の姫君に対しての怒りのほうが勝った。彼女は、左大臣家の命運を背負って立つような人間だ。おいそれと、自分の命を無駄にして良いわけがない。
そう思ってしまうのは、おそらく左大臣家の姫君に対する嫉妬もあるのだと思う。頭中将は大層嘆き悲しんでいるという。彼女が輿入れするはずであった東宮も、それはそれは悲しまれているとも。
高貴な男君たちに死を悲しまれ、彼女は今ごろ何を思っているのだろう。死人に口なし、とは言うが何かひとことぐらい伝えてくれたって良いじゃないか。
そう思ったからだろうか、その時鏡の奥が光ったような気がした。はっとして鏡のなかをもう一度見ると、葵のすぐ後ろに、髪の長い女が、長い前髪の間からこちらをじっと見つめていた。
あまりの恐怖に、腰が抜け、口からは絶叫がほとばしった。
「いや、いやぁぁぁぁ!」
自分のものとも思えないような金切声が響き、葵はその場に崩れ落ちる。
「ひ、姫さま。どうかなさいましたか?」
着付けをしてくれていた女房が、驚きながらも葵の肩を抱く。
「い、いま。鏡のなかに……!」
「鏡?」
女房はそう言って、葵がのぞいていたのと同じ角度から鏡をのぞく。
「なにも、変わったところはありませんが。何かご覧になったのですか?」
「……ひ、ひとが」
震えながら言うと、女房の表情がさっと強張った。
「姫さま、いかがなさいましたか」
その時、葵の悲鳴を聞いた他の女房たちも、どたどたと葵のもとに駆けつけてきた。ほっとしたのと同時に、葵の意識は薄れていった。
まさか、頭中将からの文が届いたことを知っているかのような丁度の頃合いに、自然と顔も引きつる。
なにか、悪いことでもあったのか。
滅多なことで、両親が葵を呼ぶことはない。
葵のもとに頭中将の訪れがなくなったときでさえ、何も言われなかったぐらいだ。きっと、家のことを考えるとはやく夫を見つけて欲しいはずなのに、葵のやりたいことをやらせてくれていた。
それが、どんな風の吹き回しだろう。
はやく終わればいい、なんて思いながら葵は身支度を続ける。いつも通り、女房に手伝ってもらいながら着物に袖通す。
今日は、濃紅に紅梅の重ねに身を包む。春の訪れを喜ぶような、鮮やかな色合いだ。葵が身につけるのにはすこし派手だが、そうでもしなければ、気分が上がらなかった。
しっかり唇に紅までひいてもらい、葵が鏡を見ると、美しく着飾った姫君が、浮かない表情でこちらを見つめ返していた。いつもは意志の強い真っ直ぐな瞳も、いまは曇って不安げな色を滲ませている。
いや、もう姫君という歳でもないか。鏡に写っている自分の額には、細かな皺が寄っている。小さくため息をついて、額の皺を伸ばすように、眉間を揉み解す。
「なんでこんないきなりのお呼びなのかしら……」
つぶやくと、女房もはて?と首を傾げた。
「昨今、物騒な事件も続いておりますからねぇ」
のんびりとした声音で女房が言うのは、おそらく左大臣家の姫君のことだろう。葵に気を遣ってか、名前までは言わない。
最初に聞いたときには、彼女の身の上へ同情する気持ちこそあったが、その後のことを考えると顔も見たことがない左大臣家の姫君に対しての怒りのほうが勝った。彼女は、左大臣家の命運を背負って立つような人間だ。おいそれと、自分の命を無駄にして良いわけがない。
そう思ってしまうのは、おそらく左大臣家の姫君に対する嫉妬もあるのだと思う。頭中将は大層嘆き悲しんでいるという。彼女が輿入れするはずであった東宮も、それはそれは悲しまれているとも。
高貴な男君たちに死を悲しまれ、彼女は今ごろ何を思っているのだろう。死人に口なし、とは言うが何かひとことぐらい伝えてくれたって良いじゃないか。
そう思ったからだろうか、その時鏡の奥が光ったような気がした。はっとして鏡のなかをもう一度見ると、葵のすぐ後ろに、髪の長い女が、長い前髪の間からこちらをじっと見つめていた。
あまりの恐怖に、腰が抜け、口からは絶叫がほとばしった。
「いや、いやぁぁぁぁ!」
自分のものとも思えないような金切声が響き、葵はその場に崩れ落ちる。
「ひ、姫さま。どうかなさいましたか?」
着付けをしてくれていた女房が、驚きながらも葵の肩を抱く。
「い、いま。鏡のなかに……!」
「鏡?」
女房はそう言って、葵がのぞいていたのと同じ角度から鏡をのぞく。
「なにも、変わったところはありませんが。何かご覧になったのですか?」
「……ひ、ひとが」
震えながら言うと、女房の表情がさっと強張った。
「姫さま、いかがなさいましたか」
その時、葵の悲鳴を聞いた他の女房たちも、どたどたと葵のもとに駆けつけてきた。ほっとしたのと同時に、葵の意識は薄れていった。
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