無法の街-アストルムクロニカ-(挿し絵有り)

くまのこ

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心も温めるスープを

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 フェリクスとセレスティアにいざなわれる如く、ナタンは暗い裏路地から「表通り」へと出た。
 「無法の街ロウレス」と呼ばれる、この「街」は、どの国家にも属しておらず、都市を管理する者など、当然存在しない。
 ゆえに、あらゆる建物が無計画に作られ続けており、街は横にも縦にも迷路のような構造と化していた。
 その中でも、「表通り」と呼ばれる区域は、この大陸で各国を結んでいる街道から最も近くにあった。
 「表通り」は比較的風通しがよく、「帝都跡」を探索する者たちを当て込んだ宿や食堂、生活必需品などを扱う店舗が数多く建っている。
 日は、とうに落ちていたが、立ち並ぶ店の灯りが闇を薄くしている様を目にして、ナタンは何とはなしに安堵した。

 かつて、この地には、高度な魔法文明を誇る「アルカナム魔導帝国」という国が存在したという。
 帝国は、他国の追随を許さぬ技術から生まれた圧倒的な軍事力によって、世界全てを手中に収めんとした。
 しかし、ある時、一夜にして帝都が壊滅し、その栄華は唐突に終焉を迎えた。
 高度な文明を持っていた筈の帝国だが、不思議と、何故そのような事態が起きたのかを示す記録は残っていない。
 一説によれば、当時の帝国では現在と異なる記録媒体――書類や本などではない何か――を使用しており、帝都が壊滅した際に、それらも失われてしまったと言われている。
 また、帝都壊滅についても、反体制組織による破壊行為や、軍主導の内乱など、あらゆる説が唱えられているものの、それらも全て推測の域を出ない。
 ともあれ、瓦礫の山と化した「帝都跡」は、長い間「忌み地」の如く放置されていた。
 当時の人々にとっては、多くの者を飲み込み滅びた「帝都跡」そのものが、巨大な墓標のように感じられたのだろう。
 だが、近年になって、「帝都跡」から発掘される、現代では再現不可能と言われる高度な魔法技術を用いた「魔導絡繰まどうからくり」が、高値で取引されるようになってきた。
 帝国時代の「魔導絡繰まどうからくり」は、魔法技術の研究者が必要とするだけではなく、好事家たちの間で蒐集することも流行しつつあった。
 また、高度な魔法技術を犯罪に利用しようとする者も少なからず存在した。
 物によっては黄金よりも価値があると言われる「魔導絡繰まどうからくり」を求める者――発掘人ディガーたちが、それぞれの思惑を胸に「帝都跡」周辺に集まった。
 やがて、そこに「無法の街ロウレス」が生まれたのだ。

「ここにするか」
 そう言って、一軒の食堂に入っていくフェリクスの後を、ナタンはセレスティアと共について行った。 
 夕食時というのもあるが、竪琴の弾き語りや小太鼓などの打楽器による演奏と、客たちの手拍子で店内は賑わっている。
 そんな喧噪の中、折よく空いたテーブル席に、三人は案内された。
 別のテーブルに運ばれる料理の旨そうな匂いだけで、空腹を抱えたままのナタンは眩暈を起こしそうだった。
「値段は気にしなくても大丈夫だから、何でも好きなものを注文するといい」
 フェリクスに品書きメニューを渡されたナタンだったが、多国籍と言える料理の種類の多さに目移りして、何を選ぶか決めかねた。
 「無法の街ロウレス」には、あらゆる国から人が集まっている為か、雑多な文化が混じり合っているのだろう。
「……腹が減りすぎて何も考えられないから、任せるよ」
 そう言ってナタンが品書きメニューを返すと、フェリクスは頷いて、店員を呼んだ。
 フェリクスとセレスティアが相談しながら注文を済ませて少し経つと、飲み物と料理が運ばれてきた。
 少し深めの皿から湯気を上げているのは、牛乳と裏漉うらごしした玉蜀黍トウモロコシで作られた、ナタンの故郷でも馴染みのあるスープだ。
「しばらく食べていないなら、最初は軽いもののほうがいいと思ったんだ。食べられそうなら、後で肉料理も頼もう」
 フェリクスが微笑んで、匙を手に取った。
 ナタンも彼にならい、匙でスープを掬って口に入れた。
 土台となった出汁だし玉蜀黍トウモロコシの甘味と牛乳のコクが加わった旨さが、喉を滑り落ちて五臓六腑へ染み渡るかに思えた。
「――大丈夫ですか? スープが熱くて火傷でもしましたか?」
 セレスティアが、ナタンの顔を心配そうに覗き込んだ。
「いや、別に何ともないけど」
「だって、泣いているから……」
 彼女の言葉に、ナタンは自分の頬が涙で濡れているのに気付いた。
「あぁ、きっと、しばらくぶりに旨いものを食べたからだ」
 先刻まで飢えと人間不信と絶望に苛まれていたとは思えない安心感に、いつの間にかナタンは包まれていた。それは、ほんの幼い頃の、母親の胸に抱かれていた記憶と似ているように思えた。
「たしかに、この玉蜀黍トウモロコシのスープは『当たり』だったが、泣くほどとは……他の料理も楽しみだ」
 ナタンの気持ちを知ってか知らずか、そう言って、フェリクスが再び品書きを眺め始めた。
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