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頭中将
五十一、出会い
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頭中将——藤原頼近は、小さな頃から己が恵まれた道を進んでいることに気づいていた。
物心がついた時には、容姿をもてはやされ、それから少し経つと勉学の才もあると褒められるようになった。そして、それから色恋を覚えた頃には、和歌の才も認められるようになった。
特に努力したわけではない。そのどれもが、生まれながらに備わっていたものだった。そんなことを言えば、周りから煙たがれるのは分かっていたから、誰にも言わなかったけれど。
順風満帆だと思った。
その日々が終わりを告げたのは、両親が亡くなってからだ。流行り病にかかって、あっけなくこの世を去った。悲しむ暇なんて与えられなかった。
その後すぐに頭中将という花形の職を与えられた。忙しくしているうちに、やっとのことで悲しみを忘れられた。
そんな頼近のことを気遣ってくれたのは、歳も近い東宮その人だった。次期帝として、この世の頂点に近い人物だというのに、頼近のことをあれこれと世話を焼いてくれる東宮のことを、頼近は頼りにするようになった。おそらく、東宮も同じだったのだろう。
なまじ身分が高く、なんでも出来てしまうばかりに、自分のやりたいことがわからない。そんな身の置き場のない者たちが、お互いを嗅ぎつけたのだと思う。
事実、頼近と東宮はまるで兄弟かというように仲良くなった。頼近のほうが一歳年上だったが、どちらかと言えば東宮のほうが兄だったように思う。
東宮は、歳とは不相応に落ち着いていた。これまでの人生で、帝の子として修羅場をくぐってきたからかもしれない。小さな頃には、毒殺されかかったという話もしていたぐらいだ。命の危険を感じることなど、何度もあっただろう。死を目前にする経験が何度もあったからだろうか。
* * *
「頼近。実は……君に頼みがあるんだ」
普段は眉間に皺を作っているような東宮が、はにかみながら声をかけてきたことに、頼近は驚いた。
「どうしたんですか、東宮さま。……そんなだらしない顔をして」
「だらしない顔、だなんて私に言えるのは君だけだよ」
困ったように眉を下げ、頭をかきながら、東宮は頼近の隣に座った。
とある冬の日だったことを覚えている。あの日は、たしか東宮に呼ばれて、東宮の住む梨壷へ向かったのではなかったっけ。
東宮の住む梨壷は、宮中のなかでも特に静かな場所だ。東宮という人は、とにかく人嫌いで有名で、必要以上に側仕えも、女房も置かないようにしているような、一風変わった東宮だった。
「それで、何の頼みですか?」
たずねれば、東宮は照れたように視線を逸らす。そして、扇をぱちりと開いた。深い藍色の扇は、洗練された上品な東宮その人によく似合う。
「それがな、頼近。私は、妻を娶ることになったのだ」
「……それは。よかったじゃないですか。おめでとうございます」
素直に祝いの言葉を口にすると、東宮はひどく悲しげな瞳で頼近を見つめた。
「……そう。おめでたいことだ。だがな、頼近。私は怖いのだ。このまま、相手と婚姻を結んでしまって良いのかと」
「はい……? 帝も良いと決めたからこその婚姻なのでしょう?」
「そうなのだが……」
煮えきらない態度の東宮。
それもそうだろう。
人嫌いな東宮にとっては、いきなり相手を決められ、困惑のほうが大きいのかもしれない。
しかも、東宮は人嫌いが祟ってか、これまで女遊びというものもしたことがないときた。それは、相手にも結婚にもあまり良い印象がないはずだ。
「頼近。色好みのお前を見込んで、頼みがある」
「なんですか、その頼み方は」
「私の代わりに、相手を見極めてはくれぬか」
「……は?」
その日はじめて、頼近は東宮のことが本気で分からなくなった。
物心がついた時には、容姿をもてはやされ、それから少し経つと勉学の才もあると褒められるようになった。そして、それから色恋を覚えた頃には、和歌の才も認められるようになった。
特に努力したわけではない。そのどれもが、生まれながらに備わっていたものだった。そんなことを言えば、周りから煙たがれるのは分かっていたから、誰にも言わなかったけれど。
順風満帆だと思った。
その日々が終わりを告げたのは、両親が亡くなってからだ。流行り病にかかって、あっけなくこの世を去った。悲しむ暇なんて与えられなかった。
その後すぐに頭中将という花形の職を与えられた。忙しくしているうちに、やっとのことで悲しみを忘れられた。
そんな頼近のことを気遣ってくれたのは、歳も近い東宮その人だった。次期帝として、この世の頂点に近い人物だというのに、頼近のことをあれこれと世話を焼いてくれる東宮のことを、頼近は頼りにするようになった。おそらく、東宮も同じだったのだろう。
なまじ身分が高く、なんでも出来てしまうばかりに、自分のやりたいことがわからない。そんな身の置き場のない者たちが、お互いを嗅ぎつけたのだと思う。
事実、頼近と東宮はまるで兄弟かというように仲良くなった。頼近のほうが一歳年上だったが、どちらかと言えば東宮のほうが兄だったように思う。
東宮は、歳とは不相応に落ち着いていた。これまでの人生で、帝の子として修羅場をくぐってきたからかもしれない。小さな頃には、毒殺されかかったという話もしていたぐらいだ。命の危険を感じることなど、何度もあっただろう。死を目前にする経験が何度もあったからだろうか。
* * *
「頼近。実は……君に頼みがあるんだ」
普段は眉間に皺を作っているような東宮が、はにかみながら声をかけてきたことに、頼近は驚いた。
「どうしたんですか、東宮さま。……そんなだらしない顔をして」
「だらしない顔、だなんて私に言えるのは君だけだよ」
困ったように眉を下げ、頭をかきながら、東宮は頼近の隣に座った。
とある冬の日だったことを覚えている。あの日は、たしか東宮に呼ばれて、東宮の住む梨壷へ向かったのではなかったっけ。
東宮の住む梨壷は、宮中のなかでも特に静かな場所だ。東宮という人は、とにかく人嫌いで有名で、必要以上に側仕えも、女房も置かないようにしているような、一風変わった東宮だった。
「それで、何の頼みですか?」
たずねれば、東宮は照れたように視線を逸らす。そして、扇をぱちりと開いた。深い藍色の扇は、洗練された上品な東宮その人によく似合う。
「それがな、頼近。私は、妻を娶ることになったのだ」
「……それは。よかったじゃないですか。おめでとうございます」
素直に祝いの言葉を口にすると、東宮はひどく悲しげな瞳で頼近を見つめた。
「……そう。おめでたいことだ。だがな、頼近。私は怖いのだ。このまま、相手と婚姻を結んでしまって良いのかと」
「はい……? 帝も良いと決めたからこその婚姻なのでしょう?」
「そうなのだが……」
煮えきらない態度の東宮。
それもそうだろう。
人嫌いな東宮にとっては、いきなり相手を決められ、困惑のほうが大きいのかもしれない。
しかも、東宮は人嫌いが祟ってか、これまで女遊びというものもしたことがないときた。それは、相手にも結婚にもあまり良い印象がないはずだ。
「頼近。色好みのお前を見込んで、頼みがある」
「なんですか、その頼み方は」
「私の代わりに、相手を見極めてはくれぬか」
「……は?」
その日はじめて、頼近は東宮のことが本気で分からなくなった。
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